「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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王都神殿本庁、中央会議室。

円卓の内側には神殿の高位神官たち、外縁には王宮からの観察官、貴族代表、そして民間の教育・医療施設の責任者たちが並んでいた。

フェルナン=ド=ボネールの入室が告げられると、場に一瞬、緊張が走る。

白衣の法衣に身を包みながらも、その佇まいには誇張がなかった。  
彼は静かに一礼し、決して過去を詫びるでもなく、威圧するでもなく、ただその場に“立った”。

「本日は、“信仰再定義会議”への招請に感謝いたします。  
私は辺境の小さな学び舎にて、今もなお“信じたい者たち”の声に触れています」

議長が促すように頷いた。

「フェルナン神官、神殿制度へのご意見を」

フェルナンはゆっくりと、円卓を見渡した。

「私は制度に“否”を唱える者ではありません。  
制度とは、誰かを守るために必要な“枠”であると理解しています。  
けれど、その枠が“内から腐る”のを見て見ぬふりはできません」

一部の守旧派がざわめいた。

「私は問いたいのです。“奇跡”とは何か。“神の声”とは何か。“聖女”とは誰なのか。  
それらを定義することは、私たちが“信じるという行為”そのものをどう支えるか、という問いに他なりません」

「では、貴殿は“聖女を制度ではなく、信任で選ぶべきだ”と?」

年配の神官が食い気味に尋ねる。

「いいえ。そうは言っていません。  
ただ、“選ばれる側”の記録と、思想と、日々の祈りを“見えるようにする仕組み”が必要だと申し上げているのです」

言葉を荒げるでもなく、微笑むでもなく。  
彼の語りは、あまりにも“自然”だった。

「この場には、王家の名を持つ者も、制度を作る者も、信徒を導く者もいる。  
けれど忘れないでいただきたい。  
“信じる”という行為は、それぞれの胸の内にしか宿らないことを」

発言を終えたフェルナンが一礼すると、議場には沈黙が訪れた。

やがて、若い神官のひとりが、ぽつりと呟くように言った。

「……では、フェルナン神官。  
“信仰とは何か”を、たった一言で表すとしたら?」

その問いに、彼はわずかに笑った。

「“見えないものを、信じたまま育て続けること”。  
それが私の考える、祈りの形です」

会議室の片隅、王宮の観察席に控えていた書記官が、その言葉を記録していた。

クラウス=レイネルト。  
以前、《アウストリアの灯》を訪れた、王妃の密偵。

彼は筆を止めず、ただ低く呟いた。

「……これでは“否定”できない。  
あの女の言葉も、この男の祈りも、どちらも“沈黙より雄弁”だ」

その報告はすぐに王妃ユリアナのもとへ届けられた。

書簡を読んだ王妃は、静かに笑った。

「やはり彼女は“語る者”を育てたのね。  
私が育てた者たちが、沈黙に従っていた間に、あの子は“言葉の火種”を渡していたわけだ」

窓の外、陽が落ちかけていた。

これから先、“信仰”という形なきものが、  
言葉と問いによって、どれだけ変わっていくのか。

ユリアナは初めて、少しだけ愉しそうな顔をしていた。
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