【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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山道

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私、神戸に住んでて、天気のいい日はよく六甲山とか、そのへんの山道をハイキングするんです。
まあ、健康のためっていうか、自然の中にいるのが好きで。
先週の火曜日も、いつものように、午前中から一人で、よく知ってるコースを歩いてました。
その日は、ゴールデンウィークも終わった平日だったからか、人も少なくて、すごく静かで。
ウグイスの鳴き声とか、木々の葉が擦れる音とかが、気持ちいいくらいでした。

その、いつも通る、木々が鬱蒼と茂った、少し薄暗い区間に入った時です。
ふっと、空気が変わったのに気づいたんです。

今まで聞こえていた鳥の声も、虫の音も、風の音も、ぴたり、と止んで。
まるで、分厚いガラス一枚隔てたみたいに、周りの音が、急に遠くなった。
そして、陽射しは届いているはずなのに、そこだけ、妙にひんやりと肌寒い。
湿った土と、苔の匂いが、濃くなったような…。

「あれ?」
立ち止まって、周りを見回したけど、特に変わった様子はない。
でも、明らかに、何かがおかしい。
心臓が、少し、ドキドキしてきました。

気を取り直して、また歩き始めたんです。
そしたら、今度は、音が聞こえ始めた。

ドクン……ドクン……。

って、何か、大きなものが、ゆっくりと、一定のリズムで脈打つような音。
地響き…? いや、もっと、こう、体の奥に直接響いてくるような、低い、鈍い音なんです。
それが、森の奥の方から、聞こえてくる。

なんだろう、って思いながら、恐る恐る、その音の方へ、細い脇道へ少しだけ入ってみたんです。
古い木の根が、蛇みたいに地面を這ってて、足元がおぼつかないような場所。

その時、視界の端に、何か白いものが見えた気がした。
パッとそっちを見ると、数本の太い木の幹が、ちょうど重なり合ってて。
その幹の模様が、一瞬だけ、苦悶に歪んだ、いくつもの「顔」に見えたんです。
木の皮の凹凸が、目鼻立ちみたいに…。
うわっ、と思って、瞬きしたら、もう、ただの木の幹でした。
見間違い…ですよね。

でも、あの、ドクン…ドクン…っていう音は、まだ続いてる。
だんだん、近づいてきてる気がする。
それに、さっきの苔の匂いに混じって、何か、甘ったるいような、でも、どこか腐った果物みたいな、変な匂いもしてきた。

もう、怖くなって、引き返そうと思った、その時。

道の少し先、木々の間に、ぽっかりと空間が開けていて。
そこに、小さな、苔むした石の祠(ほこら)みたいなものが見えたんです。
今まで、この道、何度も通ってるのに、あんなもの、あったっけ…?

そして、その祠の前に、誰か、立ってる。
背の高い、痩せた人影。
白い、古い着物みたいなものを着てて、髪が長くて…。
こっちに、背中を向けて、じっと、祠に何かしてるみたいだった。

「…すみません」
声をかけようとしたのか、ただ息を呑んだのか。
その瞬間、その人影が、ぴくり、と動いて。

——— ヌッ…

と、ゆっくり、本当にゆっくり、こちらを振り返ったんです。

顔は、長い髪に隠れて、よく見えなかった。
でも、その人影が、明らかに、人間ではない「何か」だって、直感的にわかった。
空気が、ビリビリと震えるような、強烈な圧迫感。
そして、あの、ドクン…ドクン…という音が、すぐ目の前で、心臓を直接掴まれるみたいに、大きく、強く、響いた!

「ひっ……!」

私は、もう、何も考えられなくて。
来た道を、文字通り、転がるように駆け戻りました。
薄暗い区間を抜け出して、明るい、いつもの登山道に出た時、
さっきまでの、あの異様な静寂も、音も、匂いも、全部、嘘みたいに消えてました。
鳥の声も、ちゃんと聞こえる。

恐る恐る、さっきの脇道の方を振り返ったけど、
もう、あの祠も、人影も見えなかった。
ただ、いつもの、鬱蒼とした森が、そこにあるだけ。

あれは、一体、何だったんでしょうか…?
本当に、何か、山の中に「いる」んでしょうか…?
六甲の山って、やっぱり色んな言い伝えがあるし、
奥深いところには、まだ人の知らない何かが、息を潜めているのかも…。

あの、ドクン…ドクン…っていう音と、振り返った時の気配。
何だったのか、今も分からないけど、
思い出すだけで、本当に、ぞっとします……。
もう、あの脇道には、絶対に近づけない。
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