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神殿前広場。
朝の鐘が三度、澄んだ音を打ったとき──
円形に設えられた白石の壇上に、人々の視線が集中していた。
集まったのは、王都の民、貴族の使者、地方の神官、商人、職人、そして…ただ静かにそこにいる子どもたちまで。
壇上には三人。
神殿制度の象徴として選ばれた聖女擁立派の高官、
若き神官・ヨアヒム=トラヴァース、
そして──名を奪われた過去を持ち、“名を選び直した者たち”の声を届ける語り手、
エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。
「これより、“聖女制度の再定義”を問う公開討論を開始します」
進行役が告げると、広場の周囲が静まる。
最初の発言者は、エヴァリーナ。
私はゆっくりと立ち、舞台の中央へと歩いた。
「はじめまして。あるいは……“忘れられた誰か”として記憶にある方もいらっしゃるかもしれません」
わずかなざわめき。
だが私は笑って続ける。
「私は、かつてこの場所で断罪されました。“嫉妬深い令嬢”“王太子妃にふさわしくない者”として。
けれど今、こうして再びこの壇上に立っているのは──“選ばれなかった者”たちの声を届けるためです」
聴衆の中に、一筋、風が吹いたような気配があった。
「“聖女”とは何か。
奇跡を起こす者? 神の声を聞く者? それとも……制度が望んだ“象徴”でしょうか」
私は、会場の全方向をゆっくりと見渡した。
「けれど、私のもとに集まってきた子どもたちは、こう言います。
“わたしには神の声は聞こえなかった。けれど、隣の人の泣き声なら、聞こえた”と」
聖女擁立派の高官がわずかに顔を顰める。
それでも、私の声は止まらない。
「もし信仰が、“語られた奇跡”にしか宿らないのなら──
名もなく、祈ることすら知らなかった彼らの“優しさ”や“赦し”は、何になるのでしょう?」
私は、胸元に結んだ小さなラベンダーの飾りに触れた。
「“名を与える”制度があったのなら、
今、私たちには“名を選ばせる”勇気が必要なのです」
王都の空気が、少しずつ変わっていく。
怒号でも嘲笑でもない、“思考の沈黙”が広がっていく。
「聖女であるかどうかは、制度が決めるものではありません。
その人が、どれだけの“他者の痛み”に手を差し伸べたか──それだけが、聖性を宿す基準であるべきです」
私は言葉を置き、深く一礼した。
「……それが、断罪され、名を奪われた一人の令嬢が、
もう一度“名を選んで生き直した”者として、
ここに届ける答えです」
しばらくの沈黙。
そして──
一人の若者が、そっと拍手を打った。
その音が空を切り、やがて連鎖のように広がっていく。
拍手は徐々に、力強くなっていった。
それは喝采ではない。
“受け取った”という意思の音だった。
壇上に戻る私に、ヨアヒムが囁く。
「……今、制度が“初めて聞いた”気がします。あなたたちの声を」
私は小さく頷いた。
そう。
ここから先は、制度と信仰の未来が、誰のものでもない“語られる声”によって決まっていく。
そして──
私たちはその声を、決してもう、封じさせはしない。
朝の鐘が三度、澄んだ音を打ったとき──
円形に設えられた白石の壇上に、人々の視線が集中していた。
集まったのは、王都の民、貴族の使者、地方の神官、商人、職人、そして…ただ静かにそこにいる子どもたちまで。
壇上には三人。
神殿制度の象徴として選ばれた聖女擁立派の高官、
若き神官・ヨアヒム=トラヴァース、
そして──名を奪われた過去を持ち、“名を選び直した者たち”の声を届ける語り手、
エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。
「これより、“聖女制度の再定義”を問う公開討論を開始します」
進行役が告げると、広場の周囲が静まる。
最初の発言者は、エヴァリーナ。
私はゆっくりと立ち、舞台の中央へと歩いた。
「はじめまして。あるいは……“忘れられた誰か”として記憶にある方もいらっしゃるかもしれません」
わずかなざわめき。
だが私は笑って続ける。
「私は、かつてこの場所で断罪されました。“嫉妬深い令嬢”“王太子妃にふさわしくない者”として。
けれど今、こうして再びこの壇上に立っているのは──“選ばれなかった者”たちの声を届けるためです」
聴衆の中に、一筋、風が吹いたような気配があった。
「“聖女”とは何か。
奇跡を起こす者? 神の声を聞く者? それとも……制度が望んだ“象徴”でしょうか」
私は、会場の全方向をゆっくりと見渡した。
「けれど、私のもとに集まってきた子どもたちは、こう言います。
“わたしには神の声は聞こえなかった。けれど、隣の人の泣き声なら、聞こえた”と」
聖女擁立派の高官がわずかに顔を顰める。
それでも、私の声は止まらない。
「もし信仰が、“語られた奇跡”にしか宿らないのなら──
名もなく、祈ることすら知らなかった彼らの“優しさ”や“赦し”は、何になるのでしょう?」
私は、胸元に結んだ小さなラベンダーの飾りに触れた。
「“名を与える”制度があったのなら、
今、私たちには“名を選ばせる”勇気が必要なのです」
王都の空気が、少しずつ変わっていく。
怒号でも嘲笑でもない、“思考の沈黙”が広がっていく。
「聖女であるかどうかは、制度が決めるものではありません。
その人が、どれだけの“他者の痛み”に手を差し伸べたか──それだけが、聖性を宿す基準であるべきです」
私は言葉を置き、深く一礼した。
「……それが、断罪され、名を奪われた一人の令嬢が、
もう一度“名を選んで生き直した”者として、
ここに届ける答えです」
しばらくの沈黙。
そして──
一人の若者が、そっと拍手を打った。
その音が空を切り、やがて連鎖のように広がっていく。
拍手は徐々に、力強くなっていった。
それは喝采ではない。
“受け取った”という意思の音だった。
壇上に戻る私に、ヨアヒムが囁く。
「……今、制度が“初めて聞いた”気がします。あなたたちの声を」
私は小さく頷いた。
そう。
ここから先は、制度と信仰の未来が、誰のものでもない“語られる声”によって決まっていく。
そして──
私たちはその声を、決してもう、封じさせはしない。
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