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第35話 礎石の目覚め
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『風の礎石』を守っていた光の結界が、完全に消え去った。
緑色に輝く、美しい宝石が、三人の目の前で、静かに、そして、穏やかに浮かんでいる。
神殿に、守護者の、最後の声が響き渡った。
『道は開かれた、勇者の子よ。汝の成すべきことを、成すがよい』
その声を最後に、風の囁きは、神殿の静寂の中へと消えていった。
「勇者の子……。守護者は、初めから、あなたのことを知っていたのね」
リリアナが、畏敬の念を込めて、アッシュを見つめる。
「さて、どうする?『封印を強化せよ』とあったが……。何か、特別な儀式でも行う必要があるのか?」
アレクシスが、礎石の周りにある、古代の祭壇を調べ始めた。
リリアナも、祭壇に刻まれた、古代ゼファー語の碑文の解読を試みる。
「これは……礎石を再起動させるための、手順書みたい。『力を取り戻すには、清浄にして穢れなく、そして、莫大な生命エネルギーを内包した器を捧げ、石の核と、共鳴させよ』……」
「莫大な生命エネルギーを持つ器……?伝説級の聖遺物か、あるいは、強力な魔獣でも、生贄に捧げろというのか……?」
アレクシスの表情が、険しくなる。あまりにも、漠然とした、困難な要求だった。
しかし、アッシュは、そんな二人の深刻な会話を、全く聞いていなかった。
彼は、目の前でぷかぷかと浮かぶ、美しい緑色の宝石に、釘付けになっていたのだ。
(わあ、きれいな緑色……。じいちゃんが、ドワーフの商人から、たまに買ってくる、特大の、すっぱい青リンゴ味のキャンディーと、そっくりだ……)
じゅるり、と、彼の口の中に、唾液が湧き出る。
彼は、リリアナが読み上げた「器を捧げよ」「共鳴させよ」という言葉を、自分なりに、いつものように、解釈した。
「そっか!わかった!この子と、仲良くなればいいんだね!グリフォンさんや、お魚さんと、同じだ!」
「え、ちょ、アッシュ君!?」
リリアナとアレクシスが、止める間もなかった。
アッシュは、古代の、そして、世界の運命を左右する、最重要アーティファクトである『風の礎石』に向かって、ずんずんと歩み寄っていく。
「こんにちは、石さん!僕、アッシュ!よろしくね!」
彼は、そう言うと、伝説の魔獣ロイヤル・グリフォンの頭を撫でた時と、全く同じように、親しみを込めて、その輝く宝石を、ぽん、と、優しく叩いた。
「よしよし。いい子だね」
アッシュの手が――碑文の示す、『清浄にして穢れなく、莫大な生命エネルギーを内包した器』そのものである、彼の肉体が――礎石に触れた、その瞬間。
神殿全体が、目も開けていられないほどの、優しい緑色の光で、満たされた。
アッシュの内にある、本人も知らない、底なしの生命エネルギーが、まるで、決壊したダムの水のように、礎石の中へと、注ぎ込まれていく。
数百年もの間、少しずつ、その力を失い続けていた礎石にとって、それは、干上がった大地に、恵みの雨が、大河となって降り注ぐようなものだった。
礎石の、か細いハミングは、やがて、力強く、美しい協奏曲へと変わり、神殿中に刻まれた魔法陣が、連鎖するように、次々と、輝きを取り戻していく。
光が、最高潮に達した、その時。
アッシュたち三人の脳裏に、直接、一つの「映像」が流れ込んできた。
それは、礎石が、目覚めた力で見せた、記憶の断片。
――そこは、果てしない、漆黒の闇の空間。
――その中心に、巨大な「何か」が、眠っていた。それは、肉体を持つ生き物ではない。混沌と、虚無、そして、純粋な「無」そのものが、意思を持ったかのような、影の巨人。
――それこそが、『厄災』。
――その巨体を、幾重にも、光り輝く鎖が、縛り付けている。それが、『大いなる封印』。
――その鎖の一本、風を司る緑色の鎖が、今にも、消え入りそうに、弱々しく明滅していた。しかし、今、アッシュの力によって、その鎖は、眩いばかりの、力強い輝きを取り戻し、封印を、より、強固なものにした。
だが、その時。
あまりにも強い光に、邪魔をされたのが不快だったのか、眠っていた『厄災』が、少しだけ、身じろぎをした。
一本の、巨大な、影の触手が、微睡みの中で、ゆっくりと、動く。
そして、三人の心に、直接、純粋な絶望と、絶対的な終焉を約束する、恐怖の囁きが、響き渡った。
ビジョンは、そこで途切れた。
「……はっ……!」
リリアナとアレクシスは、膝から崩れ落ち、震えが止まらなかった。今、垣間見た、世界の終焉そのものとも言える、圧倒的な存在。自分たちが、どれほど、途方もないものを、相手にしているのかを、ようやく、心の底から、理解したのだ。
しかし、アッシュだけは、平然としていた。
彼は、ぶるぶると、頭を振っている。
「うわー!あの真っ黒いの、すごく機嫌が悪そうだったなあ。きっと、お腹がすいてるんだよ。ちゃんとしたご飯を食べさせないと、ダメだよね」
礎石の輝きが、穏やかなものへと変わる。そして、その中心から、小さな緑色の光のかけらが一つ、分離すると、アッシュの手のひらへと、舞い降りてきた。
光は、葉っぱの形をした、美しいお守りへと姿を変えた。
同時に、祭壇に、新たな文字が、光と共に浮かび上がる。
リリアナが、震える声で、それを読み上げた。
「……風は、安寧を取り戻せり。封印は、強められた。次なるは……『竜の腹の中』に眠る、目覚めの大地を、求めよ……」
最初の任務は、終わった。
そして、二つ目の礎石の在り処、『竜の腹の中』という、新たな謎が、示された。
リリアナとアレクシスが、使命の重さに、打ちひしがれている、その一方で。
アッシュは、手に入れた、葉っぱのお守りを、興味深そうに眺めていた。
「わあ、お土産、もらっちゃった!これ、ミントの味がしたりしないかなあ?」
彼は、そう言うと、お守りを、自分の口へと、運ぼうとした。
「アッシュ君、だめーっ!」
「やめろ、リンクス!」
二人の、悲鳴に似た叫び声が、静かな神殿に、こだました。
彼らの、前途多難な旅は、まだまだ、続く。
緑色に輝く、美しい宝石が、三人の目の前で、静かに、そして、穏やかに浮かんでいる。
神殿に、守護者の、最後の声が響き渡った。
『道は開かれた、勇者の子よ。汝の成すべきことを、成すがよい』
その声を最後に、風の囁きは、神殿の静寂の中へと消えていった。
「勇者の子……。守護者は、初めから、あなたのことを知っていたのね」
リリアナが、畏敬の念を込めて、アッシュを見つめる。
「さて、どうする?『封印を強化せよ』とあったが……。何か、特別な儀式でも行う必要があるのか?」
アレクシスが、礎石の周りにある、古代の祭壇を調べ始めた。
リリアナも、祭壇に刻まれた、古代ゼファー語の碑文の解読を試みる。
「これは……礎石を再起動させるための、手順書みたい。『力を取り戻すには、清浄にして穢れなく、そして、莫大な生命エネルギーを内包した器を捧げ、石の核と、共鳴させよ』……」
「莫大な生命エネルギーを持つ器……?伝説級の聖遺物か、あるいは、強力な魔獣でも、生贄に捧げろというのか……?」
アレクシスの表情が、険しくなる。あまりにも、漠然とした、困難な要求だった。
しかし、アッシュは、そんな二人の深刻な会話を、全く聞いていなかった。
彼は、目の前でぷかぷかと浮かぶ、美しい緑色の宝石に、釘付けになっていたのだ。
(わあ、きれいな緑色……。じいちゃんが、ドワーフの商人から、たまに買ってくる、特大の、すっぱい青リンゴ味のキャンディーと、そっくりだ……)
じゅるり、と、彼の口の中に、唾液が湧き出る。
彼は、リリアナが読み上げた「器を捧げよ」「共鳴させよ」という言葉を、自分なりに、いつものように、解釈した。
「そっか!わかった!この子と、仲良くなればいいんだね!グリフォンさんや、お魚さんと、同じだ!」
「え、ちょ、アッシュ君!?」
リリアナとアレクシスが、止める間もなかった。
アッシュは、古代の、そして、世界の運命を左右する、最重要アーティファクトである『風の礎石』に向かって、ずんずんと歩み寄っていく。
「こんにちは、石さん!僕、アッシュ!よろしくね!」
彼は、そう言うと、伝説の魔獣ロイヤル・グリフォンの頭を撫でた時と、全く同じように、親しみを込めて、その輝く宝石を、ぽん、と、優しく叩いた。
「よしよし。いい子だね」
アッシュの手が――碑文の示す、『清浄にして穢れなく、莫大な生命エネルギーを内包した器』そのものである、彼の肉体が――礎石に触れた、その瞬間。
神殿全体が、目も開けていられないほどの、優しい緑色の光で、満たされた。
アッシュの内にある、本人も知らない、底なしの生命エネルギーが、まるで、決壊したダムの水のように、礎石の中へと、注ぎ込まれていく。
数百年もの間、少しずつ、その力を失い続けていた礎石にとって、それは、干上がった大地に、恵みの雨が、大河となって降り注ぐようなものだった。
礎石の、か細いハミングは、やがて、力強く、美しい協奏曲へと変わり、神殿中に刻まれた魔法陣が、連鎖するように、次々と、輝きを取り戻していく。
光が、最高潮に達した、その時。
アッシュたち三人の脳裏に、直接、一つの「映像」が流れ込んできた。
それは、礎石が、目覚めた力で見せた、記憶の断片。
――そこは、果てしない、漆黒の闇の空間。
――その中心に、巨大な「何か」が、眠っていた。それは、肉体を持つ生き物ではない。混沌と、虚無、そして、純粋な「無」そのものが、意思を持ったかのような、影の巨人。
――それこそが、『厄災』。
――その巨体を、幾重にも、光り輝く鎖が、縛り付けている。それが、『大いなる封印』。
――その鎖の一本、風を司る緑色の鎖が、今にも、消え入りそうに、弱々しく明滅していた。しかし、今、アッシュの力によって、その鎖は、眩いばかりの、力強い輝きを取り戻し、封印を、より、強固なものにした。
だが、その時。
あまりにも強い光に、邪魔をされたのが不快だったのか、眠っていた『厄災』が、少しだけ、身じろぎをした。
一本の、巨大な、影の触手が、微睡みの中で、ゆっくりと、動く。
そして、三人の心に、直接、純粋な絶望と、絶対的な終焉を約束する、恐怖の囁きが、響き渡った。
ビジョンは、そこで途切れた。
「……はっ……!」
リリアナとアレクシスは、膝から崩れ落ち、震えが止まらなかった。今、垣間見た、世界の終焉そのものとも言える、圧倒的な存在。自分たちが、どれほど、途方もないものを、相手にしているのかを、ようやく、心の底から、理解したのだ。
しかし、アッシュだけは、平然としていた。
彼は、ぶるぶると、頭を振っている。
「うわー!あの真っ黒いの、すごく機嫌が悪そうだったなあ。きっと、お腹がすいてるんだよ。ちゃんとしたご飯を食べさせないと、ダメだよね」
礎石の輝きが、穏やかなものへと変わる。そして、その中心から、小さな緑色の光のかけらが一つ、分離すると、アッシュの手のひらへと、舞い降りてきた。
光は、葉っぱの形をした、美しいお守りへと姿を変えた。
同時に、祭壇に、新たな文字が、光と共に浮かび上がる。
リリアナが、震える声で、それを読み上げた。
「……風は、安寧を取り戻せり。封印は、強められた。次なるは……『竜の腹の中』に眠る、目覚めの大地を、求めよ……」
最初の任務は、終わった。
そして、二つ目の礎石の在り処、『竜の腹の中』という、新たな謎が、示された。
リリアナとアレクシスが、使命の重さに、打ちひしがれている、その一方で。
アッシュは、手に入れた、葉っぱのお守りを、興味深そうに眺めていた。
「わあ、お土産、もらっちゃった!これ、ミントの味がしたりしないかなあ?」
彼は、そう言うと、お守りを、自分の口へと、運ぼうとした。
「アッシュ君、だめーっ!」
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二人の、悲鳴に似た叫び声が、静かな神殿に、こだました。
彼らの、前途多難な旅は、まだまだ、続く。
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