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第一章
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「こんにちは、ショーン。相変わらず甘いものが好きね」
人を避けるように離れたところで黙々とフルーツケーキを食べている青年に話しかけると、目だけがこちらに向けられた。
ハートのジャック、ショーンはノエルと同じ二十歳。墨を落としたような真っ黒な髪は肩のところで切られていて、いつも半分しか開かれていない眠たげな瞳も同じ黒。この世界では珍しいが、私には落ち着く色だ。
「……別に、甘いもの以外も食べるよ」
知ってますとも。でも甘いものが大好きなのよね。
「そうなの? なら、これはいらないかしら」
先ほどバスケットから回収した半月型のパイを差し出すと、ショーンはまじまじと見つめながら受け取ってくれた。
甘酸っぱさにバニラとシナモンの香りをまとったアップルパイだ。生地を畳む形で焼いて、手で持って食べられるようにしてある。
「キングと日程合わせてたよね。……わざわざ作ってきたの?」
「ええ、アップルパイが好きでしょう?」
ふぅんと言いながらもわずかに口角が上がるのを確認して、こちらも胸が温かくなる
ああ、耐えられるかしら。
「もらう。……ありがと」
わずかに頬を染め、ちらりと向けられた瞳に「どうぞ召し上がれ」という声が上ずった気がする。動悸がおさまらない。
サクリと一口かじり、珍しくも目一杯に瞼を開いて次々に食べ進める姿はなんだかハムスターみたいだ。気に入ってもらえたようでなにより。
そっとオレンジジュースを差し出すと、これまた嬉しそうに受け取ってくれる。
ああ、ここまで来るのに苦労したから達成感がある。
ショーンはノエルと違ってかなりの人見知りだ。ゲームの知識で白の国のケーキ屋に通っているのを知っていた私は、店を特定して通いつめ、今では同じテーブルに座っても許されるほど親しくなることが出来た。
言葉では嫌そうにされるが、それもまたいい。
「スペードの国に新しくできたパティスリーが美味しいって評判なの。今度一緒に行かない?」
「……行かない。遠いし」
「なら、ハートの国でショーンがオススメするお店に案内してくれるっていうのはどう?」
「それなら、いいけど」
「嬉しい! 楽しみね」
行かないといいつつスペードの国にも来てくれる人だけど、一度もハートの国に遊びに行っていないララを連れて行くのもいいかもしれない。ララとショーンのフラグが立つかもしれないし!
「そういえば、この間からうちにお客様が来ててね、ララっていう女の子なんだけど――」
「エルザ」
話の途中、不自然に名前を呼ばれて言葉を切ると、ショーンは取り出したケーキナイフで目の前のフルーツケーキを不慣れな手つきで分厚く切ると、もたつきながらそれをお皿に乗せてこちらに差し出した。
右手にぎゅうとフォークを握りしめてこちらも渡してくるが、決して目を合わせようとしない。
「……これ、あげる」
普段よりも更に小声でぶっきらぼうに言うショーンには首を傾げてしまうが、ケーキ大好きな彼がお裾分けしてくれるのは初めてだ。嬉しい。
「ありがとう。いただくわね。――んっ、これすごく美味しい!」
鼻を抜けるバターの香りと、小さく切られたドライフルーツはレーズンにオレンジピール、チェリーやクランべりーなどがぎっしりと入っていて、噛めばよく効いたブランデーとフルーツの酸味が私の好みど真ん中だ。
砕いたクルミやナッツも入ってる!
五センチほどの分厚さがあったものの、あっという間に食べきってしまった。もう一切れもらっていいかな。
「これ、ハートの国のお店で買ったの? それともお城の料理人が作ったもの?」
ハートの国のお店なら是非通わねば。お城のシェフなら引き抜きも辞さない!
私が食べている姿を横目に見ていたショーンに問いかけるも、目が合うとサッと逸らしてしまい、手に持ったフォークで食べかけのケーキを弄んでいる。
「ショーン?」
「み、店のじゃない」
「そうなの。なら作った人を紹介してくれない? レシピを聞きたいの」
レシピを聞くという口実で引き抜きをさりげなく打診してみよう。ああでも、ショーンに悪いかしら。
「そう言うと思って、レシピ、書いてきた」
準備がいい。お礼を言って受け取ると、ショーンの特徴的な癖字でレシピが書かれていて……ん? 書いてきた?
「レシピを聞いてショーンが書いてきてくれたの?」
「…………うん」
この長い沈黙は、悩んで嘘をついた時の癖だ。ゲームでヒロインが気付いて指摘していたから、間違いない。
そういえば、と思い出した。以前相変わらず白の国のお決まりの店でショーンに会って「アップルパイが好きなのよね」と今日のために確認した時のことだ。
「エルザは、どんな、ケーキが、好き?」
思い返せば妙にたどたどしい質問だったが、私は疑問にも思わず素直に答えたのだ。
ブランデーの効いたフルーツケーキが好きだと。
フルーツはごろっとしたものより小さく切ったものが好きだとも言ったし、ナッツは欠かせないわねとも言った。
そして目の前には私の理想形フルーツケーキが堂々と鎮座している。
「もしかして……」
気づかないふりをするのが正解かもしれない。しかし確かめずにはいられなかった。
「これ、ショーンが作ったの?」
「……そんなの、全然美味しくない。あんたの味覚おかしいよ。甘さも足りないし、お酒の味がきつすぎだし」
早口でまくし立て、フンッと真っ赤な顔をそっぽ向けたショーンに、私は思った。
あっ、限界。と。
人を避けるように離れたところで黙々とフルーツケーキを食べている青年に話しかけると、目だけがこちらに向けられた。
ハートのジャック、ショーンはノエルと同じ二十歳。墨を落としたような真っ黒な髪は肩のところで切られていて、いつも半分しか開かれていない眠たげな瞳も同じ黒。この世界では珍しいが、私には落ち着く色だ。
「……別に、甘いもの以外も食べるよ」
知ってますとも。でも甘いものが大好きなのよね。
「そうなの? なら、これはいらないかしら」
先ほどバスケットから回収した半月型のパイを差し出すと、ショーンはまじまじと見つめながら受け取ってくれた。
甘酸っぱさにバニラとシナモンの香りをまとったアップルパイだ。生地を畳む形で焼いて、手で持って食べられるようにしてある。
「キングと日程合わせてたよね。……わざわざ作ってきたの?」
「ええ、アップルパイが好きでしょう?」
ふぅんと言いながらもわずかに口角が上がるのを確認して、こちらも胸が温かくなる
ああ、耐えられるかしら。
「もらう。……ありがと」
わずかに頬を染め、ちらりと向けられた瞳に「どうぞ召し上がれ」という声が上ずった気がする。動悸がおさまらない。
サクリと一口かじり、珍しくも目一杯に瞼を開いて次々に食べ進める姿はなんだかハムスターみたいだ。気に入ってもらえたようでなにより。
そっとオレンジジュースを差し出すと、これまた嬉しそうに受け取ってくれる。
ああ、ここまで来るのに苦労したから達成感がある。
ショーンはノエルと違ってかなりの人見知りだ。ゲームの知識で白の国のケーキ屋に通っているのを知っていた私は、店を特定して通いつめ、今では同じテーブルに座っても許されるほど親しくなることが出来た。
言葉では嫌そうにされるが、それもまたいい。
「スペードの国に新しくできたパティスリーが美味しいって評判なの。今度一緒に行かない?」
「……行かない。遠いし」
「なら、ハートの国でショーンがオススメするお店に案内してくれるっていうのはどう?」
「それなら、いいけど」
「嬉しい! 楽しみね」
行かないといいつつスペードの国にも来てくれる人だけど、一度もハートの国に遊びに行っていないララを連れて行くのもいいかもしれない。ララとショーンのフラグが立つかもしれないし!
「そういえば、この間からうちにお客様が来ててね、ララっていう女の子なんだけど――」
「エルザ」
話の途中、不自然に名前を呼ばれて言葉を切ると、ショーンは取り出したケーキナイフで目の前のフルーツケーキを不慣れな手つきで分厚く切ると、もたつきながらそれをお皿に乗せてこちらに差し出した。
右手にぎゅうとフォークを握りしめてこちらも渡してくるが、決して目を合わせようとしない。
「……これ、あげる」
普段よりも更に小声でぶっきらぼうに言うショーンには首を傾げてしまうが、ケーキ大好きな彼がお裾分けしてくれるのは初めてだ。嬉しい。
「ありがとう。いただくわね。――んっ、これすごく美味しい!」
鼻を抜けるバターの香りと、小さく切られたドライフルーツはレーズンにオレンジピール、チェリーやクランべりーなどがぎっしりと入っていて、噛めばよく効いたブランデーとフルーツの酸味が私の好みど真ん中だ。
砕いたクルミやナッツも入ってる!
五センチほどの分厚さがあったものの、あっという間に食べきってしまった。もう一切れもらっていいかな。
「これ、ハートの国のお店で買ったの? それともお城の料理人が作ったもの?」
ハートの国のお店なら是非通わねば。お城のシェフなら引き抜きも辞さない!
私が食べている姿を横目に見ていたショーンに問いかけるも、目が合うとサッと逸らしてしまい、手に持ったフォークで食べかけのケーキを弄んでいる。
「ショーン?」
「み、店のじゃない」
「そうなの。なら作った人を紹介してくれない? レシピを聞きたいの」
レシピを聞くという口実で引き抜きをさりげなく打診してみよう。ああでも、ショーンに悪いかしら。
「そう言うと思って、レシピ、書いてきた」
準備がいい。お礼を言って受け取ると、ショーンの特徴的な癖字でレシピが書かれていて……ん? 書いてきた?
「レシピを聞いてショーンが書いてきてくれたの?」
「…………うん」
この長い沈黙は、悩んで嘘をついた時の癖だ。ゲームでヒロインが気付いて指摘していたから、間違いない。
そういえば、と思い出した。以前相変わらず白の国のお決まりの店でショーンに会って「アップルパイが好きなのよね」と今日のために確認した時のことだ。
「エルザは、どんな、ケーキが、好き?」
思い返せば妙にたどたどしい質問だったが、私は疑問にも思わず素直に答えたのだ。
ブランデーの効いたフルーツケーキが好きだと。
フルーツはごろっとしたものより小さく切ったものが好きだとも言ったし、ナッツは欠かせないわねとも言った。
そして目の前には私の理想形フルーツケーキが堂々と鎮座している。
「もしかして……」
気づかないふりをするのが正解かもしれない。しかし確かめずにはいられなかった。
「これ、ショーンが作ったの?」
「……そんなの、全然美味しくない。あんたの味覚おかしいよ。甘さも足りないし、お酒の味がきつすぎだし」
早口でまくし立て、フンッと真っ赤な顔をそっぽ向けたショーンに、私は思った。
あっ、限界。と。
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