「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

文字の大きさ
33 / 50

33

しおりを挟む
「──“名を与えるのではなく、名を選ばせる”。それが教育だと?」

神殿議会の席上、ある老神官が机を叩いた。

その手元には、王家監査官の報告書写しと共に、クラウディアが残した言葉が記されていた。

《私は“誰かに選ばれる役”じゃなくて、“自分の声で選ぶ人”になりたいです。》

「神殿の権威が、“幼子の言葉”によって揺らぐとは……。  
だがそれを認めれば、我々が与えてきた“聖なる名”の意味が失われる」

議場に沈黙が落ちる中、静かに口を開いたのは──フェルナン神官だった。

「……むしろ、いままでは“名前を与える”ことに酔っていたのではないでしょうか」

その一言に、場の空気が凍りついた。

「我々は、“神の名を預かる”ことで、自らを特別だと錯覚してきた。  
けれど、“名”とは本来、誰かが選び、受け取り、育てていくものです」

「フェルナン神官、あなたは今、“聖女制度そのものの正当性”を否定したと受け取ってよろしいのか」

「否定はしていません。ですが“名を与えた責任”を問われるのであれば、我々はその名にふさわしい生き方を支えてきたのか──  
それを問う権利が、子どもたちにあることを忘れるべきではないと申しているのです」

若手神官の数人が、小さく頷いた。  
改革派とされる彼らは、次第にフェルナンの存在を“象徴”として見始めていた。

議長が口を開く。

「──よって、次会期において、聖女制度再検討会議を正式に発足。  
フェルナン神官には、制度顧問としての任命を要請する」

騒然とする場内。

だがその渦中で、フェルナンの顔に浮かんだのは──迷いではなく、静かな決意だった。

一方その頃、《アウストリアの灯》。

クラウディアが、書写の授業中ふと漏らした言葉に、ユリアが耳を止めた。

「ねえ、クラウディア。さっき書いてた“言葉”──それは何?」

「……“名前”って、“家”がくれるんじゃないんだよね。  
わたし、自分の声で呼べる名前を、自分で作ってもいいって知ったから。  
だからね、“クラウディア”って、もう一度自分で選んだの」

その瞬間、ユリアの胸にかつての主人の面影が蘇った。

──断罪された令嬢が、自らの名で歩み出す日。

あの日と同じ光が、今、少女の背中に差していた。

私は報告書を読みながら、そっと呟いた。

「時代は、変わり始めている。  
声を奪われた者たちが、“名を名乗る”ことで、世界が少しずつ形を変えていく」

それはまだ、“制度改革”などという大げさなものではなかった。

ただ確かに、“声”が形になりはじめていた。  
それだけで、私たちはもう一歩進めると信じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一体何のことですか?【意外なオチシリーズ第1弾】

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【あの……身に覚えが無いのですけど】 私は由緒正しい伯爵家の娘で、学園内ではクールビューティーと呼ばれている。基本的に群れるのは嫌いで、1人の時間をこよなく愛している。ある日、私は見慣れない女子生徒に「彼に手を出さないで!」と言いがかりをつけられる。その話、全く身に覚えが無いのですけど……? *短編です。あっさり終わります *他サイトでも投稿中

【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実
恋愛
【番外編更新に向けて再編集中~内容は変わっておりません】禁断の恋に身を焦がし、来世で結ばれようと固く誓い合って二人で身投げした。そうして今生でもめぐり会い、せっかく婚約者同士になれたのに、国の内乱で英雄となった彼は、彼女を捨てて王女と王位を選んだ。 最愛の婚約者である公爵デリアンに婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢アレイシアは、裏切られた前世からの恋の復讐のために剣を取る――今一人の女の壮大な復讐劇が始まる!! ※なろうと重複投稿です。★番外編「東へと続く道」「横取りされた花嫁」の二本を追加予定★

婚約破棄令嬢、不敵に笑いながら敬愛する伯爵の元へ

あめり
恋愛
 侯爵令嬢のアイリーンは国外追放の罰を受けた。しかしそれは、周到な準備をしていた彼女の計画だった。乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった、早乙女 千里は自らの破滅を回避する為に、自分の育った親元を離れる必要があったのだ。 「よし、これで準備は万端ね。敬愛する伯爵様の元へ行きましょ」  彼女は隣国の慈悲深い伯爵、アルガスの元へと意気揚々と向かった。自らの幸せを手にする為に。

【完結】悪役令嬢なので婚約回避したつもりが何故か私との婚約をお望みたいです

22時完結
恋愛
悪役令嬢として転生した主人公は、王太子との婚約を回避するため、幼少期から距離を置こうと決意。しかし、王太子はなぜか彼女に強引に迫り、逃げても追いかけてくる。絶対に婚約しないと誓う彼女だが、王太子が他の女性と結婚しないと宣言し、ますます追い詰められていく。だが、彼女が新たに心を寄せる相手が現れると、王太子は嫉妬し始め、その関係はさらに複雑化する。果たして、彼女は運命を変え、真実の愛を手に入れることができるのか?

〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ

春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。 エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!? この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて… しかも婚約を破棄されて毒殺? わたくし、そんな未来はご免ですわ! 取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。 __________ ※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。 読んでくださった皆様のお陰です! 本当にありがとうございました。 ※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。 とても励みになっています! ※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ
恋愛
公爵家の令嬢ルイーゼ・アードレーは皇太子の婚約者だったが、「逃がし屋」を名乗る組織に拉致され、王宮から連れ去られてしまう。「逃がし屋」から皇太子の女癖の悪さを聞かされたルイーゼは、皇太子に愛想を尽かし、そのまま逃亡生活を始める。 「逃がし屋」は単にルイーゼを逃すだけではなく、社会復帰も支援するフルサービスぶり。ルイーゼはまずは酒場の娘から始めた。

悪役令嬢を追い込んだ王太子殿下こそが黒幕だったと知った私は、ざまぁすることにいたしました!

奏音 美都
恋愛
私、フローラは、王太子殿下からご婚約のお申し込みをいただきました。憧れていた王太子殿下からの求愛はとても嬉しかったのですが、気がかりは婚約者であるダリア様のことでした。そこで私は、ダリア様と婚約破棄してからでしたら、ご婚約をお受けいたしますと王太子殿下にお答えしたのでした。 その1ヶ月後、ダリア様とお父上のクノーリ宰相殿が法廷で糾弾され、断罪されることなど知らずに……

処理中です...