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第24話 王の勅命
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王都で暴走馬車を止めた一件は、アッシュが思っている以上に、大きな波紋を呼んでいた。
しかし、そんな外界の騒がしさをよそに、学院の中では、アッシュの「新しい日常」が、穏やかに、しかし、確実に形成されつつあった。
「よし、今日の魔法薬学の授業は、初歩的な回復薬の調合だ。教科書通りに、手順を間違えんようにな!」
教官の号令と共に、生徒たちは一斉に薬草を乳鉢で潰し始める。
アッシュも、教官に言われた通り、「手抜き」を心がけながら、慎重に調合を進めていた。
「えーっと、次は『清らかな水』を……。あ、ちょうどいいや。母さんが持たせてくれた、家の井戸の水を使おう」
彼が、何気なく水筒から注いだ、その「井戸水」。
(それが、かつて祖母が泉の精霊と友達になった記念に、庭に湧き出させた『生命の泉』の水であることなど、彼は知らない)
その一滴が、薬液に混ざった瞬間。
ポワァァァァン……!
アッシュの鍋から、七色の、あまりにも神々しい光が溢れ出した。
教官が、実験用に置いていた、一週間前に萎びたはずの花に、その光が当たると、花は一瞬にして瑞々しさを取り戻し、満開の花を咲かせた。
「……リンクス。後で、その水筒の中身を、少しだけ提出するように」
教官は、胃を押さえながら、震える声でそう言うのが精一杯だった。
隣の席で、リリアナとアレクシスは、顔を見合わせ、深いため息をつく。
これが、彼らの日常だった。
そんな、いつも通りの、いつも通りに規格外な授業の途中。
教室の扉が、厳かに開かれた。
入ってきたのは、王家の紋章を掲げた、一人の伝令官。その場違いな人物の登場に、教室は水を打ったように静まり返る。
伝令官は、一直線にアッシュの机へと向かうと、恭しく片膝をつき、王家の紋章で封をされた、一通の羊皮紙を差し出した。
「アッシュ・リンクス殿。国王陛下より、勅命にございます。至急、王宮までご足労いただきたく」
「……え?」
平民の、それも一年生の生徒が、王に直接呼び出される。
前代未聞の事態に、教室は驚愕の囁きで満たされた。
当のアッシュは、きょとんとして、伝令官に尋ねた。
「おうさま?もしかして、僕と、お菓子を交換したいのかな?」
伝令官の眉が、ぴくりと動く。
そこへ、知らせを受けて駆けつけたエリアス学院長が、静かに入ってきた。
「アッシュ君。どうやら、大事な御用のようだ。心配いりません、私が付き添いましょう。……リリアナ君、ヴァイス君、君たちもだ」
エリアスは、この規格外の少年を一人で王の前に出すことの危険性を、誰よりも理解していた。
壮麗な王宮の、玉座の間。
アッシュは、ピカピカに磨かれた床や、天井の巨大なシャンデリアの方に気を取られ、自分が今、国家の最高権力者の前にいるという自覚は、全くなかった。
玉座には、このアストリア王国を治める、壮年で威厳のある王が座っている。
そして、その傍らには、先日、街で会った女性騎士―特務騎士団隊長セラフィーナの姿があった。
「面を上げよ。君が、この国に、実に興味深い波紋を広げているという、アッシュ・リンクス君だね」
王の言葉に、リリアナに肘でつつかれたアッシュは、慌てて、不格好なお辞儀をした。
「こんにちは!王様!」
王は、その様子に、かすかに笑みを浮かべると、本題に入った。
「今日、君を呼んだのは他でもない。君に、王家の名において、一つの任務(クエスト)を依頼したい」
王宮が、ざわめく。王家直々の任務は、国への最大の貢献を果たした、一握りの英雄にしか与えられない、最高の栄誉だ。
「北方に連なる『竜の牙山脈』にて、不審な地響きと、異常な魔力反応が観測されている。その影響か、我が国の防衛結界を維持する、重要な中継施設との連絡が、途絶えてしまった。君には、その原因を調査し、可能であれば、施設を復旧してもらいたい」
王の、重々しい説明。
しかし、アッシュの注意は、全く別の単語に、強く惹きつけられていた。
「『竜の牙山脈』……?それって、じいちゃんがよく行く山だ!」
玉座の間が、再び、今度は、先ほどとは違う意味で、静まり返った。
「……ほう。君のおじいさんが、あの険しい山脈に?一体、何をしに?」
王が、訝しげに尋ねる。
「はい!『特製のピリ辛漬物』に使うための、『特別なスパイスになる石』を採りに行くって、いつも言ってます!あそこの石は、漬物をピリッとさせて、最高なんだそうです!」
シーン……。
玉座の間に、完璧な沈黙が訪れた。
セラフィーナ隊長は、めまいをこらえるように、額に手を当てている。
エリアス学院長は、全てを察したように、静かに目を閉じ、天を仰いだ。
「不審な地響き」と「異常な魔力反応」の原因。
それは、引退した勇者が、趣味の漬物のために、高純度の魔鉱石を、カジュアルに採掘していることに、ほぼ、間違いなかった。
王は、しばらく黙考した後、大きく、深いため息をついた。
そして、アッシュに向き直ると、威厳を保ちながら、言った。
「……わかった、アッシュ・リンクス。君に与える、王家の任務を、変更しよう」
「はい!」
「『竜の牙山脈』へ行き、君のおじいさんを探し出しなさい。そして……どうか、もう、山を掘るのは、おやめになるように、と伝えてくれ。ああ、それから、ついでに、中継施設を、ちょっとだけ、見てきてくれると助かる」
「はい、喜んで!じいちゃんに会いに行くクエストだ!途中で、ピクニックもしていいですか?」
アストリア王国史上、最も奇妙で、最も切実な王家の任務が、正式に発令された。
規格外の少年は、今、彼を心配する二人の友人と共に、学院の門を越え、初めての冒険へと旅立つ。
その目的は、魔王の討伐でも、世界の救済でもない。
趣味に生きる祖父を、止めに行くことだった。
しかし、そんな外界の騒がしさをよそに、学院の中では、アッシュの「新しい日常」が、穏やかに、しかし、確実に形成されつつあった。
「よし、今日の魔法薬学の授業は、初歩的な回復薬の調合だ。教科書通りに、手順を間違えんようにな!」
教官の号令と共に、生徒たちは一斉に薬草を乳鉢で潰し始める。
アッシュも、教官に言われた通り、「手抜き」を心がけながら、慎重に調合を進めていた。
「えーっと、次は『清らかな水』を……。あ、ちょうどいいや。母さんが持たせてくれた、家の井戸の水を使おう」
彼が、何気なく水筒から注いだ、その「井戸水」。
(それが、かつて祖母が泉の精霊と友達になった記念に、庭に湧き出させた『生命の泉』の水であることなど、彼は知らない)
その一滴が、薬液に混ざった瞬間。
ポワァァァァン……!
アッシュの鍋から、七色の、あまりにも神々しい光が溢れ出した。
教官が、実験用に置いていた、一週間前に萎びたはずの花に、その光が当たると、花は一瞬にして瑞々しさを取り戻し、満開の花を咲かせた。
「……リンクス。後で、その水筒の中身を、少しだけ提出するように」
教官は、胃を押さえながら、震える声でそう言うのが精一杯だった。
隣の席で、リリアナとアレクシスは、顔を見合わせ、深いため息をつく。
これが、彼らの日常だった。
そんな、いつも通りの、いつも通りに規格外な授業の途中。
教室の扉が、厳かに開かれた。
入ってきたのは、王家の紋章を掲げた、一人の伝令官。その場違いな人物の登場に、教室は水を打ったように静まり返る。
伝令官は、一直線にアッシュの机へと向かうと、恭しく片膝をつき、王家の紋章で封をされた、一通の羊皮紙を差し出した。
「アッシュ・リンクス殿。国王陛下より、勅命にございます。至急、王宮までご足労いただきたく」
「……え?」
平民の、それも一年生の生徒が、王に直接呼び出される。
前代未聞の事態に、教室は驚愕の囁きで満たされた。
当のアッシュは、きょとんとして、伝令官に尋ねた。
「おうさま?もしかして、僕と、お菓子を交換したいのかな?」
伝令官の眉が、ぴくりと動く。
そこへ、知らせを受けて駆けつけたエリアス学院長が、静かに入ってきた。
「アッシュ君。どうやら、大事な御用のようだ。心配いりません、私が付き添いましょう。……リリアナ君、ヴァイス君、君たちもだ」
エリアスは、この規格外の少年を一人で王の前に出すことの危険性を、誰よりも理解していた。
壮麗な王宮の、玉座の間。
アッシュは、ピカピカに磨かれた床や、天井の巨大なシャンデリアの方に気を取られ、自分が今、国家の最高権力者の前にいるという自覚は、全くなかった。
玉座には、このアストリア王国を治める、壮年で威厳のある王が座っている。
そして、その傍らには、先日、街で会った女性騎士―特務騎士団隊長セラフィーナの姿があった。
「面を上げよ。君が、この国に、実に興味深い波紋を広げているという、アッシュ・リンクス君だね」
王の言葉に、リリアナに肘でつつかれたアッシュは、慌てて、不格好なお辞儀をした。
「こんにちは!王様!」
王は、その様子に、かすかに笑みを浮かべると、本題に入った。
「今日、君を呼んだのは他でもない。君に、王家の名において、一つの任務(クエスト)を依頼したい」
王宮が、ざわめく。王家直々の任務は、国への最大の貢献を果たした、一握りの英雄にしか与えられない、最高の栄誉だ。
「北方に連なる『竜の牙山脈』にて、不審な地響きと、異常な魔力反応が観測されている。その影響か、我が国の防衛結界を維持する、重要な中継施設との連絡が、途絶えてしまった。君には、その原因を調査し、可能であれば、施設を復旧してもらいたい」
王の、重々しい説明。
しかし、アッシュの注意は、全く別の単語に、強く惹きつけられていた。
「『竜の牙山脈』……?それって、じいちゃんがよく行く山だ!」
玉座の間が、再び、今度は、先ほどとは違う意味で、静まり返った。
「……ほう。君のおじいさんが、あの険しい山脈に?一体、何をしに?」
王が、訝しげに尋ねる。
「はい!『特製のピリ辛漬物』に使うための、『特別なスパイスになる石』を採りに行くって、いつも言ってます!あそこの石は、漬物をピリッとさせて、最高なんだそうです!」
シーン……。
玉座の間に、完璧な沈黙が訪れた。
セラフィーナ隊長は、めまいをこらえるように、額に手を当てている。
エリアス学院長は、全てを察したように、静かに目を閉じ、天を仰いだ。
「不審な地響き」と「異常な魔力反応」の原因。
それは、引退した勇者が、趣味の漬物のために、高純度の魔鉱石を、カジュアルに採掘していることに、ほぼ、間違いなかった。
王は、しばらく黙考した後、大きく、深いため息をついた。
そして、アッシュに向き直ると、威厳を保ちながら、言った。
「……わかった、アッシュ・リンクス。君に与える、王家の任務を、変更しよう」
「はい!」
「『竜の牙山脈』へ行き、君のおじいさんを探し出しなさい。そして……どうか、もう、山を掘るのは、おやめになるように、と伝えてくれ。ああ、それから、ついでに、中継施設を、ちょっとだけ、見てきてくれると助かる」
「はい、喜んで!じいちゃんに会いに行くクエストだ!途中で、ピクニックもしていいですか?」
アストリア王国史上、最も奇妙で、最も切実な王家の任務が、正式に発令された。
規格外の少年は、今、彼を心配する二人の友人と共に、学院の門を越え、初めての冒険へと旅立つ。
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