ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 いつも使っている食堂の椅子を取り払い、大きいテーブルだけを中央に残した。

 その上にはピクニックでも作ったサンドイッチやスイーツなどの軽食に、スティックサラダや鴨肉と野菜、生ハムとトマトのピンチョス、他にも鮮やかに飾り付けた料理を並べる。

 飲み物はルーファスの指示で多種のアルコールを用意した。
 お酒が好きらしいから、とのことだったが、飲んでるところを見たことがないからルーファスが飲みたいだけだろう。

 呼ばれて来たララはパーティーと聞いて目をパチクリと瞬かせたが、料理は全て私が作ったものだと話すと飛び跳ねて喜んでくれた。
 各々飲み物を取って乾杯の音頭と共に掲げる。

 今日の夕食は立食パーティー。
 ララの送別会だ。



「どれもすごく美味しいです!」

 全種類制覇! と意気込むララは、次々に料理を食べては絶賛してくれる。
 グルメ番組もびっくりのリアクションをもらって、作ったかいがあるというものだ。

「喜んでもらえて嬉しいわ。今日の主役はララだからね。他に食べたいものや、して欲しいことがあったら何でも言って。必ず用意するから」
「本当ですか!?」

 妙に食いつきが良くて仰け反る。まずいこと言ったかな……?

「じゃ、じゃあ……その……」

 ララはちらりとオーウェンに目を向けた。

「今日はエルザさんをお借りしてもいいですか?」

 言われたオーウェンは困ったように眉を下げて「俺に断ることではありませんよ」と苦笑した。隣ではルーファスがニヤニヤと嫌な笑いをオーウェンに向けている。からかうネタが出来たなって顔だ。

 しかし言われたララは顔を輝かせて、私の両手を取って胸元に引き寄せた。

「髪を触らせてください! 髪にキスしてもいいですか!?」

 ララの言葉が耳に染み込む前にグイと腰を引かれ、振り返ると苦虫を噛み潰したような顔のオーウェンが私をしっかりと抱え込んでいた。

「賃貸契約にそのような規定は含まれておりません!」
「……いつ契約したの?」
「オーウェンさんの嘘つき! 貸してくれるって言ったじゃないですか!」
「貸すにしても限度があるだろうが!」
「ずっとゼンさんが羨ましかったんですもん! 何でもしてくれるなんて、今日が最初で最後のチャンスかもしれないのに!」

 我関せずのゼンが「ああ、あれですか……そんな特別なものでもないでしょうに」とのんびり呟いている。

「そのほかのことならいいですが、あなたのその言い方はなんか嫌だ!!」
「オーウェンさんばっかり狡いです! 毎晩してるくせに!」
「毎晩もするかぁ!!」

 やいやいと言い争う二人に私は置いてけぼりだ。ノエルはばくばくと次から次へと食事を口に放り、頰を膨らませている。

 必死に言い返すララの髪は、地団駄を踏む動きに合わせてふわふわと弾んでいる。

 私の髪はまっすぐストンと落ちるストレートだから、ノエルやララのようなふわふわの髪は少し羨ましい。
 そっと一房手に取り、口元に持っていった。

 無意識に首を傾げる。
 そんなに特別なものかしらね。
 ルーファスもゼンもよくしてくるからか、わからない。

「エ、エルザさん……」
「あなたという人は……」

 髪を指で弄っていたら、いつのまにか言い争いが止んでいる。

「え? どうかした?」

 頰をリンゴのように赤くしたララに睨まれ、オーウェンには呆れた表情が向けられていた。

「……平気な顔ですることじゃないです!!」
「エルザがおかしいのか、俺が汚れているのか……」

 オーウェンは頭を抱えて「好きにしてください」と言い残して離れていった。



 邪魔者はいなくなったとばかりにララは私の髪で遊び始めた。
 編んだり梳いたりを繰り返す。高く結んだゴムはとうに取り払われていた。

「楽しいの? それ」
「はい! とっても!」

 ゆっくりと振り返れば目を輝かせて微笑まれて苦笑する。
 本人が楽しければいいか。

「……この三ヶ月間は楽しかったわね」

 思い返せば、ララとはこの三ヶ月間ほとんど毎日一緒にいた気がする。
 買い物に行ったり食事をしたり、訓練を見学したり手合わせでは応援してくれたりした。

 思い出話に花を咲かせていると、ララが「そういえば……」と漏らした。

「ピクニックではレスターさんとなんのお話をしていたんですか?」
「もちろん、ノエルとショーンの話。あの二人の可愛さを語り合うにはレスターが一番なのよ!」

 もうバレてるし、正直に言っていいだろう。

「他にも双子の話題でも盛り上がるわね。普段は手紙を送り合うだけなんだけど、どうしても我慢できないときは二人で食事に行ったり。あとはこの前のピクニックみたいにネタ収集にみんなで出かけたりしてるわ。ルーファスを騙して」
「おい。聞こえてるぞ」

 オーウェンをからかっていたらしいルーファスが絡んできた。

「ハートのキングに会うための計画かと思ってたのに、レスター目当てだったのかよ」
「当たり前でしょう。どうしてアレクシス様だって決めつけるのよ」
「あいつ、いつもお前に絡んでくるじゃねえか」

 違う。

「兄さん……」
「あなたまだそんなことを言っているのですか……」
「ん?」

 呆れた目を五人分向けられてもルーファスはきょとんとしていて、まるで分かっていないらしい。
 アレクシス様もこれが相手では報われないな。

「ルーファスも小さいときは可愛かったのにねぇ……」

 すっかり残念キングになってしまった。

「可愛いってのはゼンみたいなのを言うんだろ」
「ああ、確かにね」
「やめてください……」

 心底嫌そうなゼンだが、女性的な見た目のゼンは初等科では女の子より可愛いといっていいほどの美少年だった。
 アカデミーでの思い出話をしていると、ララとオーウェンが瞳を輝かせていた。

「エルザさんのお話が聞きたいです! アカデミー時代の!」

 言われたルーファスとゼンは目を見合わせた。

「…………どれなら言っていいやつだ?」
「格好良いものにしなくてはいけない雰囲気です……」
「何かあるでしょう! 何かは!」

 あまりの悩み具合に不満を漏らすと、ゼンが「ああ、あれは格好良かった」と手を打った。

「どれだ?」
「ほら、入学したての初等科一年の時……」

 ゼンが語り始めたのは一年の時、ルーファスが風邪を引いて、私とゼンだけで遊んでいるときに起きた、ある事件だった。


 ※


 アカデミーに入学して新しく出来た友達のエルザと、手を繋いで遊んでいたときのことだった。

「お嬢ちゃん達いくつ? 何年生?」

 優しげに声をかけてきたおじさんはニコニコと笑っていて、エルザと私は元気よく「一年生です!」と答えた。
 普段三人でいる時もこの手の質問はされることが多かったから、なんの疑問もなかった。

「そうなんだねぇ。おじさんの家に美味しいお菓子があるから良かったら食べていかないかい」

 しかしここまで来ると、それはアカデミーの教師が口を酸っぱくして注意を促す事案だ。
 親切心かもしれないが、幼いながらに警戒した。

「いいえ。今からおうちに帰るの。知らない人についていったらダメって先生も言っていたから、行けないわ。さようなら」

 はっきりきっぱりとエルザは断り、私の手を引いた。

「そうかい」

 幼い子が先生の言いつけを守ろうとする姿を微笑ましく思うような、笑いの滲む声に少し安堵した。

 しかしおじさんに背を向けた瞬間。
 腹に太い腕が周り、軽々と私の体は持ち上げられた。

 突然高くなった視界に、恐怖で悲鳴すら出ない。
 しかしエルザは決して私の手を離さずに「何するの! ゼンを離して! 誰か助けて!」と大声で叫んだ。

「誰かっ……きゃっ!」

 甲高い悲鳴と共にエルザも持ち上げられ、男は小走りに走り出した。

 その先には人目を避けるように置かれた馬車があり、これに乗ってしまったらもう逃げられなくなると幼心に悟った。

 それでも体が恐怖で硬直し、不快そうに眉根を寄せるエルザの顔を見つめることしか出来ない。
 そんな私とは対照的に、エルザは強かった。

「離せって、言ってんのよ!!」

 エルザが怒りの声をあげ、手を大きく男の顔めがけて振る。バシャンと大きな音と共に私とエルザは地面に落とされた。

 腹が地面に叩きつけられて、小さく悲鳴が漏れる。
 痛みで唸る私よりも素早く立ち上がったエルザは私を背中に庇って「誰か大人の人を呼んできて!」と叫んだ。

 この間も絶えず男の顔には水がかけられていたのだから、この年齢の子供にしてエルザは恐ろしく優秀な魔法の使い手だった。

「助けてくださいって言うのよ!」
「で、でも、エルザは……っ」

 一人で残るという女の子を置いていくことが恐ろしくて一歩が踏み出せない私を、エルザは後ろ手にぐいぐいと押し出した。

「早く行きなさい!」

 まるで母に叱られたかのような気持ちで泣きながら走り出した。
 時間にしてわずかだったが、大人を呼んで戻ってきた時には男はすでに地面に仰向けに倒れ、その胸を踏みつけたエルザは鋭い視線を向けていた。
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