「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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神殿前広場に、鐘の音が鳴り響いた。

青天のもと、集った民衆の数は三千を超えていたという。  
王家からは王妃ユリアナ、王太子エドモンド、そしてカミル王子が列席し、神殿は銀白の祭壇を設えていた。

舞台の中心には、聖女リリーの姿。

──けれど今日、その横にもう一人の影が現れる。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。  
この場をお借りして、一つだけ“祈り”の形について語らせていただければと思います」

エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。

その名を民衆が思い出すのに、時間はかからなかった。  
“あの日、断罪された高慢な令嬢”。  
けれど今ここに立つ彼女は、まるで別人のようだった。

銀のドレス。露を思わせる透明なヴェール。  
その姿は、まるで“語り部”であり、“証人”であり、そして──“祈りの器”だった。

「かつて私は、王太子殿下の婚約者でした。  
ですが、ある日“高慢で嫉妬深い悪役”として断罪され、すべてを失いました」

ざわめきが走る。

「その裁きの根拠は、“聖女候補リリー嬢の奇跡”と“神の声”。  
ですが、奇跡に用いられた香料は本来禁じられた“銀香草”。  
そして、神殿の帳面に、彼女の記録は存在しなかった」

空気が一瞬止まる。

「私は問います。──皆さまは、“信仰”という言葉を、どこに宿しておられるのでしょうか?」

沈黙。

「神ではなく、人の都合によって奇跡が演出され、  
真実よりも都合の良い物語が優先される世界。  
それでも、信仰は“純粋”であると、言い切れますか?」

彼女の声は震えていなかった。  
断罪された過去も、涙も、すべてが今この言葉のために存在していた。

「私は、誰かを罪に問うためにここに立っているのではありません。  
ただ、“声を持たぬ者たち”が、自分自身で考えるきっかけを得られるように──“語る”ためにここにいます」

その時だった。

最前列でじっと彼女を見つめていたカミル王子が、静かに立ち上がった。

「兄上。王妃様。……そして神殿代表の皆様。  
この方の言葉に耳を傾けない王家が、“正義”を語る資格などあるでしょうか?」

少年の声は、真っすぐだった。

民が一斉に振り返る。  
そしてその場にいた高位神官の一人が──黙って頭を垂れた。

やがて、拍手が起こる。

それは劇的ではなく、まばらで、ゆっくりとしたものだった。  
だが確実に、誰かの心に届いた音だった。

──誰かを糾弾するのではなく、  
──ただ、“知ってほしい”という祈りだけを携えて、  
令嬢は、悪役の面を脱ぎ捨てた。

真実は、静かに、しかし確かに世界を変えていく。

そしてその日。  
聖女リリーの戴冠は、正式に──“無期限延期”となった。
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