【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第二十七話:遺跡の導き、祭壇への扉

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森の中で夜を明かした翌朝、私たちは再び、深く暗い森の中へと歩を進めた。
日記帳の刻印が放った微かな光と、森の奥から感じた呼び声のような気配。
それが何を意味するのかは分からないけれど、私たちの目指す場所が、この先にあることは間違いなさそうだった。

森の様相は、さらに異様さを増していた。
瘴気は、もはや濃密な霧のように立ち込め、視界を遮る。
木々の形も、どこか歪で、不気味な雰囲気を醸し出している。
そして、遭遇する魔物も、昨日までとは明らかに質が違っていた。

ズルリ、と音を立てて、木の影から這い出してきたのは、実体があるのかないのか分からないような、黒い影の塊。
それは、物理的な攻撃が効きにくいだけでなく、まとわりつかれると、精神を蝕むような、嫌な感覚を与えてくる。

「『怨嗟(えんさ)の影』か……! 物理攻撃は効果が薄い! 光属性の魔法……いや、今はそれよりも、動きを止めろ!」

カイさんの指示に従い、私は魔力を集中させ、影の動きを封じるように、魔力弾を連続して放つ!
影は苦しげに身を捩らせるが、すぐには消滅しない。
その隙に、カイさんが聖印が刻まれた特別な短剣(おそらく対霊用のものだろう)で、影の中心核を貫き、ようやくそれを霧散させた。

「……厄介な相手が増えてきたな」

カイさんが、忌々しげに呟く。
こんな魔物が、この先、どれだけいるのだろうか。

そんな困難な道行きの中、私の内に眠る力が、再び、その片鱗を見せ始めた。
それは、明確な未来予知というよりは、もっと漠然とした、「第六感」のようなものに近い。

(……こっちじゃない……気がする……)

地図では、真っ直ぐ進むように示されている場所で、ふと、強い違和感を覚える。
右手の、より険しい獣道の方に、何か、引かれるような感覚があるのだ。

「カイ様……。すみません、こっちの道を行ってみませんか?」

「……? 地図では、こちらが最短ルートのはずだが」

訝しげな顔をするカイさんに、私は自分の感覚を伝える。

「分かりません……でも、どうしても、こっちの道が気になるんです。何か……呼ばれているような……」

カイさんは、しばらく黙って私の目を見ていたが、やがて、「……分かった。君の感覚を信じてみよう」と言って、右手の道へと進路を変えてくれた。
彼が、私の曖昧な感覚を信じてくれたことが、少し嬉しかった。

そして、その選択は、正しかったのかもしれない。
しばらく進むと、私たちの目の前に、信じられない光景が広がったのだ。

「……これは……遺跡……?」

鬱蒼とした森の中に、突如として現れた、苔むした石畳の道。
その先には、崩れかけた石壁や、倒れた石柱が、点在している。
明らかに、人の手によって作られた、古代の建造物の跡だった。

「……間違いない。古代文明……おそらく、『星詠みの民』の遺跡だろう」

カイさんも、息を呑んで呟く。
そして、彼は、ある一点を指さした。
道の脇に、ひっそりと佇む、古い石碑。
そこに刻まれているのは――あの日記帳で見たものと、酷似した紋章だった。

「やはり……。この道は、月の祭壇へと続いている可能性が高い」

日記の地図と、カイさんが持つ地図、そして、私の不思議な感覚。
それらが、私たちをここまで導いてくれたのだ。

遺跡の周辺は、不思議なことに、あれほど濃かった瘴気が、嘘のように薄れていた。
代わりに、清浄で、どこか神聖な空気すら感じられる。
そして、私の胸元で、リリアさんにもらった星形の髪飾りが、再び、ほんのりと温かさを帯びているのに気がついた。
ポケットの日記帳の刻印も、きっと、今、静かに光を放っているのだろう。

(この場所は、何か、特別な力が働いている……?)

カイさんは、遺跡の状態や、石碑に刻まれた古代文字(私には全く読めない)を注意深く観察しながら、言った。

「……この遺跡自体が、一種の結界の役割を果たしているのかもしれん。
そして、これらの紋章や文字……単なる装飾ではない。何らかの魔法的な意味を持っている可能性が高い」

彼は、私が見つけた、日記の刻印についても尋ねてきた。
私が、拡大鏡で見た紋様の詳細を伝えると、彼は眉を寄せた。

「……それは、『星詠みの民』の中でも、特に高位の神官や、王族だけが用いたとされる、聖なる紋章の一部だ。
そして……それは、『制御の腕輪』とも、深い関わりがあると言われている」

「制御の腕輪と……?」

「ああ。一説によれば、その紋章を持つ者、あるいは、その紋章が示す『星の巡り』の下に生まれた者だけが、腕輪の真の力を引き出し、扱うことができる、と……」

やはり、そうなのか……。
だとしたら、私には、その資格がある、ということ……?

「だが、ユキ。もし、君にその資格があるのだとしても、それは、更なる危険を呼び込むことにもなる。
腕輪の力を狙う者は、いつの時代にもいる。
そして、その力に魅入られ、破滅した者も……」

カイさんの声には、強い警告の色が滲んでいた。
彼は、私を心配してくれているのだ。

「……分かっています。でも、私は、知りたいんです。
この力の意味も、月の祭壇の真実も。
そして、もし、帰れる可能性があるのなら……」

私の決意は、揺るがない。

私たちは、遺跡の石畳の道を、さらに奥へと進んでいった。
途中、崩れた壁画のようなものに、『制御の腕輪』らしき腕輪をつけた人物が、祭壇のような場所で祈りを捧げている絵が描かれているのを見つけた。
その腕輪のデザインは、記憶にある日記の記述と一致する。
しかし、それがどこにあるのか、どうすれば手に入るのかは、依然として謎のままだった。

やがて、石畳の道は、巨大な崖に突き当たった。
崖には、ぽっかりと口を開けた、大きな洞窟の入り口がある。
洞窟の奥からは、これまでの森とは比較にならないほど、強い魔力の奔流と、そして、明らかに人為的な、強力な結界の気配が感じられた。

「……ここが、入り口か……」

カイさんが、剣の柄に手をかけ、鋭い視線で洞窟の闇を見据える。
日記の地図が示していた『月の祭壇』は、おそらく、この洞窟の奥にあるのだろう。

「……ここからは、さらに危険だ。
遺跡の結界は、外部からの侵入者を拒むためのものだろう。
そして、その奥には……言い伝えの通りなら、『守り人』がいるはずだ」

彼の言葉に、ゴクリと唾を飲み込む。
いよいよ、最終目的地が近づいてきた。
同時に、最大の試練が、目の前に立ちはだかっている。

「覚悟は、いいな?」

カイさんが、私に向き直り、静かに問いかける。
その紫色の瞳には、厳しい光と共に、私への信頼の色も浮かんでいるように見えた。

私は、胸元の星の髪飾りを、そっと握りしめた。
リリアさんの思い。
カイさんの覚悟。
そして、私自身の決意。

「……はい!」

迷いのない声で、私は答えた。
カイさんは、小さく頷くと、剣を抜き放つ。

「行くぞ」

私たちは、固い決意を胸に、月の祭壇へと続くであろう、暗く深い洞窟の中へと、足を踏み入れた。
双月食の夜は、もう、目前に迫っていた。
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