「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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「──“名を与えるのではなく、名を選ばせる”。それが教育だと?」

神殿議会の席上、ある老神官が机を叩いた。

その手元には、王家監査官の報告書写しと共に、クラウディアが残した言葉が記されていた。

《私は“誰かに選ばれる役”じゃなくて、“自分の声で選ぶ人”になりたいです。》

「神殿の権威が、“幼子の言葉”によって揺らぐとは……。  
だがそれを認めれば、我々が与えてきた“聖なる名”の意味が失われる」

議場に沈黙が落ちる中、静かに口を開いたのは──フェルナン神官だった。

「……むしろ、いままでは“名前を与える”ことに酔っていたのではないでしょうか」

その一言に、場の空気が凍りついた。

「我々は、“神の名を預かる”ことで、自らを特別だと錯覚してきた。  
けれど、“名”とは本来、誰かが選び、受け取り、育てていくものです」

「フェルナン神官、あなたは今、“聖女制度そのものの正当性”を否定したと受け取ってよろしいのか」

「否定はしていません。ですが“名を与えた責任”を問われるのであれば、我々はその名にふさわしい生き方を支えてきたのか──  
それを問う権利が、子どもたちにあることを忘れるべきではないと申しているのです」

若手神官の数人が、小さく頷いた。  
改革派とされる彼らは、次第にフェルナンの存在を“象徴”として見始めていた。

議長が口を開く。

「──よって、次会期において、聖女制度再検討会議を正式に発足。  
フェルナン神官には、制度顧問としての任命を要請する」

騒然とする場内。

だがその渦中で、フェルナンの顔に浮かんだのは──迷いではなく、静かな決意だった。

一方その頃、《アウストリアの灯》。

クラウディアが、書写の授業中ふと漏らした言葉に、ユリアが耳を止めた。

「ねえ、クラウディア。さっき書いてた“言葉”──それは何?」

「……“名前”って、“家”がくれるんじゃないんだよね。  
わたし、自分の声で呼べる名前を、自分で作ってもいいって知ったから。  
だからね、“クラウディア”って、もう一度自分で選んだの」

その瞬間、ユリアの胸にかつての主人の面影が蘇った。

──断罪された令嬢が、自らの名で歩み出す日。

あの日と同じ光が、今、少女の背中に差していた。

私は報告書を読みながら、そっと呟いた。

「時代は、変わり始めている。  
声を奪われた者たちが、“名を名乗る”ことで、世界が少しずつ形を変えていく」

それはまだ、“制度改革”などという大げさなものではなかった。

ただ確かに、“声”が形になりはじめていた。  
それだけで、私たちはもう一歩進めると信じていた。
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