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山の空気は、王都の喧騒を忘れさせるほどに澄んでいた。
修道院《エルメリア》。
山間にひっそりと佇む白い石造りの建物は、まるで時が止まったかのような静謐さを湛えていた。
「ようこそ、ヴァイセローゼ令嬢。あなたをここへ導いたものが神の意志かは分かりませんが……歓迎しますよ」
静かな回廊の奥で待っていたのは、フェルナン=ド=ボネール神官だった。
淡い金髪に落ち着いた翠の瞳。年齢は三十前後だろうか。
若くして高位に上りながら、この僻地へと転属された男。
だがその佇まいには、一切の屈辱も怯えも感じられなかった。
「ご挨拶をありがとうございます。──私は、真実を求めに来ました」
「真実とは常にひとつとは限りません。ですが、隠されたものには光を当てるべきでしょう」
彼の言葉には、神官らしからぬ理知がある。
敬虔というよりも、冷静な観察と知性がそのまま信仰へ繋がっているようだった。
「リリー嬢の“奇跡”は……本当に、神の御業だったのでしょうか?」
私の問いに、フェルナンはすぐには答えなかった。
視線を静かに落とし、歩き出す。
「こちらへ。少しばかり、修道女たちに花壇の指導を頼まれていましてね。話すには、いい場所です」
彼に続きながら、私はその背中から目を逸らさなかった。
花の香りに包まれた小庭。そこには修道女たちの手で整えられた薬草園が広がっていた。
「“灯火の儀式”──私もその場に立ち会いました。確かに火は灯りました。ですが……それは神の声によるものではなかった」
「……どういうことですか」
「術式の陣に、不自然な香料の痕跡があった。燃焼性の高い“銀香草”。本来、儀式には使われないものです。だが、それを“清めの香”としてすり替えることは……不可能ではない」
“仕組まれた奇跡”。
ノエルの情報と、フェルナンの証言が繋がる。
私の中に、確かな輪郭が浮かび始めていた。
「なぜそれを公にしなかったのですか?」
「私は神官です。証拠のない言葉は“誹謗”にされ、信仰を揺るがすだけ。……ですが、あなたが動くなら、私は支えましょう。
神の名を騙る者に、信仰は渡せない」
その言葉は、まるで誓いのように響いた。
「ありがとう、フェルナン神官。あなたの勇気があれば、私は前に進めます」
「そしてあなたの目が、私の心を支えてくれたのですよ。──令嬢、いえ……エヴァリーナ様」
初めて、名前で呼ばれた。
この静けさの中に宿るもの。それは、怒りではなく、祈りだった。
私は静かに目を閉じ、風に揺れる薬草の香りを胸に刻んだ。
──悪役令嬢の物語は、誰にも騙されない、信じたものだけで綴ると決めたのだから。
修道院《エルメリア》。
山間にひっそりと佇む白い石造りの建物は、まるで時が止まったかのような静謐さを湛えていた。
「ようこそ、ヴァイセローゼ令嬢。あなたをここへ導いたものが神の意志かは分かりませんが……歓迎しますよ」
静かな回廊の奥で待っていたのは、フェルナン=ド=ボネール神官だった。
淡い金髪に落ち着いた翠の瞳。年齢は三十前後だろうか。
若くして高位に上りながら、この僻地へと転属された男。
だがその佇まいには、一切の屈辱も怯えも感じられなかった。
「ご挨拶をありがとうございます。──私は、真実を求めに来ました」
「真実とは常にひとつとは限りません。ですが、隠されたものには光を当てるべきでしょう」
彼の言葉には、神官らしからぬ理知がある。
敬虔というよりも、冷静な観察と知性がそのまま信仰へ繋がっているようだった。
「リリー嬢の“奇跡”は……本当に、神の御業だったのでしょうか?」
私の問いに、フェルナンはすぐには答えなかった。
視線を静かに落とし、歩き出す。
「こちらへ。少しばかり、修道女たちに花壇の指導を頼まれていましてね。話すには、いい場所です」
彼に続きながら、私はその背中から目を逸らさなかった。
花の香りに包まれた小庭。そこには修道女たちの手で整えられた薬草園が広がっていた。
「“灯火の儀式”──私もその場に立ち会いました。確かに火は灯りました。ですが……それは神の声によるものではなかった」
「……どういうことですか」
「術式の陣に、不自然な香料の痕跡があった。燃焼性の高い“銀香草”。本来、儀式には使われないものです。だが、それを“清めの香”としてすり替えることは……不可能ではない」
“仕組まれた奇跡”。
ノエルの情報と、フェルナンの証言が繋がる。
私の中に、確かな輪郭が浮かび始めていた。
「なぜそれを公にしなかったのですか?」
「私は神官です。証拠のない言葉は“誹謗”にされ、信仰を揺るがすだけ。……ですが、あなたが動くなら、私は支えましょう。
神の名を騙る者に、信仰は渡せない」
その言葉は、まるで誓いのように響いた。
「ありがとう、フェルナン神官。あなたの勇気があれば、私は前に進めます」
「そしてあなたの目が、私の心を支えてくれたのですよ。──令嬢、いえ……エヴァリーナ様」
初めて、名前で呼ばれた。
この静けさの中に宿るもの。それは、怒りではなく、祈りだった。
私は静かに目を閉じ、風に揺れる薬草の香りを胸に刻んだ。
──悪役令嬢の物語は、誰にも騙されない、信じたものだけで綴ると決めたのだから。
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