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第一章
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腕や足が風にさらされて落ち着かない。
ベルが選んでくれた、ノースリーブのブラウスにフレアスカート。
いつもレースアップのショートブーツを履くことが多いから、今日のパンプスは歩くのにも気を使ってしまう。
戦闘があっても大丈夫なように、ベルトで足首を固定できるヒールの低いものにしてあるが、それでもだ。
気持ちが浮き足立っているせいもある。
どんどんと歩くスピードは上がり、ほとんど駆け足になった。
約束の時間には十分間に合いそうだけど、きっとオーウェンはもう着いている。あの人は待ち合わせにはいつも早く来て……あれ、そういえば前に『待った?』『ううん、今来たとこ』のやり取りはしたことがあるな……。
あの時はなんとも思わなかったけど……思い出して少し顔が熱くなった。
待ち合わせは噴水広場。以前、ララに魔法を見せたところで、待ち合わせの定番だ。
探さなくても恋人はすぐに見つかった。
細身のパンツにグレーのジャケット。体力がないと言ってしまったけど、それでも鍛えられていることが分かるすらりとした体躯にその服装はよく似合っていて。
いつもの服で来なくてよかったと心底ホッとした。
視線が合わさり、オーウェンは一瞬目を見開いて、すぐに甘い笑顔になった。笑顔のままこちらに歩いてくる。
心臓がトクトクと静かに高鳴っている間に、恋人は目の前に来て足を止めた。
柔らかい熱を帯びた瞳が何かを促すようにこちらを見つめていて、ハッとする。
「……『待った?』」
頬が幸せに緩むのを抑えられない。
私の台詞を聞いておかしそうに笑う恋人は「『ううん、今来たとこ』……ですよ」と微笑んだ。
「スカート姿を拝見したのは初めてですね」
「実は制服以来初めてなのよ。……今日はデートだって言ったら、ベルがくれたの」
「ああ、制服姿が見たかったな。きっと可愛かったでしょうに」
緩んだ表情で残念そうに言うから可笑しい。
「まだ、着られるかしら……」
「……やめておきましょう。着させたことが誰かに知られでもしたら困る」
誰かを思い浮かべているのか、オーウェンの表情は苦々しい。
手を差し出されてそっと重ねると「どこに行きましょうか?」と尋ねられた。
「その前に……私との約束、忘れちゃったの?」
きゅっと握る手に力を込めて、尋ね返す。
オーウェンは一瞬気まずげに言葉を詰まらせ、ためらった末に言葉を絞り出した。
「……どこに、行くんだ?」
恋人になった時に交わした約束。
誰かが近くにいる時は、恋人のように振舞うことは控える。その代わり、恋人の時の敬語は禁止。
渋々でもタメ口で話してくれたオーウェンの腕に勢いよく抱きつく。普段敬語の人の滅多にないタメ口はたまらない。それが大好きな人なら尚更だ。
苦笑しつつもオーウェンは私の頭にキスを落とし、二人で腕を組んで歩き始めた。
「キッチン用品を扱ってる雑貨屋さんに行きたいの」
「キッチン用品? 何を買うんだ?」
「ティーポットとカップのセットを買おうかなって」
この間、お店にいきなり訪問した私にハンプティは親身になって話を聞いてくれた。にも関わらずそのお礼がまだ出来ていないし、あれから一度もお店に行っていないから心配しているかもしれない。
独り言ながらも理不尽な苦情も言ったから、その分も合わせて……。
雑貨屋さんに着いて早速商品を見たが、思いのほか種類があった。
一般的な陶磁器から、やかんのようなホーローのものまで様々だ。
「ハンプティにいつものお礼にプレゼントするつもりなんだけど、どんなものがいいかしら」
「ハンプティか……この間は白磁に青い小花のもので出してくれたな。その前は大きなオレンジのガーベラのポットだったと思う」
「あなたって、ちょっと優秀すぎない……?」
ポットの柄なんてよく覚えてるわね……。
それでも優秀な恋人のおかげでハンプティの好みはわかった。
「花柄が好きなのね。それならあれはどうかしら」
私が指差したものを店員さんが棚から降ろしてくれる。
ラベンダーの花の絵がぐるりと囲うように描かれたガラス製のポットとカップだ。
同じくガラス製のウォーマーが付いている。
「いいな。これから暖かくなるし、アイスティーにも使えそうだ」
「なら決まりね。お揃いのグラスも買いましょう」
会計を済ませるとかなり重くなってしまったそれをオーウェンが持ってくれる。
今までも重いものは持ってくれていたが、なんだかこれもデートっぽいなぁと少し照れてしまった。
二人で手を繋ぎ、お店に訪問すると店主はそれはもう嬉しそうに笑って出迎えてくれた。
暖かい茶色の瞳が「仲直りできてよかったね」と語っているので、そっとオーウェンの腕を取り、頬を寄せて見せる。
しかしそれを見たハンプティは、なぜかオーウェンに満面の笑みを向けた。
「おめでとう、オーウェン!」
「……ありがとう」
私の態度からのこの祝辞にオーウェンは苦笑いを浮かべる。
「どうしておめでとうなの?」
よくわからなくて質問するも、ハンプティに笑顔でかわされ、オーウェンは無言を返すだけだった。
「これ、この間のお礼なの。受け取ってくれる?」
「お礼なんていいのに……でもすごく嬉しいよ。ありがとう! 開けてもいい?」
談話室の中央に鎮座する楕円形のコーヒーテーブルに箱を取り出して開けると、中身を見たハンプティはとても喜んでくれた。
早速アイスティーを入れてもらい、そのまま早めのランチもご馳走してもらって居心地の良さについ長居してしまった。
大きく手を振って見送ってくれるハンプティのお店を後にして、また二人で歩く。
「美味しくて食べすぎちゃったわ」
「俺もだ。少し歩こうか」
手を繋ぎ、白の国を目的もなく歩く。補佐の時もそうだったけど、オーウェンと話していて話題が尽きることはない。
「そろそろ次のお茶会があるから中央通りに屋台でも出てるんじゃないかな」
「屋台って食べ物の? そういえば、この間フルーツにお肉を巻いた串焼きを出してるお店があったのよ。パインとかイチゴとか! 甘酸っぱくて美味しくてね。また出てるかしら」
「食べ過ぎたって言ったくせに、もう食べ物の話か? 俺が言ったのは工芸品の屋台」
「それもいいわね! 見に行ってみる?」
「ああ。行ってみようか」
歩きながら次の目的地を決めるのは初めてだ。
目が合えば優しく微笑まれて気分が浮き立つ。
「中央通りのジュエリーショップも行きたいから丁度いいわ」
「中央通りの……?」
「ええ。オーダーしたアクセサリーを引き取りに行きたいのよ」
「……何を、作ったんですか?」
「ブレスレットをね。とっても可愛いのよ」
お店専属のデザイナーと話し合った時に彼女がさらさらと描きつけたデザイン画を思い出して頰が緩む。
とても可愛かったから喜んでくれたら嬉しいな。
「そうですか。……良かった」
どこか安堵したように呟くオーウェンを疑問に思いながらも、私はわざとしかめっ面で睨みつけた。
「……敬語に戻ってる」
「あっ、すみま……ごめん。もう癖なんだよ」
「次に敬語を使ったらペナルティね。……どんなのがいいかしら」
オーウェンが嫌がるペナルティを考えるも思い付かない。
「どんなペナルティなら嫌?」
「それを俺が考えるのか? ……エルザに触れるの禁止って言われたら、二度と敬語を使わない自信がある」
「それは私が嫌だから駄目」
「難しいな」
二人で目を合わせると同時に吹き出した。
「……敬語は使わないで?」
「わかった。気をつける」
見上げてお願いすると、オーウェンは目元を綻ばせて頷いてくれる。
この甘い表情が大好きだ。
ベルが選んでくれた、ノースリーブのブラウスにフレアスカート。
いつもレースアップのショートブーツを履くことが多いから、今日のパンプスは歩くのにも気を使ってしまう。
戦闘があっても大丈夫なように、ベルトで足首を固定できるヒールの低いものにしてあるが、それでもだ。
気持ちが浮き足立っているせいもある。
どんどんと歩くスピードは上がり、ほとんど駆け足になった。
約束の時間には十分間に合いそうだけど、きっとオーウェンはもう着いている。あの人は待ち合わせにはいつも早く来て……あれ、そういえば前に『待った?』『ううん、今来たとこ』のやり取りはしたことがあるな……。
あの時はなんとも思わなかったけど……思い出して少し顔が熱くなった。
待ち合わせは噴水広場。以前、ララに魔法を見せたところで、待ち合わせの定番だ。
探さなくても恋人はすぐに見つかった。
細身のパンツにグレーのジャケット。体力がないと言ってしまったけど、それでも鍛えられていることが分かるすらりとした体躯にその服装はよく似合っていて。
いつもの服で来なくてよかったと心底ホッとした。
視線が合わさり、オーウェンは一瞬目を見開いて、すぐに甘い笑顔になった。笑顔のままこちらに歩いてくる。
心臓がトクトクと静かに高鳴っている間に、恋人は目の前に来て足を止めた。
柔らかい熱を帯びた瞳が何かを促すようにこちらを見つめていて、ハッとする。
「……『待った?』」
頬が幸せに緩むのを抑えられない。
私の台詞を聞いておかしそうに笑う恋人は「『ううん、今来たとこ』……ですよ」と微笑んだ。
「スカート姿を拝見したのは初めてですね」
「実は制服以来初めてなのよ。……今日はデートだって言ったら、ベルがくれたの」
「ああ、制服姿が見たかったな。きっと可愛かったでしょうに」
緩んだ表情で残念そうに言うから可笑しい。
「まだ、着られるかしら……」
「……やめておきましょう。着させたことが誰かに知られでもしたら困る」
誰かを思い浮かべているのか、オーウェンの表情は苦々しい。
手を差し出されてそっと重ねると「どこに行きましょうか?」と尋ねられた。
「その前に……私との約束、忘れちゃったの?」
きゅっと握る手に力を込めて、尋ね返す。
オーウェンは一瞬気まずげに言葉を詰まらせ、ためらった末に言葉を絞り出した。
「……どこに、行くんだ?」
恋人になった時に交わした約束。
誰かが近くにいる時は、恋人のように振舞うことは控える。その代わり、恋人の時の敬語は禁止。
渋々でもタメ口で話してくれたオーウェンの腕に勢いよく抱きつく。普段敬語の人の滅多にないタメ口はたまらない。それが大好きな人なら尚更だ。
苦笑しつつもオーウェンは私の頭にキスを落とし、二人で腕を組んで歩き始めた。
「キッチン用品を扱ってる雑貨屋さんに行きたいの」
「キッチン用品? 何を買うんだ?」
「ティーポットとカップのセットを買おうかなって」
この間、お店にいきなり訪問した私にハンプティは親身になって話を聞いてくれた。にも関わらずそのお礼がまだ出来ていないし、あれから一度もお店に行っていないから心配しているかもしれない。
独り言ながらも理不尽な苦情も言ったから、その分も合わせて……。
雑貨屋さんに着いて早速商品を見たが、思いのほか種類があった。
一般的な陶磁器から、やかんのようなホーローのものまで様々だ。
「ハンプティにいつものお礼にプレゼントするつもりなんだけど、どんなものがいいかしら」
「ハンプティか……この間は白磁に青い小花のもので出してくれたな。その前は大きなオレンジのガーベラのポットだったと思う」
「あなたって、ちょっと優秀すぎない……?」
ポットの柄なんてよく覚えてるわね……。
それでも優秀な恋人のおかげでハンプティの好みはわかった。
「花柄が好きなのね。それならあれはどうかしら」
私が指差したものを店員さんが棚から降ろしてくれる。
ラベンダーの花の絵がぐるりと囲うように描かれたガラス製のポットとカップだ。
同じくガラス製のウォーマーが付いている。
「いいな。これから暖かくなるし、アイスティーにも使えそうだ」
「なら決まりね。お揃いのグラスも買いましょう」
会計を済ませるとかなり重くなってしまったそれをオーウェンが持ってくれる。
今までも重いものは持ってくれていたが、なんだかこれもデートっぽいなぁと少し照れてしまった。
二人で手を繋ぎ、お店に訪問すると店主はそれはもう嬉しそうに笑って出迎えてくれた。
暖かい茶色の瞳が「仲直りできてよかったね」と語っているので、そっとオーウェンの腕を取り、頬を寄せて見せる。
しかしそれを見たハンプティは、なぜかオーウェンに満面の笑みを向けた。
「おめでとう、オーウェン!」
「……ありがとう」
私の態度からのこの祝辞にオーウェンは苦笑いを浮かべる。
「どうしておめでとうなの?」
よくわからなくて質問するも、ハンプティに笑顔でかわされ、オーウェンは無言を返すだけだった。
「これ、この間のお礼なの。受け取ってくれる?」
「お礼なんていいのに……でもすごく嬉しいよ。ありがとう! 開けてもいい?」
談話室の中央に鎮座する楕円形のコーヒーテーブルに箱を取り出して開けると、中身を見たハンプティはとても喜んでくれた。
早速アイスティーを入れてもらい、そのまま早めのランチもご馳走してもらって居心地の良さについ長居してしまった。
大きく手を振って見送ってくれるハンプティのお店を後にして、また二人で歩く。
「美味しくて食べすぎちゃったわ」
「俺もだ。少し歩こうか」
手を繋ぎ、白の国を目的もなく歩く。補佐の時もそうだったけど、オーウェンと話していて話題が尽きることはない。
「そろそろ次のお茶会があるから中央通りに屋台でも出てるんじゃないかな」
「屋台って食べ物の? そういえば、この間フルーツにお肉を巻いた串焼きを出してるお店があったのよ。パインとかイチゴとか! 甘酸っぱくて美味しくてね。また出てるかしら」
「食べ過ぎたって言ったくせに、もう食べ物の話か? 俺が言ったのは工芸品の屋台」
「それもいいわね! 見に行ってみる?」
「ああ。行ってみようか」
歩きながら次の目的地を決めるのは初めてだ。
目が合えば優しく微笑まれて気分が浮き立つ。
「中央通りのジュエリーショップも行きたいから丁度いいわ」
「中央通りの……?」
「ええ。オーダーしたアクセサリーを引き取りに行きたいのよ」
「……何を、作ったんですか?」
「ブレスレットをね。とっても可愛いのよ」
お店専属のデザイナーと話し合った時に彼女がさらさらと描きつけたデザイン画を思い出して頰が緩む。
とても可愛かったから喜んでくれたら嬉しいな。
「そうですか。……良かった」
どこか安堵したように呟くオーウェンを疑問に思いながらも、私はわざとしかめっ面で睨みつけた。
「……敬語に戻ってる」
「あっ、すみま……ごめん。もう癖なんだよ」
「次に敬語を使ったらペナルティね。……どんなのがいいかしら」
オーウェンが嫌がるペナルティを考えるも思い付かない。
「どんなペナルティなら嫌?」
「それを俺が考えるのか? ……エルザに触れるの禁止って言われたら、二度と敬語を使わない自信がある」
「それは私が嫌だから駄目」
「難しいな」
二人で目を合わせると同時に吹き出した。
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