27 / 33
第二十七話:遺跡の導き、祭壇への扉
しおりを挟む森の中で夜を明かした翌朝、私たちは再び、深く暗い森の中へと歩を進めた。
日記帳の刻印が放った微かな光と、森の奥から感じた呼び声のような気配。
それが何を意味するのかは分からないけれど、私たちの目指す場所が、この先にあることは間違いなさそうだった。
森の様相は、さらに異様さを増していた。
瘴気は、もはや濃密な霧のように立ち込め、視界を遮る。
木々の形も、どこか歪で、不気味な雰囲気を醸し出している。
そして、遭遇する魔物も、昨日までとは明らかに質が違っていた。
ズルリ、と音を立てて、木の影から這い出してきたのは、実体があるのかないのか分からないような、黒い影の塊。
それは、物理的な攻撃が効きにくいだけでなく、まとわりつかれると、精神を蝕むような、嫌な感覚を与えてくる。
「『怨嗟(えんさ)の影』か……! 物理攻撃は効果が薄い! 光属性の魔法……いや、今はそれよりも、動きを止めろ!」
カイさんの指示に従い、私は魔力を集中させ、影の動きを封じるように、魔力弾を連続して放つ!
影は苦しげに身を捩らせるが、すぐには消滅しない。
その隙に、カイさんが聖印が刻まれた特別な短剣(おそらく対霊用のものだろう)で、影の中心核を貫き、ようやくそれを霧散させた。
「……厄介な相手が増えてきたな」
カイさんが、忌々しげに呟く。
こんな魔物が、この先、どれだけいるのだろうか。
そんな困難な道行きの中、私の内に眠る力が、再び、その片鱗を見せ始めた。
それは、明確な未来予知というよりは、もっと漠然とした、「第六感」のようなものに近い。
(……こっちじゃない……気がする……)
地図では、真っ直ぐ進むように示されている場所で、ふと、強い違和感を覚える。
右手の、より険しい獣道の方に、何か、引かれるような感覚があるのだ。
「カイ様……。すみません、こっちの道を行ってみませんか?」
「……? 地図では、こちらが最短ルートのはずだが」
訝しげな顔をするカイさんに、私は自分の感覚を伝える。
「分かりません……でも、どうしても、こっちの道が気になるんです。何か……呼ばれているような……」
カイさんは、しばらく黙って私の目を見ていたが、やがて、「……分かった。君の感覚を信じてみよう」と言って、右手の道へと進路を変えてくれた。
彼が、私の曖昧な感覚を信じてくれたことが、少し嬉しかった。
そして、その選択は、正しかったのかもしれない。
しばらく進むと、私たちの目の前に、信じられない光景が広がったのだ。
「……これは……遺跡……?」
鬱蒼とした森の中に、突如として現れた、苔むした石畳の道。
その先には、崩れかけた石壁や、倒れた石柱が、点在している。
明らかに、人の手によって作られた、古代の建造物の跡だった。
「……間違いない。古代文明……おそらく、『星詠みの民』の遺跡だろう」
カイさんも、息を呑んで呟く。
そして、彼は、ある一点を指さした。
道の脇に、ひっそりと佇む、古い石碑。
そこに刻まれているのは――あの日記帳で見たものと、酷似した紋章だった。
「やはり……。この道は、月の祭壇へと続いている可能性が高い」
日記の地図と、カイさんが持つ地図、そして、私の不思議な感覚。
それらが、私たちをここまで導いてくれたのだ。
遺跡の周辺は、不思議なことに、あれほど濃かった瘴気が、嘘のように薄れていた。
代わりに、清浄で、どこか神聖な空気すら感じられる。
そして、私の胸元で、リリアさんにもらった星形の髪飾りが、再び、ほんのりと温かさを帯びているのに気がついた。
ポケットの日記帳の刻印も、きっと、今、静かに光を放っているのだろう。
(この場所は、何か、特別な力が働いている……?)
カイさんは、遺跡の状態や、石碑に刻まれた古代文字(私には全く読めない)を注意深く観察しながら、言った。
「……この遺跡自体が、一種の結界の役割を果たしているのかもしれん。
そして、これらの紋章や文字……単なる装飾ではない。何らかの魔法的な意味を持っている可能性が高い」
彼は、私が見つけた、日記の刻印についても尋ねてきた。
私が、拡大鏡で見た紋様の詳細を伝えると、彼は眉を寄せた。
「……それは、『星詠みの民』の中でも、特に高位の神官や、王族だけが用いたとされる、聖なる紋章の一部だ。
そして……それは、『制御の腕輪』とも、深い関わりがあると言われている」
「制御の腕輪と……?」
「ああ。一説によれば、その紋章を持つ者、あるいは、その紋章が示す『星の巡り』の下に生まれた者だけが、腕輪の真の力を引き出し、扱うことができる、と……」
やはり、そうなのか……。
だとしたら、私には、その資格がある、ということ……?
「だが、ユキ。もし、君にその資格があるのだとしても、それは、更なる危険を呼び込むことにもなる。
腕輪の力を狙う者は、いつの時代にもいる。
そして、その力に魅入られ、破滅した者も……」
カイさんの声には、強い警告の色が滲んでいた。
彼は、私を心配してくれているのだ。
「……分かっています。でも、私は、知りたいんです。
この力の意味も、月の祭壇の真実も。
そして、もし、帰れる可能性があるのなら……」
私の決意は、揺るがない。
私たちは、遺跡の石畳の道を、さらに奥へと進んでいった。
途中、崩れた壁画のようなものに、『制御の腕輪』らしき腕輪をつけた人物が、祭壇のような場所で祈りを捧げている絵が描かれているのを見つけた。
その腕輪のデザインは、記憶にある日記の記述と一致する。
しかし、それがどこにあるのか、どうすれば手に入るのかは、依然として謎のままだった。
やがて、石畳の道は、巨大な崖に突き当たった。
崖には、ぽっかりと口を開けた、大きな洞窟の入り口がある。
洞窟の奥からは、これまでの森とは比較にならないほど、強い魔力の奔流と、そして、明らかに人為的な、強力な結界の気配が感じられた。
「……ここが、入り口か……」
カイさんが、剣の柄に手をかけ、鋭い視線で洞窟の闇を見据える。
日記の地図が示していた『月の祭壇』は、おそらく、この洞窟の奥にあるのだろう。
「……ここからは、さらに危険だ。
遺跡の結界は、外部からの侵入者を拒むためのものだろう。
そして、その奥には……言い伝えの通りなら、『守り人』がいるはずだ」
彼の言葉に、ゴクリと唾を飲み込む。
いよいよ、最終目的地が近づいてきた。
同時に、最大の試練が、目の前に立ちはだかっている。
「覚悟は、いいな?」
カイさんが、私に向き直り、静かに問いかける。
その紫色の瞳には、厳しい光と共に、私への信頼の色も浮かんでいるように見えた。
私は、胸元の星の髪飾りを、そっと握りしめた。
リリアさんの思い。
カイさんの覚悟。
そして、私自身の決意。
「……はい!」
迷いのない声で、私は答えた。
カイさんは、小さく頷くと、剣を抜き放つ。
「行くぞ」
私たちは、固い決意を胸に、月の祭壇へと続くであろう、暗く深い洞窟の中へと、足を踏み入れた。
双月食の夜は、もう、目前に迫っていた。
0
あなたにおすすめの小説
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~
黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」
皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。
悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。
――最高の農業パラダイスじゃない!
前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる!
美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!?
なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど!
「離婚から始まる、最高に輝く人生!」
農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる