【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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歩道橋

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塾の帰り道、俺(リョウ)はいつも駅前の大きな歩道橋を渡る。昼間は人通りが多いが、夜10時を過ぎると、ほとんど誰もいない、コンクリートの無機質な通路になる。

最初にそれを聞いたのは、先週のことだ。
風を切る音に混じって、不意に、
「…リョウ…」
と、自分の名前を呼ぶ声がした気がした。低い、掠れた声。
振り返っても、長い階段が下に伸びているだけで、誰もいない。気のせいか、とイヤホンを耳に戻した。

しかし、それは気のせいではなかった。

数日後の夜、今度はもっとはっきりと聞こえた。「リョウ!」と。
今度は若い女の声だった。だが、やはり歩道橋の上には俺一人。背筋に冷たいものが走った。

それから、奇妙なことは続いた。

歩道橋の階段を上り始めると、すぐ後ろで、俺と全く同じタイミングで階段を上る足音が聞こえるようになった。
「タッ…タッ…タッ…」
俺が歩けば聞こえ、止まれば止まる。振り返っても、そこには誰もいない。まるで、透明な誰かが、俺の動きを完璧に真似しているかのようだ。

怖くなって、歩道橋を駆け足で渡ってみた。すると、後ろの足音も同じように速度を上げ、ピタリとついてくる。すぐ真後ろにいるかのような、不気味な近さで。

ある晩は、母親の声がした。
「リョウ! あんた、どこにいるの?」
心配そうな声色。だが、母は家にいるはずだ。声は、歩道橋の真下、暗い橋脚のあたりから聞こえた気がした。

俺のポケットの中で鳴るはずのないスマホの着信音、鍵束が擦れる音、俺自身の咳払い。そんな音まで、それは真似るようになった。まるで、俺という人間を学習しているみたいに。

そして、昨日の夜。霧雨が降る、視界の悪い晩だった。

いつものように、背後にぴったりと付く足音を感じながら歩道橋を渡っていた。あまりに気味が悪くて、俺は突然立ち止まり、勢いよく振り返った。
「誰だ!!」
霧の中に人影はない。だが、俺が止まった後も、
「タッ…タッ」
と、二歩、足音が余計に聞こえた。俺が立っている、すぐ目の前で。

そして、
「クク…」
と、低い笑い声が響いた。それは、紛れもなく、俺自身の笑い声だった。

俺は悲鳴を上げて階段を駆け下り、家まで全力で走った。

もう、あの歩道橋は使っていない。遠回りになるけれど、別の道を通っている。
あれが何だったのか、今も分からない。ただの音響のいたずらか、それとも…。

でも、あの霧の中で聞こえた、俺自身の声で笑った「何か」のことを思うと、今でも自分の背後を、何度も振り返ってしまうのだ。
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