「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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その夜、ヴァイセローゼ邸の門前に、一台の馬車が止まった。

「王子──? どちらの……?」

衛兵が緊張した声をあげる間もなく、ユリアが慌てて奥へと駆け込んできた。

「お嬢様、客人が……その、お忍びで……」

私は頷き、玄関ホールへと出る。

そこに立っていたのは、整った軍装に身を包んだ少年。  
年若く、だが目には確かな光を宿している。

「お久しぶりですね、エヴァリーナ様。……突然の訪問をお許しください」

「カミル殿下」

弟王子、カミル=クラウゼヴィッツ。  
十四歳とは思えぬ思慮深さと、周囲を見渡す観察眼を持つ若者。  
私は礼をとったあと、彼を応接室へと案内した。

「明日の祈祷式、あなたが動くと聞きました。兄上も、母上も、今さらながらに警戒を強めているようです」

「……それを止めに来たのですか?」

「いいえ。──支えるためです」

その言葉に、一瞬、空気が変わった。

「私は、兄の“正しさ”にずっと疑問を抱いていました。  
誰かの言葉を借りてしか語れない正義に、いつか限界が来ると知っていた」

カミルは、椅子に浅く腰をかけて続けた。

「リリー嬢の奇跡には、いくつも“歪み”があります。それを見て見ぬふりをするのが王家の在り方だというのなら、私はそれに従うつもりはありません」

私は黙って聞いていた。  
十四歳の少年が、それほどの覚悟でここまで来たことの重みを、言葉にするのがためらわれた。

「……ありがとう。あなたの存在は、明日、私が言葉を発するときの“背中”になります」

「信じています。エヴァリーナ様。貴女が語るのは、“争い”ではなく、“誠実”であると」

私は微笑んだ。

「それでも、“誠実さ”は時に敵を生みます。明日、もし私が孤立しても……あなたは背を向けませんか?」

「しません。私が初めて尊敬できた“大人”ですから」

その一言に、胸の奥がわずかに震えた。

少年が私を“大人”と呼んだこと。  
それは私が誰かにとって、“信じるに足る存在”であれるという証。

「……では、舞台でお会いしましょう、カミル殿下」

「はい。観客席の最前列におります。どうか、私の時代に“真実を語る人間”がいたことを、証明してください」

彼は立ち上がり、軽く一礼して去っていった。

──あの夜の会話は、誰にも知られることのないまま。  
けれど私にとっては、確かな支えとなった。

明日、私は“声を持つ悪役令嬢”として──最後の幕に立つ。
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