「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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「──このまま王都に残って、制度改革に関わっていただけないでしょうか」

申し出たのは、王子カミルだった。

静かな応接室。  
彼の声は揺らぎなく、しかしどこか迷いを含んでいた。

「あなたの言葉は、王都の価値観を揺るがした。  
神官も貴族も、“語られなかった声”を無視できなくなった。  
だからこそ、制度を形にする場に、あなたのような“語れる人”が必要なんです」

私は少しだけ考えてから、静かに首を振った。

「……ありがとうございます。けれど、それは“私の仕事”ではありません」

「なぜですか?」

「私の言葉は、“壇上”で磨かれたものではない。  
“名を持たなかった子どもたち”と過ごす日々の中で、生まれたものです」

私は立ち上がり、窓の向こうに広がる王都の街を見た。

そこには、相変わらず整いすぎた建物と、規則正しく歩く人々の姿があった。

「この街は、まだ“誰かに見せる物語”を求めています。  
でも、私が育てたいのは、“誰にも見せなくていい人生”です」

カミルは何も言わなかった。  
ただ、少しだけ目を伏せて頷いた。

「……なら、どうかこれだけは伝えてください。  
“制度を壊した女”ではなく、“制度の隙間に火を灯した人”として、記憶されたいと願っていると」

「ええ。あなたの手で“物語”として残してくれるなら、私はそれで十分です」

翌朝、私は迎賓館を後にした。

再び馬車に乗り、あの王都の石門を抜ける。  
今度は断罪ではない。栄誉でもない。

ただ、“役目を終えて帰る者”として。

空には、澄んだ秋の陽が差していた。

──そして数日後、《アウストリアの灯》。

「おかえりなさい!」

門を開けるなり、子どもたちが駆け寄ってきた。

クラウディアが一歩前に出て、恥ずかしそうに言う。

「……えっと、その、ちゃんと“名乗って”帰ってくるって、信じてたよ」

私は微笑んだ。

「ありがとう。もう、“役”では呼ばれたくなかったから。  
ただの、エヴァリーナとして帰ってきたわ」

フェルナン神官が遠くから歩いてくる。

「王都はどうでした?」

「静かに、でも確実に揺れていたわ。  
けれど、変えるべき場所は“中央”だけじゃない。  
ここにいる人たちが、“自分の声で生きていい”と知り続けること──  
それが、私の続ける物語です」

その言葉に、ユリアが微かに笑った。

「おかえりなさい、エヴァリーナ様。  
ようやく、あなたがあなたの場所に戻ってきた気がします」

私はうなずいた。

王都では“語る者”だった私が、  
ここでは、ただ“耳を傾ける者”でいられる。

この居場所こそが、  
私がようやく手に入れた、“語られたあとに続く物語”。

そして私は、また新しい灯をともし始める。
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