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祭礼の鐘が鳴り響く王都レーヴェンシュタイン。
中央広場の祭壇には、白い衣を纏った少女が立っていた。
──リリー=シャルマン。
今日、彼女は“聖女”として戴冠する。
王太子エドモンドがその傍に立ち、祝辞を述べる姿は、まるで絵画のようだった。
人々は拍手を送り、神殿の高位神官たちは厳かに祈りを捧げる。
だが──その場にひとつ、空気の違う音が混じった。
「……失礼いたします。少しだけ、お時間をいただけますか?」
群衆がざわめいた。
整った衣装に身を包み、長い銀髪を風に靡かせて歩いてくるのは、一人の貴族令嬢。
エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。
あの日、断罪され、婚約を破棄された“悪役令嬢”。
王妃ユリアナの指が、わずかに震えた。
エドモンドは目を見開き、リリーは僅かに身体を後退らせた。
「……な、なぜ貴女が……」
「ご安心を。私は祭壇に触れるつもりも、名誉を汚すつもりもありません。ただ──一冊の記録を、この場で開示するだけです」
私の手にあるのは、あの帳面。
神殿の内部記録。聖女候補の選定過程が書かれた“本物”の帳簿。
「これは、神殿の職員が記録していた“聖女候補名簿”の写しです。そこには、リリー=シャルマン嬢の出生、修業、信仰歴、いずれも記されていませんでした。
あるのはただ一行──“王妃の推薦により記録免除”。それだけです」
民衆のどよめきが、広場に渦を巻いた。
「神に選ばれた聖女に、なぜ記録がないのでしょう。
奇跡の儀式に使われた香料は、燃焼性の高い“銀香草”。神聖な場で使われぬはずのもの。──これも、記録に残っています」
「……証拠があるとでも……っ」
ユリアナが声を張ったが、私は静かに頷いた。
「神殿から左遷された高位神官、フェルナン=ド=ボネール神官の署名と証言が添えられています」
そして、私は帳面を神官たちの前へと差し出す。
「これは、誰かを貶めるためのものではありません。
これは“神を信じる人々の信仰”が、演出や策略に汚されぬための、ただの確認です」
その言葉に、一人の修道士が前に出た。
彼は震える手で帳面を受け取ると、その場で膝をつき、読みはじめた。
──空気が、変わった。
信仰を疑うのではない。
“信じる価値が、本当にそこにあるか”を、皆が見つめ直し始めた瞬間だった。
エドモンドは、言葉を失っていた。
その隣で、リリーは顔を伏せていた。
そして私は、静かに口を閉じ、群衆に一礼する。
──私は何も奪わない。ただ、知ってほしかっただけ。
“正義の名のもとに踏みにじられたもの”の重さを。
そして、静かに立ち続けた者の強さを。
戴冠式は──中断された。
中央広場の祭壇には、白い衣を纏った少女が立っていた。
──リリー=シャルマン。
今日、彼女は“聖女”として戴冠する。
王太子エドモンドがその傍に立ち、祝辞を述べる姿は、まるで絵画のようだった。
人々は拍手を送り、神殿の高位神官たちは厳かに祈りを捧げる。
だが──その場にひとつ、空気の違う音が混じった。
「……失礼いたします。少しだけ、お時間をいただけますか?」
群衆がざわめいた。
整った衣装に身を包み、長い銀髪を風に靡かせて歩いてくるのは、一人の貴族令嬢。
エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。
あの日、断罪され、婚約を破棄された“悪役令嬢”。
王妃ユリアナの指が、わずかに震えた。
エドモンドは目を見開き、リリーは僅かに身体を後退らせた。
「……な、なぜ貴女が……」
「ご安心を。私は祭壇に触れるつもりも、名誉を汚すつもりもありません。ただ──一冊の記録を、この場で開示するだけです」
私の手にあるのは、あの帳面。
神殿の内部記録。聖女候補の選定過程が書かれた“本物”の帳簿。
「これは、神殿の職員が記録していた“聖女候補名簿”の写しです。そこには、リリー=シャルマン嬢の出生、修業、信仰歴、いずれも記されていませんでした。
あるのはただ一行──“王妃の推薦により記録免除”。それだけです」
民衆のどよめきが、広場に渦を巻いた。
「神に選ばれた聖女に、なぜ記録がないのでしょう。
奇跡の儀式に使われた香料は、燃焼性の高い“銀香草”。神聖な場で使われぬはずのもの。──これも、記録に残っています」
「……証拠があるとでも……っ」
ユリアナが声を張ったが、私は静かに頷いた。
「神殿から左遷された高位神官、フェルナン=ド=ボネール神官の署名と証言が添えられています」
そして、私は帳面を神官たちの前へと差し出す。
「これは、誰かを貶めるためのものではありません。
これは“神を信じる人々の信仰”が、演出や策略に汚されぬための、ただの確認です」
その言葉に、一人の修道士が前に出た。
彼は震える手で帳面を受け取ると、その場で膝をつき、読みはじめた。
──空気が、変わった。
信仰を疑うのではない。
“信じる価値が、本当にそこにあるか”を、皆が見つめ直し始めた瞬間だった。
エドモンドは、言葉を失っていた。
その隣で、リリーは顔を伏せていた。
そして私は、静かに口を閉じ、群衆に一礼する。
──私は何も奪わない。ただ、知ってほしかっただけ。
“正義の名のもとに踏みにじられたもの”の重さを。
そして、静かに立ち続けた者の強さを。
戴冠式は──中断された。
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