【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

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第58話 悲しみの歌

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『嘆きの島』の中心、薄暗い洞窟。
アッシュが歌う、素朴で、少し音程の外れた子守唄。しかし、その歌声に乗った、純粋な『黄金の光』は、この、絶望に満ちた空間を、暖かな、陽光のような、優しさで、満たし始めていた。

「やめなさい……」

ルナが、震える声で、呟いた。

「その歌を、やめて……。あなたには、わからない。この、悲しみの、意味が……」

彼女は、両手を、前へと、突き出した。
彼女の体から、冷たい、しかし、どこか、神々しい、『白銀の光』が、放たれる。アッシュの、暖かな光を、打ち消し、再び、この場所を、静寂と、悲哀で、満たすためだ。

黄金と、白銀。
生命の、喜びの歌と、世界の、終わりの、鎮魂歌。
二つの、相反する、巨大な力が、洞窟の中で、激しく、衝突した。

「ルナさん!なぜ、こんなことをするの!?この島が、苦しんでいるのが、わからないの!?」
重圧から、解放された、リリアナが、叫ぶ。

その言葉に、ルナの、完璧だったはずの、無表情な仮面が、初めて、崩れた。その瞳から、大粒の涙が、溢れ出す。

「苦しみも、悲しみも、この世界の一部です!それから、目を背け、ただ、幸福だけを、求めることこそ、最大の、傲慢!」
彼女の、悲痛な叫びが、響き渡る。

「厄災も、封印も、全ては、巨大な、循環。創造と破壊、喜びと悲しみ。その、両方があって、初めて、世界は、完全なものとなる。あなた方のしていることは、その、世界の理を、捻じ曲げる、愚かな、行為なのです!」

その言葉には、彼女が、生きてきた、あまりにも、長い、年月の、重みが、込められていた。
彼女は、見てきたのだ。文明が生まれ、そして、滅びるのを。喜びの絶頂が、やがて、停滞と、腐敗を、生み出すのを。
彼女にとって、「永遠の平和」とは、緩やかな、死と、同義だった。

アッシュは、歌うのを、やめた。
彼は、ルナが言う、難しい、哲学は、よく、わからなかった。
彼には、ただ、目の前の、一人の女の子が、すごく、すごく、悲しい顔をして、泣いていることしか、わからなかった。

彼は、ゆっくりと、ルナへと、歩み寄る。
黄金と、白銀の光が、渦巻く、その、中心を、まるで、散歩でもするように、彼は、通り抜けていった。

そして、彼は、ポケットから、あの日、船の上で、彼女に渡そうとして、受け取ってもらえなかった、一枚のクッキーを、取り出した。
ハンカチに、大事に、包まれた、彼の、母親が焼いた、クッキー。

彼は、それを、そっと、ルナの前に、差し出した。

「ルナさん、すごく、悲しそうだね」
彼は、静かに、言った。

「僕、悲しいことは、よくわからないけど。でも、僕が、転んで、泣いちゃった時、母さんが、いつも、クッキーをくれるんだ。そうしたら、痛みは、消えないけど……。でも、ほんの、少しだけ、心が、あったかくなるんだ」

それは、反論ではなかった。世界の理を説く、少女に対する、彼の、あまりにも、単純で、素朴な、答えだった。

ルナは、目の前に、差し出された、クッキーと、アッシュの、ただ、まっすぐに、自分を、心配している、その、曇りのない瞳を、見つめた。
彼女が、何百年もかけて、築き上げてきた、世界の、真理と、諦観。
それが、たった、一枚の、クッキーと、一人の、少年の、不器用な、優しさの前に、音を立てて、崩れていく。

ルナの、心が、揺らいだ。
その瞬間、彼女が、制御していた、『白銀の光』が、力を、失った。

好機とばかりに、アッシュの、内なる、『黄金の光』が、その、優しさを、解き放つ。
それは、もはや、歌声ではない。アッシュの、存在そのものが、暖かな、光となって、洞窟を、満たしていった。
その光は、オベリスクを、攻撃しない。
ただ、その、呪いの杭によって、傷つけられ、苦しんでいた、『海の心臓』の、傷口を、優しく、包み込んでいく。
それは、浄化というより、「治癒」だった。

『海の心臓』は、その、あまりにも、心地よい、生命の力に、自らの、治癒能力を、活性化させた。
そして、体内に、突き刺さっていた、異物を、自らの力で、拒絶し、押し出し始めた。

バキィィィィンッ!!

甲高い音と共に、銀色のオベリスクが、根本から、粉々に、砕け散った。
島全体を、覆っていた、絶望の、オーラが、嘘のように、消え去っていく。
洞窟の外では、降り続いていた、冷たい雨が止み、雲の切れ間から、数百年ぶり、と言われる、太陽の光が、差し込んできた。

ルナは、その場に、へたり込んだ。
それは、敗北による、絶望ではない。張り詰めていた、全ての、重圧から、解放された、安堵の、涙だった。

アッシュは、彼女の、小さな手に、そっと、クッキーを、握らせた。

「悲しい時は、泣いても、いいんだよ」
じいちゃんが、昔、自分に、言ってくれた言葉を、彼は、思い出した。

「でも、一人で、泣かなくても、いいんだ」

『黎明の子供たち』が、仕掛けた、究極の、絶望の罠。
それを、打ち破ったのは、究極の、兵器でも、魔法でもなく、ただ、一人の、少年の、不器用で、しかし、どこまでも、暖かい、優しさだった。
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