【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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漁港

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この前の連休に、ちょっと田舎の方へ一人旅に出たんだ。
海が見たくて、地図で見つけた、小さな漁港がある町に行ったんだよ。
夕方近くになって、港に着いてさ。
もうほとんどの漁船は戻ってきてて、市場も閉まってて、人もまばら。
カモメの鳴き声と、潮の匂いだけが漂ってる、静かな場所だった。

港の端っこに、古い木造の桟橋が、海に向かって長く伸びてたんだ。
釣り人が数人いるくらいで、あとは誰もいない。
なんとなく、その桟橋を、先端まで歩いてみることにした。

ギシ…ギシ…って、歩くたびに、古い木の板が軋む音がいい感じだな、なんて思ってたんだけど。
桟橋の半分くらいまで来た時かな。
ふと、風とは違う音が、聞こえてきたんだ。

——— ふぅ……うぅ………ん………。

遠くで、誰かが、何人もで、ハミングしてるような。
でも、普通の歌じゃない。すごく、物悲しいっていうか、寂しい感じの音階で。
それは、桟橋の下の、暗い色の海面から、聞こえてくる気がした。

「え?」と思って、桟橋の縁から、下の海を覗き込んだけど、
別に、誰かがいるわけじゃない。ただ、ゆらゆらと、緑がかった黒い水が、うねってるだけ。
でも、そのハミングみたいな音は、確かに続いてる。

桟橋の先端まで行くと、その音は、もっとはっきりしてきた。
それは、ハミングだけじゃなくて、囁き声にも似てた。
言葉にはなってないんだけど、たくさんの人が、同時に、何かを、ヒソヒソと囁き合ってるような。
ザワザワ…ザワザワ…って。
水面から、泡が、ぷつ…ぷつ…って、不規則に上がってきてるのも見えた。

なんだか、急に、空気がひんやりしてきて。
潮の匂いに混じって、古い、湿った納屋みたいな、カビ臭い匂いと、あと、なんだろう…磯臭いんだけど、もっと生々しい、腐った海藻みたいな匂いもしてきた。

胸のあたりが、きゅうっと締め付けられるみたいに、苦しくなってきてさ。
ものすごい「寂しさ」とか「悲しさ」が、足元から這い上がってくる感じ。
まるで、この海に漂ってる、無数の「想い」みたいなものが、俺にまとわりついてくるみたいで。
見られてる。絶対に、水の中から、たくさんの何かに、見られてる。

もう、怖くなって、帰ろうと思って、桟橋の縁から身を乗り出して、最後に一度だけ、水面を覗き込んだんだ。
その囁き声の正体を、確かめたかったのかもしれない。

そしたら、

——— ピタッ。

全ての音が、止んだ。ハミングも、囁きも、泡の音も。
シーン…と、不気味な静寂。

そして、俺の、すぐ真下。
桟橋の、黒い水の底から。

はっきりと、若い女の人の声が、聞こえたんだ。
それは、もう、囁き声じゃなかった。
透き通るような、でも、心の底から凍えるような、悲しい声で。

「……さむい……」

「……つれてって……」

その声が聞こえた瞬間、ぶわっ!と、下から、氷みたいに冷たい風が、顔に吹き付けてきた!
生臭い、さっきの腐った海藻みたいな匂いが、もっと強烈になって!

「うわあああああっ!」

俺は、もう、わけもわからず、桟橋を駆け戻った。
振り返らなかった。振り返れなかった。
ただ、あの、耳元で聞こえた、若い女の人の、悲痛な声と、
「つれてって」っていう言葉が、頭の中で、ぐるぐる回ってた。

宿に戻ってからも、ずっと、あの声が離れなくて。
漁港ってさ、色んなものが流れ着くだけじゃなくて、
きっと、流れ着けない「何か」も、たくさん、あの暗い海の底に、いるのかもしれないね…。

あの声、あの寒さ、あの匂い。
今も、思い出すだけで、全身が、ぞっとするんだ…。
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