「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

文字の大きさ
40 / 50

40

しおりを挟む
神殿前広場。  
朝の鐘が三度、澄んだ音を打ったとき──  
円形に設えられた白石の壇上に、人々の視線が集中していた。

集まったのは、王都の民、貴族の使者、地方の神官、商人、職人、そして…ただ静かにそこにいる子どもたちまで。

壇上には三人。

神殿制度の象徴として選ばれた聖女擁立派の高官、  
若き神官・ヨアヒム=トラヴァース、  
そして──名を奪われた過去を持ち、“名を選び直した者たち”の声を届ける語り手、  
エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。

「これより、“聖女制度の再定義”を問う公開討論を開始します」

進行役が告げると、広場の周囲が静まる。

最初の発言者は、エヴァリーナ。

私はゆっくりと立ち、舞台の中央へと歩いた。

「はじめまして。あるいは……“忘れられた誰か”として記憶にある方もいらっしゃるかもしれません」

わずかなざわめき。  
だが私は笑って続ける。

「私は、かつてこの場所で断罪されました。“嫉妬深い令嬢”“王太子妃にふさわしくない者”として。  
けれど今、こうして再びこの壇上に立っているのは──“選ばれなかった者”たちの声を届けるためです」

聴衆の中に、一筋、風が吹いたような気配があった。

「“聖女”とは何か。  
奇跡を起こす者? 神の声を聞く者? それとも……制度が望んだ“象徴”でしょうか」

私は、会場の全方向をゆっくりと見渡した。

「けれど、私のもとに集まってきた子どもたちは、こう言います。  
“わたしには神の声は聞こえなかった。けれど、隣の人の泣き声なら、聞こえた”と」

聖女擁立派の高官がわずかに顔を顰める。  
それでも、私の声は止まらない。

「もし信仰が、“語られた奇跡”にしか宿らないのなら──  
名もなく、祈ることすら知らなかった彼らの“優しさ”や“赦し”は、何になるのでしょう?」

私は、胸元に結んだ小さなラベンダーの飾りに触れた。

「“名を与える”制度があったのなら、  
今、私たちには“名を選ばせる”勇気が必要なのです」

王都の空気が、少しずつ変わっていく。

怒号でも嘲笑でもない、“思考の沈黙”が広がっていく。

「聖女であるかどうかは、制度が決めるものではありません。  
その人が、どれだけの“他者の痛み”に手を差し伸べたか──それだけが、聖性を宿す基準であるべきです」

私は言葉を置き、深く一礼した。

「……それが、断罪され、名を奪われた一人の令嬢が、  
もう一度“名を選んで生き直した”者として、  
ここに届ける答えです」

しばらくの沈黙。  
そして──

一人の若者が、そっと拍手を打った。

その音が空を切り、やがて連鎖のように広がっていく。  
拍手は徐々に、力強くなっていった。

それは喝采ではない。  
“受け取った”という意思の音だった。

壇上に戻る私に、ヨアヒムが囁く。

「……今、制度が“初めて聞いた”気がします。あなたたちの声を」

私は小さく頷いた。

そう。  
ここから先は、制度と信仰の未来が、誰のものでもない“語られる声”によって決まっていく。

そして──  
私たちはその声を、決してもう、封じさせはしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

処理中です...