「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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「──殿下が、こちらへお越しになると?」

侍女ユリアの報せに、私は一瞬だけ瞼を閉じた。  
それは驚きではなく、既に予想していた“遅すぎた訪問”だったから。

邸の応接室に通された彼は、礼装でもなく、王族らしい威圧も纏ってはいなかった。

「……久しいな、エヴァリーナ」

「“久しい”ではなく、“ようやく”が正しいと思いますわ、殿下」

皮肉でも怒りでもない。  
ただ、真実を突きつけるように。

エドモンドは、俯いたまま少しだけ唇を噛んだ。

「祈祷式……君の言葉を聞いていた。  
あの時、群衆の誰よりも、僕が一番──打ちのめされていたのかもしれない」

「それは、“罪悪感”ですか? それとも“自分の正義が通じなかったこと”への困惑?」

私の問いに、彼は答えなかった。  
代わりに、机の上に一通の書簡を差し出した。

「これは、僕の署名入りの文書だ。  
リリーの戴冠取り消し、神殿との関係再検討、そして──君への名誉回復を正式に求めるものだ」

「それは、あなたが“過去を清算した”という証でしょうか?」

「……いや、僕はまだ、清算できるほど大人ではない。  
でも、あの頃の僕が何も見えていなかったことは、ようやく理解した」

やっと目を上げた彼の眼差しには、かつての“理想の光”ではなく、  
“傷ついた現実”の影が浮かんでいた。

「君は、僕にとって……本当に、手放すべき存在ではなかった」

その言葉に、私はゆっくりと立ち上がり、彼の前へと歩み寄る。

「……殿下。私は、あなたに愛されることを願っていた時期もありました。  
けれど、今の私は、“誰にも選ばれない強さ”を手に入れたのです」

「……それでも、もう一度だけ……」

「いいえ」

私はその言葉を、はっきりと遮った。

「あなたが手を差し伸べるのは、私ではなく、“次の誰か”です。  
そして、その時には、どうか“その人の声”を、聞き逃さないで」

沈黙が、部屋を満たす。

エドモンドは、何かを言いかけたが、それを飲み込んだ。  
やがて立ち上がり、深く一礼する。

「……ありがとう。君が僕の過ちに、名前を与えてくれたことに」

「さようなら、殿下。私はもう、あなたの物語には登場しません」

彼の足音が遠ざかっていく。

扉が閉まった瞬間、私は胸に残っていたものが、ようやく静かに溶けていくのを感じた。

──許しではなく、断ち切るという選択。  
それは私にとって、“未来を選ぶための最後の答え”だった。
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