8 / 26
第八話:凱旋、王都への序曲
しおりを挟む
数ヶ月ぶりに「エルムの薬草店」のある懐かしい街並みが見えてきた時、アリアドネの胸には様々な感情が込み上げてきた。
辺境伯領での出来事は、彼女にとって大きな試練であると同時に、かけがえのない経験と自信を与えてくれた。
店の前に馬車が着くと、扉を開けて最初に出迎えてくれたのは、やはりゼノだった。
彼の顔には深い安堵と、隠しきれない喜びが浮かんでいる。
「アリアドネ君!よくぞ……よくぞ無事に戻ってきてくれた!」
ゼノはアリアドネの両肩を掴み、その声は感極まって震えていた。
「ただいま戻りました、ゼノ様。ご心配をおかけいたしました。」
アリアドネが微笑むと、店の奥や近所の家々から、彼女の帰還を知った顔なじみの客たちが次々と集まってきた。
「アリアドネさん、お帰りなさい!」
「辺境伯様のお妃様の病気を治したって、本当かい!?」
「街の誇りだよ!」
口々に祝福と歓迎の言葉をかけられ、アリアドネは改めてこの街の人々の温かさを感じ、胸が熱くなった。
その日の夜、店の片付けを終えた後、アリアドネはゼノに辺境伯領での出来事の一部始終を詳しく語って聞かせた。
セレスティーナ夫人の病の原因、治療の経過、そして辺境伯からの破格の報酬と、今後も賓客として遇するという約束まで。
ゼノは、時折驚きの声を上げ、時には目に涙を浮かべながら、アリアドネの話に聞き入っていた。
「……そうか、君はそれほどの大事を成し遂げてきたのだな。本当に、よく頑張った。君のような弟子を持てて、私は心から誇らしいよ。」
ゼノは、皺の刻まれた手でアリアドネの手をそっと握りしめた。
その温かさが、アリアドネの心を優しく包み込む。
アリアドネの不在中も、ゼノは一人で懸命に店を守り続けていた。
彼女の評判は地元でもさらに高まり、「エルムの薬草店」は相変わらず多くの客で賑わっていたという。
「さて、ゼノ様。実は、今後のことについてご相談したい儀がございます。」
アリアドネは居住まいを正し、切り出した。
「辺境伯様から頂いたこの資金を元手に、この店を改装し、さらに高品質な薬草やハーブ製品を専門に扱う店として、新たな一歩を踏み出したいのです。そして……」
アリアドネは一度言葉を切り、ゼノの目を真っ直ぐに見つめた。
「いつかは、王都にも支店を出したいと考えております。」
その言葉に、ゼノは息を呑んだ。
王都への進出。
それは、一介の街の薬屋にとっては、あまりにも大きな夢物語に聞こえるかもしれない。
しかし、アリアドネの瞳には、確固たる意志と実現への自信が満ち溢れていた。
しばらくの沈黙の後、ゼノはふっと顔を綻ばせた。
「……君らしいな、アリアドネ君。君がそこまで考えているのなら、私に否やはない。むしろ、全力で応援させてもらおう。この老いぼれの知識と経験が、少しでも君の役に立つのであればな。」
「ゼノ様……!ありがとうございます!」
アリアドネの心は、新たな希望と決意で満たされた。
数日後、辺境伯領の執事エルネストから、アリアドネ宛に一通の手紙が届いた。
そこには、セレスティーナ夫人がその後も順調に回復していることへの感謝と共に、例の「毒」の件に関するその後の調査状況が記されていた。
『……奥様の身の回りにあったいくつかの品物の出所を辿った結果、特定の侍女が関与していた可能性が浮上いたしました。しかし、その侍女は数日前に突如姿をくらまし、行方が掴めておりません。背後に何者かの指示があったのか、あるいは侍女単独の犯行だったのか、未だ判明しておりませぬが、引き続き調査を進めております……』
手紙を読み終えたアリアドネの表情は険しかった。
やはり、偶然ではなかったのだ。
そして、悪意を持った人間が、まだ捕まっていない。
(許せない……人の命を何だと思っているの……)
彼女の胸に、再び義憤の炎が燃え上がった。
真相究明への協力を改めてエルネストに伝える返信をしたためながら、アリアドネは貴族社会の闇の深さを改めて感じていた。
そして、その闇は、かつて自分を陥れたエリオットやリディアにも繋がっているのかもしれない。
王都進出への計画は、早速具体的に動き始めた。
アリアドネはまず、辺境伯から得た資金の一部を使い、店の奥にある使われていなかった倉庫を改装し、新たな調合室と研究室を設けることにした。
より高度な薬やハーブ製品を開発するためには、それに適した環境が必要だったからだ。
また、契約栽培を進めていた農家との連携をさらに強化し、高品質な薬草の安定供給ルートを確立。
ゼノの助けも借りながら、新しいハーブティーのブレンドや、美容効果の高いハーブオイル、そして特定の症状に特化した塗り薬などの開発にも精力的に取り組んだ。
それと並行して、アリアドネは王都に関する情報収集も密かに開始した。
辺境伯から拝領した通行証は、彼女の行動範囲を大きく広げる助けとなるだろう。
まずは、王都の薬草市場の動向、有力な薬問屋、そして貴族街の薬局の評判などを調べる必要がある。
そして何よりも、アシュフォード公爵家と、公爵夫人となったリディアの最近の動向。
彼らの情報を得るためには、信頼できる協力者を見つけなければならない。
(焦ることはないわ……でも、時間は有限よ……)
アリアドネは、窓の外に広がる夜空を見上げた。
辺境伯領での出来事は、彼女にとって大きな試練であると同時に、かけがえのない経験と自信を与えてくれた。
店の前に馬車が着くと、扉を開けて最初に出迎えてくれたのは、やはりゼノだった。
彼の顔には深い安堵と、隠しきれない喜びが浮かんでいる。
「アリアドネ君!よくぞ……よくぞ無事に戻ってきてくれた!」
ゼノはアリアドネの両肩を掴み、その声は感極まって震えていた。
「ただいま戻りました、ゼノ様。ご心配をおかけいたしました。」
アリアドネが微笑むと、店の奥や近所の家々から、彼女の帰還を知った顔なじみの客たちが次々と集まってきた。
「アリアドネさん、お帰りなさい!」
「辺境伯様のお妃様の病気を治したって、本当かい!?」
「街の誇りだよ!」
口々に祝福と歓迎の言葉をかけられ、アリアドネは改めてこの街の人々の温かさを感じ、胸が熱くなった。
その日の夜、店の片付けを終えた後、アリアドネはゼノに辺境伯領での出来事の一部始終を詳しく語って聞かせた。
セレスティーナ夫人の病の原因、治療の経過、そして辺境伯からの破格の報酬と、今後も賓客として遇するという約束まで。
ゼノは、時折驚きの声を上げ、時には目に涙を浮かべながら、アリアドネの話に聞き入っていた。
「……そうか、君はそれほどの大事を成し遂げてきたのだな。本当に、よく頑張った。君のような弟子を持てて、私は心から誇らしいよ。」
ゼノは、皺の刻まれた手でアリアドネの手をそっと握りしめた。
その温かさが、アリアドネの心を優しく包み込む。
アリアドネの不在中も、ゼノは一人で懸命に店を守り続けていた。
彼女の評判は地元でもさらに高まり、「エルムの薬草店」は相変わらず多くの客で賑わっていたという。
「さて、ゼノ様。実は、今後のことについてご相談したい儀がございます。」
アリアドネは居住まいを正し、切り出した。
「辺境伯様から頂いたこの資金を元手に、この店を改装し、さらに高品質な薬草やハーブ製品を専門に扱う店として、新たな一歩を踏み出したいのです。そして……」
アリアドネは一度言葉を切り、ゼノの目を真っ直ぐに見つめた。
「いつかは、王都にも支店を出したいと考えております。」
その言葉に、ゼノは息を呑んだ。
王都への進出。
それは、一介の街の薬屋にとっては、あまりにも大きな夢物語に聞こえるかもしれない。
しかし、アリアドネの瞳には、確固たる意志と実現への自信が満ち溢れていた。
しばらくの沈黙の後、ゼノはふっと顔を綻ばせた。
「……君らしいな、アリアドネ君。君がそこまで考えているのなら、私に否やはない。むしろ、全力で応援させてもらおう。この老いぼれの知識と経験が、少しでも君の役に立つのであればな。」
「ゼノ様……!ありがとうございます!」
アリアドネの心は、新たな希望と決意で満たされた。
数日後、辺境伯領の執事エルネストから、アリアドネ宛に一通の手紙が届いた。
そこには、セレスティーナ夫人がその後も順調に回復していることへの感謝と共に、例の「毒」の件に関するその後の調査状況が記されていた。
『……奥様の身の回りにあったいくつかの品物の出所を辿った結果、特定の侍女が関与していた可能性が浮上いたしました。しかし、その侍女は数日前に突如姿をくらまし、行方が掴めておりません。背後に何者かの指示があったのか、あるいは侍女単独の犯行だったのか、未だ判明しておりませぬが、引き続き調査を進めております……』
手紙を読み終えたアリアドネの表情は険しかった。
やはり、偶然ではなかったのだ。
そして、悪意を持った人間が、まだ捕まっていない。
(許せない……人の命を何だと思っているの……)
彼女の胸に、再び義憤の炎が燃え上がった。
真相究明への協力を改めてエルネストに伝える返信をしたためながら、アリアドネは貴族社会の闇の深さを改めて感じていた。
そして、その闇は、かつて自分を陥れたエリオットやリディアにも繋がっているのかもしれない。
王都進出への計画は、早速具体的に動き始めた。
アリアドネはまず、辺境伯から得た資金の一部を使い、店の奥にある使われていなかった倉庫を改装し、新たな調合室と研究室を設けることにした。
より高度な薬やハーブ製品を開発するためには、それに適した環境が必要だったからだ。
また、契約栽培を進めていた農家との連携をさらに強化し、高品質な薬草の安定供給ルートを確立。
ゼノの助けも借りながら、新しいハーブティーのブレンドや、美容効果の高いハーブオイル、そして特定の症状に特化した塗り薬などの開発にも精力的に取り組んだ。
それと並行して、アリアドネは王都に関する情報収集も密かに開始した。
辺境伯から拝領した通行証は、彼女の行動範囲を大きく広げる助けとなるだろう。
まずは、王都の薬草市場の動向、有力な薬問屋、そして貴族街の薬局の評判などを調べる必要がある。
そして何よりも、アシュフォード公爵家と、公爵夫人となったリディアの最近の動向。
彼らの情報を得るためには、信頼できる協力者を見つけなければならない。
(焦ることはないわ……でも、時間は有限よ……)
アリアドネは、窓の外に広がる夜空を見上げた。
291
あなたにおすすめの小説
妹の初恋は私の婚約者
あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。
婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。
彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。
――その役割が、突然奪われるまでは。
公の場で告げられた一方的な婚約破棄。
理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。
ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。
だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。
些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。
それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。
一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。
求められたのは、身分でも立場でもない。
彼女自身の能力だった。
婚約破棄から始まる、
静かで冷静な逆転劇。
王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、
やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。
-
偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子オレンに婚約破棄された侯爵令嬢ライアー・ユースティティア。
だが、それは彼女にとって「不幸の始まり」ではなかった。
国政を放棄し、重税と私欲に溺れる暴君ロネ国王。
その無責任さを補っていた宰相リシュリュー公爵が投獄されたことで、
国は静かに、しかし確実に崩壊へ向かい始める。
そんな中、変身魔法を使えるライアーは、
国王の身代わり――偽王として玉座に座ることを強要されてしまう。
「王太子妃には向いていなかったけれど……
どうやら、国王にも向いていなかったみたいですわね」
有能な宰相とともに国を立て直し、
理不尽な税を廃し、民の暮らしを取り戻した彼女は、
やがて本物の国王と王太子を“偽者”として流刑に処す。
そして最後に選んだのは、
王として君臨し続けることではなく――
偽王のまま退位し、名もなき人生を生きることだった。
これは、
婚約破棄から始まり、
偽王としてざまぁを成し遂げ、
それでも「王にならなかった」令嬢の物語。
玉座よりも遠く、
裁きよりも静かな場所で、
彼女はようやく“自分の人生”を歩き始める。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
【完結】義妹に全て奪われた私。だけど公爵様と幸せを掴みます!
朝日みらい
恋愛
リリアナは美貌の義妹イザベラにすべてを奪われて育ち、公爵アルノーとの婚約さえも破棄される。
役立たずとされて嫁がされたのは、冷徹と噂される公爵アルノー。
アルノーは没落した家を立て直し、成功を収めた強者。
新しい生活で孤立を感じたリリアナだが、アルノーの態度に振り回されつつも、少しずつ彼の支えを感じ始め――
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる