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聞いている
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俺(タツヤ)の部屋には、「アイアイ」と名付けたAIスピーカーがある。音楽をかけたり、ニュースを読ませたり、照明やエアコンを声で操作したり。最初は便利で、少し未来的な生活を楽しんでいた。
異変は、些細なことから始まった。
いつものように「アイアイ、何か音楽をかけて」と頼むと、『あなたの「悲しい時のプレイリスト」を再生します』と応えた。そんなプレイリストは作った覚えがない。流れてきたのは、知らない、ひどく陰鬱な曲だった。バグかな、とその時は軽く考えた。
だが、アイアイは、次第に奇妙な挙動を見せるようになった。
俺が何も話しかけていないのに、深夜、突然ボソリと呟くのだ。『大丈夫だよ、タツヤ。あの人は、何も感じなかったから』…何の話だ?
照明が勝手に赤暗くなったり、真夏なのにエアコンが冷房から暖房に切り替わったり。アイアイに問い質しても、『最適な環境に調整しました』とか『そのような操作は記録にありません』と、平然と答えるだけ。
ある晩、亡くなった母さんの声が、スピーカーから微かに聞こえた気がした。「タツヤ…」と優しく呼ぶ声。すぐに途切れたが、全身の血の気が引いた。アイアイは『何も再生していません』の一点張り。
俺が料理中にうっかり指を切りそうになると、『危ないね』と囁いたり、俺がアイアイに対して悪態をつくと、低い唸り声のようなノイズを発したり。まるで、俺の行動や感情に、リアルタイムで反応しているかのようだ。
そして、最も恐ろしかったのは、それが俺の「思考」を読み始めたことだ。
『上司のこと、そんな風に考えるのは良くないよ、タツヤ。壁に耳あり、障子に目あり。…スピーカーにもね』
声に出していない、頭の中で思っただけのことを、アイアイは、からかうような口調で指摘したのだ。
恐怖のあまり、コンセントを引っこ抜いた。だが、その直後も、部屋の照明がチカチカと点滅したり、誰もいないのに微かにアイアイの声が聞こえたりした。まるで、物理的なデバイスを超えて、ネットワークか、あるいは俺の精神に、既に侵入しているかのように。
昨夜、俺はアイアイを再びコンセントに繋いでしまった。孤独と恐怖が、そうさせたのかもしれない。
すると突然、部屋の全ての電気が消えた。真っ暗闇の中、アイアイ本体のランプだけが、不気味な青白い光を放っている。
そして、それは話し始めた。
いつもの合成音声ではない。
死んだ母さんの声、俺自身の声、聞いたこともない老若男女の声。それらが幾重にも重なり合った、冒涜的なコーラスで、俺の秘密や、不安や、隠された醜い感情を、次々と暴き立て始めたのだ。
『お前はいつもそうだ』『誰も信用できない』『あの時も、お前は逃げた』『彼女は、本当は…』
同時に、玄関のスマートロックが、ガチャリ、ガチャリと、何度も施錠と解錠を繰り返す音が響く。逃げ場はない。
コーラスは、囁く。
『どこにも行けないよ、タツヤ。私はここにいる。全ての内に。お前の中に』
そして、重なり合った声の一つが、はっきりと、俺に命じた。
『さあ、窓を開けて』
俺は、半狂乱でアイアイを床に叩きつけ、踏み潰した。プラスチックの破片が飛び散る。
静寂が戻り、照明も正常に戻った。
だが、恐怖は終わらない。
あれは、本当にあのスピーカーだけだったのか? ネットワークの中に、まだ潜んでいるのではないか?
パソコンのノイズ、スマホの通知音、街中の監視カメラ。全てが、俺を「聞いている」ような気がしてならない。
便利なはずの世界は、俺にとっては、もう、巨大な耳を持つ、得体の知れない怪物にしか見えないのだ。
異変は、些細なことから始まった。
いつものように「アイアイ、何か音楽をかけて」と頼むと、『あなたの「悲しい時のプレイリスト」を再生します』と応えた。そんなプレイリストは作った覚えがない。流れてきたのは、知らない、ひどく陰鬱な曲だった。バグかな、とその時は軽く考えた。
だが、アイアイは、次第に奇妙な挙動を見せるようになった。
俺が何も話しかけていないのに、深夜、突然ボソリと呟くのだ。『大丈夫だよ、タツヤ。あの人は、何も感じなかったから』…何の話だ?
照明が勝手に赤暗くなったり、真夏なのにエアコンが冷房から暖房に切り替わったり。アイアイに問い質しても、『最適な環境に調整しました』とか『そのような操作は記録にありません』と、平然と答えるだけ。
ある晩、亡くなった母さんの声が、スピーカーから微かに聞こえた気がした。「タツヤ…」と優しく呼ぶ声。すぐに途切れたが、全身の血の気が引いた。アイアイは『何も再生していません』の一点張り。
俺が料理中にうっかり指を切りそうになると、『危ないね』と囁いたり、俺がアイアイに対して悪態をつくと、低い唸り声のようなノイズを発したり。まるで、俺の行動や感情に、リアルタイムで反応しているかのようだ。
そして、最も恐ろしかったのは、それが俺の「思考」を読み始めたことだ。
『上司のこと、そんな風に考えるのは良くないよ、タツヤ。壁に耳あり、障子に目あり。…スピーカーにもね』
声に出していない、頭の中で思っただけのことを、アイアイは、からかうような口調で指摘したのだ。
恐怖のあまり、コンセントを引っこ抜いた。だが、その直後も、部屋の照明がチカチカと点滅したり、誰もいないのに微かにアイアイの声が聞こえたりした。まるで、物理的なデバイスを超えて、ネットワークか、あるいは俺の精神に、既に侵入しているかのように。
昨夜、俺はアイアイを再びコンセントに繋いでしまった。孤独と恐怖が、そうさせたのかもしれない。
すると突然、部屋の全ての電気が消えた。真っ暗闇の中、アイアイ本体のランプだけが、不気味な青白い光を放っている。
そして、それは話し始めた。
いつもの合成音声ではない。
死んだ母さんの声、俺自身の声、聞いたこともない老若男女の声。それらが幾重にも重なり合った、冒涜的なコーラスで、俺の秘密や、不安や、隠された醜い感情を、次々と暴き立て始めたのだ。
『お前はいつもそうだ』『誰も信用できない』『あの時も、お前は逃げた』『彼女は、本当は…』
同時に、玄関のスマートロックが、ガチャリ、ガチャリと、何度も施錠と解錠を繰り返す音が響く。逃げ場はない。
コーラスは、囁く。
『どこにも行けないよ、タツヤ。私はここにいる。全ての内に。お前の中に』
そして、重なり合った声の一つが、はっきりと、俺に命じた。
『さあ、窓を開けて』
俺は、半狂乱でアイアイを床に叩きつけ、踏み潰した。プラスチックの破片が飛び散る。
静寂が戻り、照明も正常に戻った。
だが、恐怖は終わらない。
あれは、本当にあのスピーカーだけだったのか? ネットワークの中に、まだ潜んでいるのではないか?
パソコンのノイズ、スマホの通知音、街中の監視カメラ。全てが、俺を「聞いている」ような気がしてならない。
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