「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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修道院での日々は、まるで異国のようだった。

早朝の祈り。薬草の手入れ。質素な食事と静かな会話。  
王都での煌びやかな生活とは正反対だが、不思議と心が落ち着いた。

「……本日、神殿より新たな通達が届きました」

昼下がり、修道女のひとりが僅かに声を震わせてそう告げた。

回廊の柱影にいた私は、その声に自然と足を止めた。  
修道女たちは集まっており、誰もが目を伏せていた。  
中央に立つのは、院長代理の中年修道女。そして彼女の手には、一通の封筒が握られていた。

「“すべての神官と修道士は、聖女リリー=シャルマン殿の神聖性を支持し、教義の尊厳を守るよう命ずる”……ですって」

──強制的な“信仰の命令”。

それはつまり、逆らう者には罰があると告げるもの。  
表向きは敬意を装いながらも、内実は“反乱者をあぶり出す通達”だった。

「……神官フェルナンには届いていないようですが」

ユリアが小声で私に囁いた。

「神殿の書簡であれば、全修道区に一斉送付されるのが通例です。それが届かないというのは……」

「フェルナン神官が“監視対象”として名簿から外されている可能性もあるわね」

私たちは視線だけで理解し合った。

敵は動き始めている。  
それは“聖女の正当性”を演出するためか、それとも、真実を知る者を排除するためか。

修道女たちの間に広がる静かな不安。  
一人、涙を浮かべて祈る姿さえあった。

「……エヴァリーナ様」

フェルナン神官がそっと私に声をかけた。

「今夜、少しお時間をいただけませんか。語るべきことが、いくつかあります」

私はうなずいた。  
静けさの中に差し込む緊張感は、かつての舞踏会とは違う種類の“戦場”を思わせた。

それでも私は、退かない。

なぜなら、この世界のどこかに、誠実な信仰と真実を信じる者がいる限り。

私がその一人であることを、誰よりも自分に証明していたいから。
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