「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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「──見つけたら、静かに連れ戻せ。表沙汰にはするな」

神殿本庁、書記室の奥。  
上層幹部の命令書には、厳重な封と“封緘保持のまま破棄せよ”との注記がつけられていた。

命令の対象──“第二の聖女候補”クラウディア=ノルディス。  
表向きは修道の志望者、だが実際には“聖女制度再建案”の中核に据えられる予定だった少女。

失踪の報は神殿内でも一部の上層しか知らされず、  
王家にも正式な報告はなされていなかった。

だがその裏で、カミル王子の元には、密かに一通の報せが届いていた。

──“クラウディア、エヴァリーナのもとにあり。表沙汰にすれば、神殿の暴走が露呈する”

「……また、彼女か」

王子は呟いた。

“王都から見捨てられた地”に、“見捨てられた子ども”たちが集まっている。

それは偶然ではない。  
誰も守らなかった声を、彼女だけが拾い続けてきた結果だ。

「これは、黙っていれば終わる問題ではない」

カミルは筆を執った。

《学び舎《アウストリアの灯》における保護対象に関し、王家監査官の臨時派遣を要請する。  
目的は“本人の意思確認”および、“制度的逸脱の有無”の調査に留めること》

それは、王妃ユリアナの意を受けた“力の奪還”ではない。  
エヴァリーナの意思を信じたうえでの、“火種を広げないための火消し”だった。

その書状が届けられたのは、学び舎の朝の準備が始まった頃。

ユリアが驚きに目を見開いた。

「王子ご本人の名で……監査官派遣の要請です。  
ただし、“調査は最小限に留め、本人の意思を尊重すること”と明記されています」

私は少しだけ目を伏せた。

「王子なりの、“私たちを守るための形”なのね」

「ええ。強制ではなく、“見守るための監査”という形式で、神殿側に圧をかけたのでしょう」

その時、戸口の陰でクラウディアが不安げにこちらを見ていた。

「わたし……連れて行かれるの?」

「いいえ」

私は首を横に振った。

「あなたが、戻りたいと言わない限り、誰にも“戻させない”。  
これは、私ではなく、王子が示した“あなたの自由”よ」

クラウディアの瞳に、また少しだけ光が戻った。

「──それなら、大丈夫。ここにいるって、自分で決める」

私は微笑んだ。

その言葉は、もう“逃げてきた少女”のものではなかった。

そして私は知っていた。

これからまた、学び舎には新たな風が吹き始める。

それは、誰かの声を奪う風ではなく、  
“自分の声で、自分の名を名乗るため”の風だった。
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