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味
俺は一人暮らしで、料理は得意じゃない。昨日の残りのカレーを温め直して口にした時、最初の異変は訪れた。
見た目も匂いも普通なのに、舌に乗せた瞬間に広がる、微かな、しかし確かな違和感。
鉄錆びのような、古い血のような、金属的な嫌な後味。
「…うぇっ」
思わず吐き出した。腐ってたのか? いや、まだ一日しか経っていない。
気を取り直して、野菜炒めを作ってみた。出来立てを口に運ぶ。
今度は、湿った土か粘土のような味が、舌の奥にまとわりついた。これもすぐに吐き捨てるしかなかった。
コンビニで買ってきた弁当やパンは、普通に美味しく食べられる。どうやら、このアパートのキッチンで調理したり、保存したりしたものだけがおかしくなるらしい。
何かの菌か? 換気扇を回し、冷蔵庫の中も、鍋や食器も徹底的に洗った。新しい食材を買い込み、一番シンプルな味噌汁を作ってみた。
恐る恐る口に含む。…ダメだ。今度は、埃っぽいというか、何かカビ臭いような味が、味噌の風味を台無しにしていた。
それは回を重ねるごとに酷くなっていった。ただ「不味い」のではない。明らかに「食べ物ではない何か」の味がするのだ。焦げた毛のような味。古びた薬品のような味。腐りかけた花の蜜のような、甘ったるく不快な味。
食欲は失せ、体重はみるみる落ちていった。キッチンに立つのが怖い。この部屋にあるもの全てが信用できなくなった。俺の味覚がおかしくなったのか?
一度、友人に頼んで、俺が作った(そして俺には奇妙な味がした)パスタを食べてもらったことがある。
「え、普通に美味いけど? どうかした?」
友人はきょとんとしていた。
絶望感が押し寄せる。問題は、料理や食材じゃない。この部屋で、俺が口にするものだけが、この「味」になるのだ。
その晩、空腹に耐えかねて、ピザを注文した。届いたアツアツのピザを、キッチンを避けて、リビングのテーブルで開ける。
一切れ手に取り、大きくかぶりつく。
最初は、ちゃんとピザの味がした。トマトとチーズの、あの旨味が。
しかし、二口、三口と咀嚼するうちに、それは、来た。
じわじわと、全ての味を塗り潰すように、強烈な、安物の香水と腐敗臭を混ぜ合わせたような、むせ返るほどの甘ったるい「味」が、口いっぱいに広がったのだ。
「ぐっ…! オエェッ…!」
胃液が込み上げてくる。ピザを床に叩きつけた。
もうキッチンだけの問題じゃない。この部屋全体が、俺が口にするものを汚染しているんだ。あるいは、この部屋自体が、俺を拒絶しているのか?
俺は財布とスマホだけを掴んで、アパートを飛び出した。
空腹だった。しかし、あの部屋の中では、もう何も口にできない。
通りの向こうから、自分の部屋の窓を見上げる。あの空間には、一体どんな「味」が満ちているのだろうか。
見た目も匂いも普通なのに、舌に乗せた瞬間に広がる、微かな、しかし確かな違和感。
鉄錆びのような、古い血のような、金属的な嫌な後味。
「…うぇっ」
思わず吐き出した。腐ってたのか? いや、まだ一日しか経っていない。
気を取り直して、野菜炒めを作ってみた。出来立てを口に運ぶ。
今度は、湿った土か粘土のような味が、舌の奥にまとわりついた。これもすぐに吐き捨てるしかなかった。
コンビニで買ってきた弁当やパンは、普通に美味しく食べられる。どうやら、このアパートのキッチンで調理したり、保存したりしたものだけがおかしくなるらしい。
何かの菌か? 換気扇を回し、冷蔵庫の中も、鍋や食器も徹底的に洗った。新しい食材を買い込み、一番シンプルな味噌汁を作ってみた。
恐る恐る口に含む。…ダメだ。今度は、埃っぽいというか、何かカビ臭いような味が、味噌の風味を台無しにしていた。
それは回を重ねるごとに酷くなっていった。ただ「不味い」のではない。明らかに「食べ物ではない何か」の味がするのだ。焦げた毛のような味。古びた薬品のような味。腐りかけた花の蜜のような、甘ったるく不快な味。
食欲は失せ、体重はみるみる落ちていった。キッチンに立つのが怖い。この部屋にあるもの全てが信用できなくなった。俺の味覚がおかしくなったのか?
一度、友人に頼んで、俺が作った(そして俺には奇妙な味がした)パスタを食べてもらったことがある。
「え、普通に美味いけど? どうかした?」
友人はきょとんとしていた。
絶望感が押し寄せる。問題は、料理や食材じゃない。この部屋で、俺が口にするものだけが、この「味」になるのだ。
その晩、空腹に耐えかねて、ピザを注文した。届いたアツアツのピザを、キッチンを避けて、リビングのテーブルで開ける。
一切れ手に取り、大きくかぶりつく。
最初は、ちゃんとピザの味がした。トマトとチーズの、あの旨味が。
しかし、二口、三口と咀嚼するうちに、それは、来た。
じわじわと、全ての味を塗り潰すように、強烈な、安物の香水と腐敗臭を混ぜ合わせたような、むせ返るほどの甘ったるい「味」が、口いっぱいに広がったのだ。
「ぐっ…! オエェッ…!」
胃液が込み上げてくる。ピザを床に叩きつけた。
もうキッチンだけの問題じゃない。この部屋全体が、俺が口にするものを汚染しているんだ。あるいは、この部屋自体が、俺を拒絶しているのか?
俺は財布とスマホだけを掴んで、アパートを飛び出した。
空腹だった。しかし、あの部屋の中では、もう何も口にできない。
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