【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

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第21話 友情の弁当

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闘技場に、緊張が走る。
三国同盟軍、九名の精鋭たちが、アッシュたちチーム・アストリアに向かって、ゆっくりと、しかし確実に、その包囲網を狭めてきていた。

「来るわよ!」

リリアナの鋭い声が飛ぶ。彼女は、即座に司令塔としての役割に徹した。
隣で、アレクシスは、かつてないほど固い決意を持って剣を構える。彼の役目は、アッシュを守ることではない。アッシュが「何もしなくて済む」ように、この場を支えることだ。

「リンクス!言っておくが、絶対に旗のそばから動くなよ!」

「うん、わかってる!最高の見張り番になるよ!」

アッシュの呑気な返事を背に、アレクシスは前線へと駆け出した。
戦いの火蓋が切られる。

「アレクシスさん、右翼から帝国の騎士が二人!ブロック王子は、正面から来るわ!」

リリアナの的確な指示が飛ぶ。
アレクシスは、一人で三人を相手にしながらも、見事な剣技で攻撃をいなし、時間を稼ぐ。それは、もはやアッシュへの対抗心からではない。彼自身の、騎士としての誇りを懸けた戦いだった。

「リリアナ!背後から砂漠の隠密が!」

「アッシュ君、後ろ!」

リリアナの警告に、アッシュがのんびりと振り返る。
そこには、音もなく忍び寄ってきた砂漠の王国の選手が、アストリアの旗に手をかけようとしていた。

「あれ?こんにちは!何か御用ですか?」

アッシュは、攻撃もせず、ただ、にこりと微笑みかけた。
その、あまりにも敵意のない、純粋な瞳。暗殺技術を極めたはずの選手は、その底知れない雰囲気に呑まれ、一瞬、動きが止まる。そのコンマ数秒の硬直が、命取りとなった。彼は、自分で自分の足にもつれて、派手に転んでしまった。

しかし、数の差は圧倒的だった。
リリアナの的確な指示と、アレクシスの奮戦も、徐々に限界に近づいていた。アレクシスの息が上がり、リリアナの額にも、冷たい汗が浮かぶ。
このままでは、防衛網が破られるのも、時間の問題だった。

アッシュは、旗のそばで、その光景を心配そうに見ていた。
彼の心配は、旗が取られることではなかった。

「リリアナさんも、アレクシス君も、なんだか、すごく疲れちゃってる……。そういえば、二人とも、朝から何も食べてないや。これは、いけないなあ」

彼は、母親が持たせてくれた、特大の『特製パワーが出るお弁当』を、おもむろに広げた。
中には、色とりどりのサンドイッチや、大きなおにぎり、そして、輝くようなフルーツがぎっしりと詰まっている。

そして、彼は閃いた。

「そうだ!みんな、お腹がすいてるから、イライラしちゃうんだ!みんなで、お弁当にすれば、仲良くなれるかもしれない!」

彼は、その純粋な善意から、お弁当を手に取ると、戦場の真ん中に向かって、大声で呼びかけた。

「みなさーん!お腹がすいたでしょう!お弁当にしませんかー!?」

そう叫ぶと、アッシュは、お弁当の中身を、敵味方の区別なく、戦場の選手たちに向かって、ぽいぽいと投げ始めた。

「そこのドワーフのお兄さん!このクッキー、すっごく硬くて、おいしいですよ!」
ブロック王子の足元に、クッキーが転がる。それは、世界樹の粉を混ぜて焼かれた、特別なクッキーだった。その香ばしい匂いを嗅いだ瞬間、ブロックの闘争心は、故郷の暖炉の前でくつろぐような、穏やかな気持ちに塗り替えられてしまった。

「そちらのお姫様は、このサンドイッチをどうぞ!」
アミーラ王女の近くに、ふわりとサンドイッチが着地する。祖母が育てた、精霊が宿るハーブが挟まれたそのサンドイッチは、彼女が操る風の精霊たちを、うっとりとさせてしまった。精霊たちは、攻撃を忘れ、ただサンドイッチの周りを、気持ちよさそうに舞い始める。

「氷のお兄さんには、このおにぎりを!」
クラウス皇子の足元に、ほかほかのおにぎりが一つ、コロンと転がった。伝説の泉の水で炊かれ、太陽の魔石で握られたそのおにぎりは、生命力そのものの塊。それが放つ、優しく温かいオーラは、彼の冷たい氷の魔力を、根本から中和し、霧散させてしまった。

「な……私の冷気が……うまくまとまらん……」

ほんの数十秒。
アッシュが振る舞った「お弁当」によって、あれほど熾烈だった戦いは、完全に停止した。
三国同盟の精鋭たちは、それぞれの場所で、アッシュが投げた規格外の食べ物の、不可解で、しかし、抗いがたい効果によって、戦意を完全に喪失させられていたのだ。

「よかった!みんな、お弁当を食べて、元気になってね!」

アッシュは、その光景に満足そうに頷くと、ふと、がら空きになっている、三国の旗に気づいた。

「あれ?みんな、旗の見張りをしなくていいのかな?」

彼は、この状況を全く理解していないアレクシスとリリアナに、にこりと振り返った。

「ねえ、みんながお弁当を食べてる間に、僕、あの旗、取ってきちゃってもいい?」

リリアナとアレクシスは、言葉もなかった。
ただ、九人の猛者たちが、お弁当によって無力化されている、目の前のシュールな光景を、呆然と見つめるだけだった。

王立学院交流戦、最終競技。
その勝敗は、一人の少年が、善意で振る舞った、あまりにも規格外な「お弁当」によって、決しようとしていた。
アッシュ・リンクスの伝説は、今、まさに大陸中に語り継がれる、不滅の神話になろうとしていた。
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