【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

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第15話 賢者の迷宮

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王立学院交流戦の開幕を翌日に控えた夜、選手団を歓迎する盛大な晩餐会が催されていた。

きらびやかな衣装に身を包んだ各国の王族や貴族たちが歓談に興じる中、その輪から外れた一角は、異様な注目を集めていた。

ビュッフェテーブルの前に陣取り、山のようにお皿に料理を盛り付けている少年。
我らがアストリア王国代表、アッシュ・リンクスその人である。

各国の代表選手たちは、その姿を遠巻きに観察していた。

「なんと、はしたない。あれが本当にアストリアの代表か。飢えた猪のような作法だ」
蒼氷帝国の第一皇子、クラウスが、冷ややかに呟く。

「面白い方。あの瞳には、恐怖も野心も見えませんわ。ただ、空腹があるだけ。愚者か、それとも……」
砂漠の王国の王女、アミーラは、扇子で口元を隠し、楽しそうに目を細める。

「がっはっは!見ろ、あの食いっぷり!うまいもんに感謝できる奴に、悪い奴はいねえ!気に入ったぜ!」
鉄鋼ドワーフ連邦の王子、ブロックは、豪快に笑い飛ばした。

そんな視線に気づいたアッシュは、大きな骨付き肉を片手に掲げ、彼らに向かって屈託なく叫んだ。

「これ、すっごく美味しいですよ!みなさんもどうです!?」

その一言が、彼らのアッシュに対する第一印象を、決定的なものにした。

翌日、交流戦の最初の競技が発表された。
競技の名は、『賢者の水晶迷宮(クリスタル・ラビリンス)』。

ルールはこうだ。
各国三人一組のチームで、魔法によって絶えず構造が変化する巨大な迷宮に侵入する。
迷宮の中心に置かれた『水晶の御旗』を確保し、入り口まで持ち帰ったチームが勝者となる。
チーム同士の直接戦闘も許可されているが、最大の敵は、無数の罠や幻術、そして難解な魔法のパズルが仕掛けられた、迷宮そのものだ。

そして、開催国アストリア代表チームが発表され、学院中に衝撃が走った。

「チーム・アストリア代表。アッシュ・リンクス、リリアナ、そして、アレクシス・フォン・ヴァイス!」

誰もが予想しなかった、奇妙な人選。
生徒たちが困惑する中、エリアス学院長は、教官たちにだけ、その意図を説明していた。
「アッシュ君が核じゃ。リリアナ君は、彼を御せる唯一の頭脳。そして、ヴァイス君は……敗北を経て、観察者となった。彼の目こそが、この奇跡の最高の記録者となるじゃろう」

アレクシスは、その指名を、複雑な、しかし、どこか覚悟を決めた表情で受け入れた。
リリアナは、不安と決意を胸に、頷いた。
そして、アッシュは、ただ一人、目を輝かせていた。

「迷路だって!収穫祭のトウモロコシ畑の迷路みたいだ!楽しそう!」

競技が開始され、四つのチームが、迷宮の異なる入り口から足を踏み入れた。
他国のチームが、魔法や地図を駆使して慎重に進む中、チーム・アストリアは、開始早々、意見の対立に見舞われていた。

「この通路の魔力の流れは、明らかに罠へと続いている。論理的な正解は、こちらの右の道だ」
アレクシスが、冷静に分析する。

「待って!こっちの道から、蜂蜜を塗ったハムみたいな、すっごくいい匂いがするんだ!」
アッシュが、くんくんと鼻を鳴らしながら、全く違う方向を指さした。

「馬鹿を言え!魔法の迷宮に、ハムなどあるものか!」

「待って、アレクシスさん」
リリアナが、口論を制した。彼女は、これまでの経験から学んでいた。この少年の「勘」は、どんな論理や魔法よりも、真実に近いことを。

「一度……アッシュ君の言う通りにしてみましょう」

半信半半疑のアレクシスを説得し、一行はアッシュが指さす通路へと進む。
そこは、一見すると行き止まりの壁だった。
しかし、彼らが近づくと、壁は陽炎のように揺らめいて消え去り、隠されていた近道が出現した。熟練の魔術師が作り出した、巧妙な幻の壁だったのだ。
アッシュの超人的な感覚は、術者が残した微かな魔力の痕跡を「食べ物の匂い」として感知し、幻をいとも簡単に見破ってしまったのである。

次に彼らの前に現れたのは、古代文字の魔法陣(ルーン)が刻まれた、巨大な扉だった。正しい順番でルーンに触れなければ、決して開かない仕掛けだ。
アレクシスとリリアナが、複雑な紋様の解読に取り掛かる。

一方、アッシュは、その紋様を見て、首をかしげていた。

「あれ?この模様……先月、じいちゃんが漬けてた、特別なキュウリの漬物石に彫ってあった模様とそっくりだ。『幸運を呼ぶ、古代のおまじないじゃ』って言ってたけど……」

彼は、そう言うと、漬物石の模様を思い出しながら、ぺたぺたとルーンに触れていった。
「確か、最初はここで、次はこっちで……最後はこれ!」

ゴゴゴゴゴ……ッ!

アッシュが最後のルーンに触れた瞬間、数百年は閉ざされていたはずの石の扉が、地響きを立ててゆっくりと開いていった。
アレクシスとリリアナは、もはや驚く気力もなかった。

アッシュの「勘」は、迷宮の罠をことごとく回避し、彼の「日常の記憶」は、超難解な古代のパズルを次々と解き明かしていく。
チーム・アストリアは、信じられないほどの速度で、迷宮の中心部へと到達した。

迷宮の中央広場。
そこには、台座の上で青白い光を放つ『水晶の御旗』と、すでに到着していた先客がいた。
蒼氷帝国の、クラウス皇子とそのチームだ。彼らは、自らの強大な魔力と完璧なチームワークで、幾多の困難を乗り越え、ようやくここまでたどり着いたのだ。

汗ひとつかかず、まるで散歩でもしてきたかのように現れたアッシュたちを見て、クラウスは、信じられないといった表情で問いかけた。

「ありえん……。どうやって、我々より早くここに?傷一つないだと……?」

その問いには答えず、アッシュは、台座の上の水晶をじっと見つめ、そして、隣に立つ皇子に向かって、尋ねた。

「あのー、すみません。このキラキラした石、食べてもいいんですか?なんだか、お腹すいちゃって」

アストリアの最終兵器が、今、初めて他国の切り札と、対峙した。
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