落ちこぼれギフト【ダメージ反射】は諦めない ~1割返しから始まる異世界冒険譚~

シマセイ

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第93話 闇夜の襲撃者、生命を吸う影

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陽が落ち、バーンスタイン子爵領の村は深い静寂に包まれた。
昼間、村人たちから感じられた不安と恐怖は、夜の闇と共にさらに濃度を増し、重苦しい空気となって村全体を覆っているかのようだ。
アルト、ノエル、ゴルドーの三人は、被害が特に集中しているという家畜小屋の近く、今は使われていない古い納屋の二階に身を潜め、息を殺して外の様子をうかがっていた。

月明かりだけが、ぼんやりと村の輪郭を照らし出す。
ランタンの灯りは、敵に存在を悟られないよう、布を被せて最小限の明るさに絞っている。
三人は交代で仮眠を取りつつも、神経を研ぎ澄ませ、闇の中のわずかな物音、気配の変化にも注意を払っていた。
時折聞こえるのは、家畜たちの穏やかな寝息か、あるいは遠くで鳴く夜梟(よふくろう)の声だけ。
張り詰めた静寂が、かえって不気味さを際立たせていた。

「……それにしても、静かすぎるわい」
数時間が経過し、痺れを切らしたようにゴルドーが低く唸った。彼は納屋の壁に背をもたせかけ、巨大な戦斧を膝の上に置いている。
「本当に、今夜『何か』が現れるのかねぇ?ただの集団ヒステリーという可能性も…」

「……気配、少しずつ…濃くなってる。…下の方から」
ゴルドーの言葉を遮るように、隣で壁に寄りかかり、目を閉じていたノエルが、かすかな、しかし確信に満ちた声で呟いた。
彼女のローグとしての鋭敏な感覚は、常人には捉えられない、微細な異変を感じ取っているらしい。

アルトもまた、昼間に感じたあの奇妙な気配――冷たくて、粘つくような、湿った地下室を思わせる不快な気配――が、夜の闇が深まると共に、じわじわと村全体に満ちてきているのを感じていた。
胸騒ぎがする。何かが、確実に近づいている。

その予感は、現実のものとなった。
深夜を過ぎ、草木も眠る丑三つ時。
それは、突然始まった。

近くの家畜小屋から、それまで穏やかに眠っていたはずの牛や羊たちが、苦しげな、そして明らかに異常な恐怖に満ちた鳴き声を、一斉に上げ始めたのだ。
しかし、その悲鳴にも似た鳴き声は、長くは続かない。
まるで喉を締め上げられたかのように、あるいは声そのものがどこかへ吸い取られていくかのように、急速に、そして不自然なほど完全に静まり返っていった。

「来たぞ!」

アルトが低く叫び、三人は納屋の窓から、音もなく外へと飛び出した。
月明かりの下、家畜小屋へと駆けつける。
そこには、想像を絶する、そして異様な光景が広がっていた。

小屋の扉は固く閉ざされたままで、破られた形跡はない。
争ったような物音も聞こえなかった。
しかし、小屋の中にいたはずの数頭の羊が、まるで長い年月を経てミイラ化したかのように、完全に干からびて、力なく床に横たわっているのだ。
そして、その見るも無残な亡骸のそばで……黒く、ぬらりとした、不定形の影が、複数、蠢いていた。

それは、スライムに似ていた。
だが、色は光を一切反射しない、深く、底なしの漆黒。
その体は、まるでタールのように粘性を持ち、鈍く、鈍くうごめいている。
大きさは一体一体、それほど大きくはない。
子供の頭ほどの大きさだろうか。
それが、全部で5、6体。
干からびた羊の亡骸に、まるで寄生するようにまとわりつき、その体表から、何か目に見えないエネルギーを吸収しているかのように見えた。

「あれが……家畜たちを……!」
ゴルドーが、戦斧を握る手に力を込め、唸る。
「スライムのようだが、ただのスライムじゃねえぞ!邪悪な気配がする!」

アルトたちの存在に気づいたのか、漆黒のスライムたちは、蠢く動きをぴたりと止めた。
そして、一斉にこちらにその「体」を向け、独特の、ズルズルと地面を擦るような音を立てながら、襲いかかってきた。
その動きは、通常のスライムよりは幾分速く、そして壁や天井をも自在に這い回り、予測不能な軌道で迫ってくる。

「斬撃は効かんぞ!叩き潰せ!」
ゴルドーが叫び、先陣を切って一体のスライムに戦斧を叩きつける!
しかし、スライムはその衝撃を、ぶよんとした体で巧みに吸収し、体を変形させながら攻撃を回避する。
ゴルドーの怪力をもってしても、決定的なダメージを与えるのは難しいようだ。

アルトもショートソード「黒曜」で応戦するが、やはり斬撃も突きも、柔らかな体にはほとんど効果がない。
ナイフでの核狙いを試みようにも、この漆黒のスライムには、通常の魔石のような明確な核が見当たらないのだ。

一体のスライムが、アルトの足元にまとわりついてきた。
その瞬間、ぞわりとした強烈な悪寒と共に、体から力が急速に抜けていくような、嫌な感覚に襲われる。

「こいつ、やっぱり生命力を吸い取るのか!」

アルトは咄嗟に距離を取り、足元のスライムを蹴り飛ばそうとするが、粘つく体はブーツに張り付き、離れない。

(直接触れるのは危険だ…!ならば、反射だ!)

アルトは、体当たりを仕掛けてきた別のスライムに対し、バックラー越しにカウンター反射を放った!
ドンッ!という衝撃と共に、漆黒のスライムの体がわずかに弾け飛ぶ。
反射ダメージは有効なようだ。
これなら、直接触れずにダメージを与えられる。

(衝撃波はどうだ!?)

さらにアルトは、ギフトの応用「インパクト・パルス」を試みる。
腕を突き出し、複数のスライムがいる方向へ、力を放つ!
ブォン!
衝撃波を受けたスライムたちは、動きが一瞬止まり、壁際まで吹き飛ばされた。
動きを阻害したり、吹き飛ばしたりする効果はある!

しかし、問題はその驚異的な耐久力と、生命力吸収能力にあった。
反射や衝撃波でダメージを与えても、スライムたちは他の家畜の亡骸や、あるいは地面そのものからか、生命力を吸収してすぐに回復してしまうようなのだ。
決定的なダメージを与える手段がない。
このままでは、こちらの体力が尽きるのが先だろう。

「ちくしょう!キリがねえぞ、こいつら!」
ゴルドーが悪態をつき、戦斧を振るう腕にも焦りの色が見え始める。

その時だった。
壁際で戦闘の様子を冷静に観察していたノエルが、不意に動いた。
彼女は腰のポーチから、昼間、畑で見つけたあの「黒い欠片」とよく似た、小さな黒い石ころのようなものを取り出すと、それを近くにいた一体のスライムに向かって、正確に投げつけたのだ。

黒い石が、スライムの漆黒の体に触れた、その瞬間。
信じられないことが起こった。
スライムの体が、まるで強酸に触れたかのように、激しく泡立ち始めたのだ!
そして、ジュウウウッという音と共に、急速にその体を萎ませ、最後には完全に消滅してしまった!

「なっ!?おい、ノエル、今のは一体!?」
ゴルドーが、驚きに目を見開いて叫んだ。
アルトも、その予想外の展開に息をのむ。

ノエルは、もう一つ持っていた黒い欠片を指差しながら、静かに、しかし確信を込めて言った。

「……これ、たぶん、こいつらの『核』。……乾燥したもの、かも。…同じもの、触れると、消える…?」

彼女の推測は、おそらく正しかった。
昼間、畑で見つけた謎の黒い欠片は、活動を終えて乾燥した、この漆黒のスライムの残骸――核だったのだ。
そして、その核(あるいは同じ物質)同士が接触すると、何らかの激しい拒絶反応、あるいは中和反応のようなものを起こし、互いに消滅するのではないだろうか。

弱点が判明した!
問題は、どうやって活動中のスライムから、その核を取り出すかだ。
そして、その核を、他のスライムにぶつけるか…。

「やるしかない!」

アルトは覚悟を決めた。
三人は視線を交わし、頷き合う。
ゴルドーが一体のスライムを戦斧で叩きつけ、動きを鈍らせる。
アルトが反射と衝撃波で他のスライムを牽制し、時間を稼ぐ。
そして、その隙に、ノエルが目にも止まらぬ速さで懐に飛び込み、特殊な形状のナイフで、動きの鈍ったスライムの体の中から、黒く光る核を抉り出した!

「ナイスだ、ノエル!」

アルトは、ノエルが投げ渡した核を受け取ると、それを近くにいた別のスライムに向かって力強く投げつけた!
狙いは違わず、核はスライムの体に命中し、先ほどと同じように、激しく泡を立てて消滅していく!

この危険極まりない連携を、三人は繰り返した。
一体を集中攻撃して核を奪い、その核を武器として他の個体を倒していく。
夜明けが近づく頃には、家畜小屋に現れた漆黒のスライムたちは、一匹残らず消え去っていた。

朝日が昇り始め、東の空が白み始めた頃。
アルト、ノエル、ゴルドーは、疲労困憊の体で、家畜小屋の前に座り込んでいた。
彼らは初めて、事件の犯人――生命力を吸い取る謎の黒いスライム――と対峙し、その驚異的な能力と、意外な弱点を知ることができた。

しかし、なぜこの魔物がこの領地に現れたのか?
どこから来たのか?
そして、領地全体に、あとどれだけ潜んでいるのか?
謎は、解決するどころか、さらに深まったと言えるだろう。

回収したスライムの残骸(核の欠片)と、得られた情報を元に、王都に戻ってエリアーヌに分析を依頼する必要がある。
事件解決への道は、まだ遠い。
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