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第18話 王者の狩り
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『王家の森の狩猟祭』が開始された。
アッシュを除く三人の代表選手は、一流の狩人としての実力を遺憾なく発揮していた。
蒼氷帝国のクラウス皇子は、氷の魔法で地面に残された微かな魔力の痕跡を凍らせ、獲物の足跡を正確に浮かび上がらせる。彼の狙いは、高得点が見込める希少な魔獣『月光狐』だ。その追跡は、冷徹で、計算され尽くしていた。
砂漠の王国のアミーラ王女は、風の精霊(シルフ)を数体召喚し、森一帯を空から偵察させる。広範囲の情報収集によって、巨大な『岩鱗の猪』の縄張りを発見する。その戦術は、効率的で、優雅だった。
ドワーフのブロック王子は、生来の地形知識を活かし、魔獣が必ず通る獣道を特定。そこに、木の実や蔓を使った、殺傷能力のない、しかし、巧妙で頑丈な機械式の罠を仕掛けていた。彼の狩りは、忍耐強く、そして、狡猾だった。
彼らは、誰もがプロフェッショナルだった。
この競技のために存在するような、完璧な狩人たちだ。
一方、その頃。
アストリア王国の代表、アッシュ・リンクスは、鼻歌交じりに森の中を散歩していた。
彼は獲物を「追跡」しているのではない。ただ、鼻の奥をくすぐる、まだ見ぬ「ごちそう」の匂いに導かれているだけだった。
やがて、彼は綺麗な小川にたどり着く。
きらきらと輝く水面の下を、色鮮やかな魚が泳いでいるのを見つけた。
「わあ、お魚だ!じいちゃんが、獲れたての魚の塩焼きは最高だって言ってたなあ」
彼は、川岸にしゃがみ込むと、祖父の教えを思い出した。
『竿がない時の魚の捕り方はな、ただ、水に手を入れて、じーっと待つんじゃ。お前が良い子にしてれば、魚の方から寄ってくる』
アッシュは、その教えの通り、そっと小川に手を入れた。
彼の手から、無意識のうちに、純粋で強力な生命エネルギーが水中に溶け出していく。
その心地よく、力強いオーラに、森の生き物たちが惹かれないはずがなかった。
川の魚たちは、恐怖を感じるどころか、そのエネルギーに誘われるように、アッシュの手の周りに集まってくる。その中の一匹、ひときわ大きく、虹色に輝く鱗を持つ『虹鱒』が、彼の指先を、こつん、とついばんだ。これは、ポイントもそこそこ高い、れっきとした魔獣である。
「あ、ははっ!くすぐったいなあ!」
アッシュは笑いながら、いとも簡単にその虹鱒をすくい上げる。そして、支給された鎮静化用のロープで、優しくその尾を縛った。
「よし、君も一緒に行こう!もっと美味しいものを探しに!」
彼は、大きな虹鱒を片手にぶら下げながら、再び「ごちそう」の匂いがする方角へと、呑気に歩き出した。
アッシュの鼻が、彼を森の最深部、そそり立つ岩壁へと導いた。
一番強い匂いは、ここからする。
彼が見上げると、断崖絶壁の頂上に、巨大な鳥の巣のようなものが見えた。
そして、その巣の中で、ライオンの体に鷲の頭と翼を持つ、荘厳な生き物が眠っている。
――ロイヤル・グリフォン。
この森の生態系の頂点に君臨する、最高ランクの魔獣。学生が一人で鎮静化するなど、不可能とされる伝説の生き物だ。
アッシュの目には、その威厳も、危険度も、映っていなかった。
「うわーっ!おっきなニワトリだ!絶対、あれが一番美味しいに違いない!」
彼は、目を輝かせると、崖を登るための足場を探し始めた。ちょうど良い場所に、太くて頑丈そうな蔦が垂れ下がっているのを見つける。(それが、岩壁に擬態して眠っていた別の魔獣『ストーン・ドレイク』の尻尾であることに、彼は気づかない)
アッシュが、その「蔦」を掴んで登り始めると、ストーン・ドレイクは、その無害で軽い重みに、少し身じろぎをしただけだった。その尻尾の動きが、結果的に、アッシュが崖を登るのを助ける形になった。
ついに、巣へとたどり着いたアッシュ。
眠っているグリフォンの、誇り高く、力強いオーラも、彼にとってはただの「美味しそうな匂い」でしかない。
彼は、そっと、巨大な魔獣に近づくと、祖父が教えてくれた、最後の知恵を思い出した。
『気難しい犬や猫と仲良くなるコツはな、ただ一つじゃ。黙って、頭を、よしよし、と撫でてやれ』
アッシュは、眠れる森の王の、羽毛に覆われた巨大な頭に、そっと手を伸ばした。
そして、優しく、しかし、しっかりと撫でた。
「よしよし。いい子だ」
その手が触れた瞬間、アッシュの持つ、底なしの生命エネルギーが、グリフォンの魂に直接流れ込んだ。
誇り高く、荒々しい野生の王にとって、そのエネルギーは、生まれて初めて感じる、あまりにも心地よく、安らかで、至福の感覚だった。まるで、雛鳥の頃、親鳥の翼に抱かれていた、遠い記憶。その、数千倍も幸福な感覚。
ロイヤル・グリフォンは、目を覚ますことなく、ただ、くぅーん、と甘えるような、幸せそうな鳴き声を漏らした。そして、すり、とアッシュの手に、その巨大な頭を擦り付け、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らし始めた。
伝説の魔獣は、武力でも、魔法でもなく、ただ、究極の「癒し」によって、完全に鎮静化されてしまったのだ。
アッシュは、その足に、そっと鎮静化ロープを結びつける。
そして、一仕事終えたとばかりに、先ほど捕まえた虹鱒を取り出した。(指先に魔力を込めて起こした、小さな火の玉で、こんがりと焼き上げていた)
競技終了の合図が鳴り響く森で、三人の王族たちが、それぞれ捕らえた獲物に満足げな表情を浮かべていた。
その一方で、アッシュは、伝説の魔獣が眠る巣の中で、香ばしい焼き魚を頬張りながら、のんきに呟いていた。
「このおっきなニワトリ、みんなに見せるのが楽しみだなあ!」
彼の「狩り」の成果が、他の追随を全く許さない、規格外のものであることに、世界でただ一人、彼だけが気づいていなかった。
アッシュを除く三人の代表選手は、一流の狩人としての実力を遺憾なく発揮していた。
蒼氷帝国のクラウス皇子は、氷の魔法で地面に残された微かな魔力の痕跡を凍らせ、獲物の足跡を正確に浮かび上がらせる。彼の狙いは、高得点が見込める希少な魔獣『月光狐』だ。その追跡は、冷徹で、計算され尽くしていた。
砂漠の王国のアミーラ王女は、風の精霊(シルフ)を数体召喚し、森一帯を空から偵察させる。広範囲の情報収集によって、巨大な『岩鱗の猪』の縄張りを発見する。その戦術は、効率的で、優雅だった。
ドワーフのブロック王子は、生来の地形知識を活かし、魔獣が必ず通る獣道を特定。そこに、木の実や蔓を使った、殺傷能力のない、しかし、巧妙で頑丈な機械式の罠を仕掛けていた。彼の狩りは、忍耐強く、そして、狡猾だった。
彼らは、誰もがプロフェッショナルだった。
この競技のために存在するような、完璧な狩人たちだ。
一方、その頃。
アストリア王国の代表、アッシュ・リンクスは、鼻歌交じりに森の中を散歩していた。
彼は獲物を「追跡」しているのではない。ただ、鼻の奥をくすぐる、まだ見ぬ「ごちそう」の匂いに導かれているだけだった。
やがて、彼は綺麗な小川にたどり着く。
きらきらと輝く水面の下を、色鮮やかな魚が泳いでいるのを見つけた。
「わあ、お魚だ!じいちゃんが、獲れたての魚の塩焼きは最高だって言ってたなあ」
彼は、川岸にしゃがみ込むと、祖父の教えを思い出した。
『竿がない時の魚の捕り方はな、ただ、水に手を入れて、じーっと待つんじゃ。お前が良い子にしてれば、魚の方から寄ってくる』
アッシュは、その教えの通り、そっと小川に手を入れた。
彼の手から、無意識のうちに、純粋で強力な生命エネルギーが水中に溶け出していく。
その心地よく、力強いオーラに、森の生き物たちが惹かれないはずがなかった。
川の魚たちは、恐怖を感じるどころか、そのエネルギーに誘われるように、アッシュの手の周りに集まってくる。その中の一匹、ひときわ大きく、虹色に輝く鱗を持つ『虹鱒』が、彼の指先を、こつん、とついばんだ。これは、ポイントもそこそこ高い、れっきとした魔獣である。
「あ、ははっ!くすぐったいなあ!」
アッシュは笑いながら、いとも簡単にその虹鱒をすくい上げる。そして、支給された鎮静化用のロープで、優しくその尾を縛った。
「よし、君も一緒に行こう!もっと美味しいものを探しに!」
彼は、大きな虹鱒を片手にぶら下げながら、再び「ごちそう」の匂いがする方角へと、呑気に歩き出した。
アッシュの鼻が、彼を森の最深部、そそり立つ岩壁へと導いた。
一番強い匂いは、ここからする。
彼が見上げると、断崖絶壁の頂上に、巨大な鳥の巣のようなものが見えた。
そして、その巣の中で、ライオンの体に鷲の頭と翼を持つ、荘厳な生き物が眠っている。
――ロイヤル・グリフォン。
この森の生態系の頂点に君臨する、最高ランクの魔獣。学生が一人で鎮静化するなど、不可能とされる伝説の生き物だ。
アッシュの目には、その威厳も、危険度も、映っていなかった。
「うわーっ!おっきなニワトリだ!絶対、あれが一番美味しいに違いない!」
彼は、目を輝かせると、崖を登るための足場を探し始めた。ちょうど良い場所に、太くて頑丈そうな蔦が垂れ下がっているのを見つける。(それが、岩壁に擬態して眠っていた別の魔獣『ストーン・ドレイク』の尻尾であることに、彼は気づかない)
アッシュが、その「蔦」を掴んで登り始めると、ストーン・ドレイクは、その無害で軽い重みに、少し身じろぎをしただけだった。その尻尾の動きが、結果的に、アッシュが崖を登るのを助ける形になった。
ついに、巣へとたどり着いたアッシュ。
眠っているグリフォンの、誇り高く、力強いオーラも、彼にとってはただの「美味しそうな匂い」でしかない。
彼は、そっと、巨大な魔獣に近づくと、祖父が教えてくれた、最後の知恵を思い出した。
『気難しい犬や猫と仲良くなるコツはな、ただ一つじゃ。黙って、頭を、よしよし、と撫でてやれ』
アッシュは、眠れる森の王の、羽毛に覆われた巨大な頭に、そっと手を伸ばした。
そして、優しく、しかし、しっかりと撫でた。
「よしよし。いい子だ」
その手が触れた瞬間、アッシュの持つ、底なしの生命エネルギーが、グリフォンの魂に直接流れ込んだ。
誇り高く、荒々しい野生の王にとって、そのエネルギーは、生まれて初めて感じる、あまりにも心地よく、安らかで、至福の感覚だった。まるで、雛鳥の頃、親鳥の翼に抱かれていた、遠い記憶。その、数千倍も幸福な感覚。
ロイヤル・グリフォンは、目を覚ますことなく、ただ、くぅーん、と甘えるような、幸せそうな鳴き声を漏らした。そして、すり、とアッシュの手に、その巨大な頭を擦り付け、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らし始めた。
伝説の魔獣は、武力でも、魔法でもなく、ただ、究極の「癒し」によって、完全に鎮静化されてしまったのだ。
アッシュは、その足に、そっと鎮静化ロープを結びつける。
そして、一仕事終えたとばかりに、先ほど捕まえた虹鱒を取り出した。(指先に魔力を込めて起こした、小さな火の玉で、こんがりと焼き上げていた)
競技終了の合図が鳴り響く森で、三人の王族たちが、それぞれ捕らえた獲物に満足げな表情を浮かべていた。
その一方で、アッシュは、伝説の魔獣が眠る巣の中で、香ばしい焼き魚を頬張りながら、のんきに呟いていた。
「このおっきなニワトリ、みんなに見せるのが楽しみだなあ!」
彼の「狩り」の成果が、他の追随を全く許さない、規格外のものであることに、世界でただ一人、彼だけが気づいていなかった。
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