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第一章

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 唇を引き結び、こちらを見上げるララの頬がわずかに赤い。
 これは……もしや、恋バナというやつでは!?

「ララ、もしかして好きな人ができたの!?」

 周りに憚り小声ながらも興奮は抑えきれない。大好きなゲームのヒロインに恋の相談をされるなんて!

「やっぱり相手はルーファス? ぶっきらぼうだけど、意外と優しいところがあるでしょう? いいわよね、ルーファス! オススメするわ!」
「ええ!? ち、違います! ルーファスさんじゃありません!」
「えっ、そ、そうなの……」

 ……ごめんね、ルーファス。
 大事な幼馴染が本人の知らぬところで振られてしまった。

 でも、それなら最近一緒にいるのをよく見るゼンかしら。それとも親しく君付けで呼んでいるノエル?
 どっちも元プレイヤーとしても幼馴染としてもオススメなんだけど。
 あまり城から出ないから、ハッターさんやハンプティ、双子達は違うわよね。
 でも、ハートの国の方達の可能性はあるかも。
 ピクニックではアレクシス様が意味深にララを見つめていたし、レスターはララを可愛いと絶賛していた。ショーンは…あの子は仲良くなる過程が楽しいのだ。ぜひあの可愛いショーンを見てほしい。

「あ、あの、さっきダンスを踊ってらっしゃいましたよね……?」
「ダンス……ああっ!」

 レスターか!
 令嬢に声をかけられてためらっていたのを、私が背中を押したんだった。
 ああ、私のせいでララを不安にさせてしまったのね……責任を持って誤解を解かないと!

「あれは誘われて仕方なく付いて行っただけよ! 好きでも何でもない相手だから気にしなくて大丈夫!」

 曲はまだ続いているから、誘えばレスターと一緒に踊れるだろう。頼れるお兄さんだけど意外とヘタレなところが可愛いレスタールートも私は大好きだ。

「そうなんですか? 良かったぁ」

 不安げにしていたララにやっと笑顔が戻る。

 そうよね、好きな人が他の女の子といたら不安よね。わかるわぁ、私もさっきとても嫌な気持ちになったもの。
 ……私も相談してもいいかしら。ちょうどオーウェンの気持ちがわからなくて不安だったところだから。聞いてもらいたいな。

「あ、あのね、ララ。私も……」
「エルザさん」

 私の声に被せるように名前が呼ばれ、ララは真剣な眼差しで私の両手を握った。

「以前にも言いましたよね。エルザさんとお別れするのが寂しいって」
「え? ええ、そうね」

 白の国からの書簡が届いた時のことを思い出して首をひねる。急に話題が変わったな……?

「すぐに帰れないとわかってからは、家に帰れるのを楽しみに待つ気持ちと、エルザさんとお別れすることを寂しく思う気持ちの両方が心の中でぶつかって毎日苦しくて……でもエルザさんに会うととても楽しくて心が軽くなったんです。だからお仕事の邪魔だとわかっていても、毎日会いに行ってしまった私をあなたはいつも笑顔で出迎えてくれて、それが、とても嬉しくて……」

 確かにララは毎日会いに来てくれて、時間のあるときは一緒にいることが多かっ……なんだろう、今なにかひっかかったような……。
 私の手を握る力が強まり、ララの胸に引き寄せられた。自然と距離が近くなる。

「エルザさん。私はあなたが好きです」

 ララの声はまさに鈴を振るようなというのがぴったりなほど澄んだ声で、私の耳になんの引っ掛かりもなく届いた。
 だから、早く、言わないと。私もあなたが大好きよと。大好きな友達、なのだから。
 早く、早くと心は焦るのに口が全く働いてくれないのは、ララがこちらをまっすぐに見つめているからだ。

 この目が、ごまかすことを許してくれない。

 どうして忘れていたのだろう。
 いや、仕方ない。なにせもう二十四年も経っているのだ。

 この舞踏会は共通ルート最後のイベント。ここで踊るのは最も好感度の高い人物だ。
 先ほどララが言っていたじゃないか。
『エルザさんと踊りたかったです』と。

「……お返事はすぐにいただかなくて結構です。でももし、エルザさんも私と同じ気持ちを持ってくれるなら……私は元の世界に帰らなくてもいいとさえ思っています」

 ララは一息で言って頭を下げた。
 踵を返した姿に喉がチリチリと痛み、背中に冷や汗が伝った。

 この舞踏会から個別ルートに入り、好感度を上げてグッドエンドを目指すのがこのゲームのシステム、なのだけど。
 もしかして、まさか……?

 どうやら、ヒロインは私のルートを選択してしまったらしい。

「そ……そんなこと、ある……?」

 ララは攻略対象しか好きにならないと思っていた。
 でも、そんなはずがない。
 この世界は私達にとってまぎれもない現実で、選べないキャラなんていないのだ。

 今の状況って、幼馴染の彼女(予定)を横から奪っちゃった。みたいな感じになる、のかしらね……?

 どうしようと焦るほどに身体中から汗が吹き出し、喉がカラカラに渇いていく。

「エルザ殿、どうかされましたか?」

 やっと現れた待ち人は両手にそれぞれ違う綺麗な色の飲み物が入ったグラスを持って、こちらに向かって歩いてくる。
 私の様子がおかしいことに気付いたらしく、訝しげな瞳に心配の色を映して。
 ちょうどよかった。今、とても喉が渇いて……。

「どうし……あっ、おい!」

 私は片方の飲み物が入ったグラスを奪うように取ると、一気にそれを呷った。
 冷たい飲み物が喉を通って心地よいはずが、飲むほどに体が熱く火照り、眠気の混じる目眩に襲われる。
 ぐらりと体が揺れて、倒れる前に逞しい腕が支えてくれた。

 ああ、今日は星がとても綺麗。
 そう思いながら、私は意識を手放した。
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