ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 ノエルを守るように抱きしめてこちらを睨むレスターを置いて、その場から高笑いしつつ離れると、そっと近づいて来る人がいる。

「こんにちは、アレクシス様」
「やぁ、エルザさん。今日は声をかけてくれてありがとう」

 後半は耳元で囁くように言われ、美しい顔が至近距離まで迫る。眼福眼福。

「いいえ。タイミングもばっちりでしたわ。もう少し早ければ場所を移動すると言い出しかねませんから」
「ふふ。嬉しいな。ああ、もちろん貴方に会えるのも楽しみにしていたんだよ?」

 とろける極上の微笑みの破壊力には、ゲームをしていなければとうに陥落していただろう。
 乙女ゲームをしていて良かった。
 簡単に転ばないからこそ、この人は惜しみなく私に笑顔を振りまいてくれるのかもしれないけど。

 光栄ですと答えようとした私の腰が少々強引に引かれる。

「うちの10に何か用かな。ハートの」

 親しみの中に鋭さを混ぜてルーファスはアレクシス様に問う。用があるのは私にじゃないってのに。

「お話をしていただけだよ、ルーファス。久しぶりに会ったものだから」
「この間の茶会で会ったばかりでは? いつもいつも、うちの10を気遣ってもらって悪いな」

「いつもいつも」と「うちの」を強調して話すルーファスだが、アレクシス様の表情をきちんと見るべきだ。
 私と話していた時も当然、その微笑みは輝くばかりだったが、今ルーファスの前で見せるそれは比べ物にならない。

 瞳は潤み、胸は緩やかに、しかし大きく上下している。喜んでもらえてなによりだ。
 敬愛しているルーファスが絡んできてくれるからこそ、この人は私に話しかけてくれるのだ。
 いい加減気付いてあげてほしい。私はエビだ。

 レスターが病的な可愛い物好きならアレクシス様は病的なルーファス好きだ。
 心根が優しいアレクシス様は、キングとしての自分に自信が持てずに長年苦しんでいる苦労人だ。そんな彼には、年下なのに立派にキングとして立ち振る舞うルーファスが眩しいらしい。
 というのはもちろんゲームの知識だが、私は私の目的のためにルーファスを売り、稀にこうして示し合わせて会う機会を設けている。

 しかしルーファスときたら、アレクシス様に会った後の私に対して「あの顔にだまされるな」だの「冷静になれ」だの口うるさく言ってくるのだから、バカだなぁという感想しか持てない。
 おまけに「あいつ、お前と話している時、俺にちらちらと視線を送ってくるんだよ! お前に話しかけるのなんて俺への当てつけに決まってる!」と叫んでいた。違う。

 まるで閨で愛する人に睦言を語る麗人と戦場で敵に口上を述べる将のような二人からそっと離れて、私は私のお楽しみの時間を過ごそうと用意したバスケットに向かって足を進めた。
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