14 / 50
14
しおりを挟む
その夜、ヴァイセローゼ邸の門前に、一台の馬車が止まった。
「王子──? どちらの……?」
衛兵が緊張した声をあげる間もなく、ユリアが慌てて奥へと駆け込んできた。
「お嬢様、客人が……その、お忍びで……」
私は頷き、玄関ホールへと出る。
そこに立っていたのは、整った軍装に身を包んだ少年。
年若く、だが目には確かな光を宿している。
「お久しぶりですね、エヴァリーナ様。……突然の訪問をお許しください」
「カミル殿下」
弟王子、カミル=クラウゼヴィッツ。
十四歳とは思えぬ思慮深さと、周囲を見渡す観察眼を持つ若者。
私は礼をとったあと、彼を応接室へと案内した。
「明日の祈祷式、あなたが動くと聞きました。兄上も、母上も、今さらながらに警戒を強めているようです」
「……それを止めに来たのですか?」
「いいえ。──支えるためです」
その言葉に、一瞬、空気が変わった。
「私は、兄の“正しさ”にずっと疑問を抱いていました。
誰かの言葉を借りてしか語れない正義に、いつか限界が来ると知っていた」
カミルは、椅子に浅く腰をかけて続けた。
「リリー嬢の奇跡には、いくつも“歪み”があります。それを見て見ぬふりをするのが王家の在り方だというのなら、私はそれに従うつもりはありません」
私は黙って聞いていた。
十四歳の少年が、それほどの覚悟でここまで来たことの重みを、言葉にするのがためらわれた。
「……ありがとう。あなたの存在は、明日、私が言葉を発するときの“背中”になります」
「信じています。エヴァリーナ様。貴女が語るのは、“争い”ではなく、“誠実”であると」
私は微笑んだ。
「それでも、“誠実さ”は時に敵を生みます。明日、もし私が孤立しても……あなたは背を向けませんか?」
「しません。私が初めて尊敬できた“大人”ですから」
その一言に、胸の奥がわずかに震えた。
少年が私を“大人”と呼んだこと。
それは私が誰かにとって、“信じるに足る存在”であれるという証。
「……では、舞台でお会いしましょう、カミル殿下」
「はい。観客席の最前列におります。どうか、私の時代に“真実を語る人間”がいたことを、証明してください」
彼は立ち上がり、軽く一礼して去っていった。
──あの夜の会話は、誰にも知られることのないまま。
けれど私にとっては、確かな支えとなった。
明日、私は“声を持つ悪役令嬢”として──最後の幕に立つ。
「王子──? どちらの……?」
衛兵が緊張した声をあげる間もなく、ユリアが慌てて奥へと駆け込んできた。
「お嬢様、客人が……その、お忍びで……」
私は頷き、玄関ホールへと出る。
そこに立っていたのは、整った軍装に身を包んだ少年。
年若く、だが目には確かな光を宿している。
「お久しぶりですね、エヴァリーナ様。……突然の訪問をお許しください」
「カミル殿下」
弟王子、カミル=クラウゼヴィッツ。
十四歳とは思えぬ思慮深さと、周囲を見渡す観察眼を持つ若者。
私は礼をとったあと、彼を応接室へと案内した。
「明日の祈祷式、あなたが動くと聞きました。兄上も、母上も、今さらながらに警戒を強めているようです」
「……それを止めに来たのですか?」
「いいえ。──支えるためです」
その言葉に、一瞬、空気が変わった。
「私は、兄の“正しさ”にずっと疑問を抱いていました。
誰かの言葉を借りてしか語れない正義に、いつか限界が来ると知っていた」
カミルは、椅子に浅く腰をかけて続けた。
「リリー嬢の奇跡には、いくつも“歪み”があります。それを見て見ぬふりをするのが王家の在り方だというのなら、私はそれに従うつもりはありません」
私は黙って聞いていた。
十四歳の少年が、それほどの覚悟でここまで来たことの重みを、言葉にするのがためらわれた。
「……ありがとう。あなたの存在は、明日、私が言葉を発するときの“背中”になります」
「信じています。エヴァリーナ様。貴女が語るのは、“争い”ではなく、“誠実”であると」
私は微笑んだ。
「それでも、“誠実さ”は時に敵を生みます。明日、もし私が孤立しても……あなたは背を向けませんか?」
「しません。私が初めて尊敬できた“大人”ですから」
その一言に、胸の奥がわずかに震えた。
少年が私を“大人”と呼んだこと。
それは私が誰かにとって、“信じるに足る存在”であれるという証。
「……では、舞台でお会いしましょう、カミル殿下」
「はい。観客席の最前列におります。どうか、私の時代に“真実を語る人間”がいたことを、証明してください」
彼は立ち上がり、軽く一礼して去っていった。
──あの夜の会話は、誰にも知られることのないまま。
けれど私にとっては、確かな支えとなった。
明日、私は“声を持つ悪役令嬢”として──最後の幕に立つ。
10
あなたにおすすめの小説
一体何のことですか?【意外なオチシリーズ第1弾】
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【あの……身に覚えが無いのですけど】
私は由緒正しい伯爵家の娘で、学園内ではクールビューティーと呼ばれている。基本的に群れるのは嫌いで、1人の時間をこよなく愛している。ある日、私は見慣れない女子生徒に「彼に手を出さないで!」と言いがかりをつけられる。その話、全く身に覚えが無いのですけど……?
*短編です。あっさり終わります
*他サイトでも投稿中
【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う
黒塔真実
恋愛
【番外編更新に向けて再編集中~内容は変わっておりません】禁断の恋に身を焦がし、来世で結ばれようと固く誓い合って二人で身投げした。そうして今生でもめぐり会い、せっかく婚約者同士になれたのに、国の内乱で英雄となった彼は、彼女を捨てて王女と王位を選んだ。
最愛の婚約者である公爵デリアンに婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢アレイシアは、裏切られた前世からの恋の復讐のために剣を取る――今一人の女の壮大な復讐劇が始まる!!
※なろうと重複投稿です。★番外編「東へと続く道」「横取りされた花嫁」の二本を追加予定★
婚約破棄令嬢、不敵に笑いながら敬愛する伯爵の元へ
あめり
恋愛
侯爵令嬢のアイリーンは国外追放の罰を受けた。しかしそれは、周到な準備をしていた彼女の計画だった。乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった、早乙女 千里は自らの破滅を回避する為に、自分の育った親元を離れる必要があったのだ。
「よし、これで準備は万端ね。敬愛する伯爵様の元へ行きましょ」
彼女は隣国の慈悲深い伯爵、アルガスの元へと意気揚々と向かった。自らの幸せを手にする為に。
【完結】悪役令嬢なので婚約回避したつもりが何故か私との婚約をお望みたいです
22時完結
恋愛
悪役令嬢として転生した主人公は、王太子との婚約を回避するため、幼少期から距離を置こうと決意。しかし、王太子はなぜか彼女に強引に迫り、逃げても追いかけてくる。絶対に婚約しないと誓う彼女だが、王太子が他の女性と結婚しないと宣言し、ますます追い詰められていく。だが、彼女が新たに心を寄せる相手が現れると、王太子は嫉妬し始め、その関係はさらに複雑化する。果たして、彼女は運命を変え、真実の愛を手に入れることができるのか?
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ
春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!?
この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて…
しかも婚約を破棄されて毒殺?
わたくし、そんな未来はご免ですわ!
取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。
__________
※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。
読んでくださった皆様のお陰です!
本当にありがとうございました。
※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。
とても励みになっています!
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました
もぐすけ
恋愛
公爵家の令嬢ルイーゼ・アードレーは皇太子の婚約者だったが、「逃がし屋」を名乗る組織に拉致され、王宮から連れ去られてしまう。「逃がし屋」から皇太子の女癖の悪さを聞かされたルイーゼは、皇太子に愛想を尽かし、そのまま逃亡生活を始める。
「逃がし屋」は単にルイーゼを逃すだけではなく、社会復帰も支援するフルサービスぶり。ルイーゼはまずは酒場の娘から始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる