ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
106 / 206
第一章

106

しおりを挟む
「そんな小さい時からエルザさんはカッコよかったんですねぇ……素敵……っ」

 まずい。まずいわ。まさか六歳の時のことをそんなに鮮明に覚えているなんて。もしも、あれが聞こえてたら言い訳出来ない……。
 冷や汗をかく私をよそに、ゼンは感慨深いとばかりに頷いている。

「男に何事かを語りかけるエルザの背中に当時は憧憬したものですよ。当時は。あの時は聞こえませんでしたが、なにを言っていたんですか?」
「…………ゼンを泣かせたら許さないわよとか、そんなんだったんじゃないかしらね」

 良かった! 聞こえてなかった!
 安心して、ほっと息を吐いた。
 脳裏に当時の情景がよぎる。

『少数派の地位を脅かしてんじゃねえぞ……三次元に手ぇ出すのは御法度だろうが』

 あの時はゼンを怯えさせられたことで完全に頭に血が上ってたからなぁ。
 聞こえてなくて良かった。
 いやでも、事実だからね。うん。



「そういう話なら俺はあれかな」

 顎に手を添えたルーファスが口元をにやけさせて言う。

「聞きたい聞きたい!」

 キラキラとした目をルーファスに向けるララが可愛い。

「これは中等科三年の時のことだ」


 ※


「それで? どうして家出なんてしたのよ?」

 休日に約束もせずに訪問し、開口一番に「家出したから泊めてくれ!」と宣言した俺に、エルザは呆れた視線を向けていた。

「……剣でノエルに負けた」

 その視線から逃げて言う。四つ下の弟のノエルはまだ十一才だというのに剣術の腕は天才的で、辛勝を繰り返していた俺はこの日、遂に負けてしまった。

「ノエルならこの間私も負けたわよ。成長期なんじゃない?」
「魔法ありでか?」
「……なしでだけど」
「それなら負けたって言わないだろ。実戦はなんでもありなんだぞ!」

 魔法ありならエルザはノエルに負けないだろう。俺とは違う。

「だからって、家出なんて子供みたいなことやめなさいよ」
「いいや。俺は帰らないぞ。この家の子になるんだ!」
下僕にでもなるつもり?」

 弟と書いて下僕と読まれた。

「……いいじゃない。研鑽の相手が近くにいるなんて。毎日剣の稽古をするなら弱い人より強い人の方がお得よ」
「そりゃあ、そうだけどよ……ならこの家の子になったってエルザがいるじゃねえか」
「ああ、そっか。ならどっちでもいいのかしら」

 エルザは口元に手を当てて首を傾げる。

「そうだよ。だから、ほら! 早く稽古しようぜ! 俺が勝ったら俺が兄貴な!」
「うーん。私が勝ったら家に帰る?」
「やだよ!」
「あっ! 私が勝ったらノエルをもらうってのはどう!?」
「やだよ!! 俺の弟だぞ!」
「はい! 決まり! やるわよ!」

 稽古用の木剣を手に取りエルザは意気揚々と部屋から出て行く。
 まずいことになったと俺は慌てて追いかけた。

 結果から言えば、俺の負けだった。
 この頃にはもう、なんでもありのルールではエルザにもなかなか勝てなくなってきていた。

「すまん……っノエル……兄ちゃんが弱いばっかりに……」
「悪徳商人に売りに出すんじゃないんだから……冗談に決まってるでしょ。ほら早く帰らないとノエルがお兄ちゃんを心配してるわよ」
「ああ、そうだな。そろそろ帰るか。じゃあな」
「ええ。またアカデミーでね」


 ※


「というわけで、俺は家出をやめて帰ったんだ」

 しみじみと語るルーファスは刺さる視線の鋭さがわかっていないらしい。

「……もう少しマシな話はなかったの?」
「なんだよ……二人でふざけて火と風で遊んで校舎を焦がした話の方が良かったか?」

 ろくな話がない……。

「この人に聞いた私が馬鹿でした」
「ノエル殿を弟にしたがるエルザ。見たかったなぁ……」

 反応は両極端だ。

「……不満そうだけどな、あれがなかったら俺は不貞腐れてたぞ。弟に負けた、なんてのはあの年頃じゃ納得いかないもんだ。今じゃ頼もしい弟で嬉しいけどな」
「うわっやめてよ!」

 ルーファスは低い位置にあるふわふわの黄色い髪を乱雑に撫で、ノエルに手を払われた。
 ぼそりと小さい呟きが耳に届く。

「そうか。だから……」
「ララ、どうかしたの?」

 真剣みを帯びた声に心配になるが、ララはそれはもう嬉しそうに笑顔を返してくれるだけだ。

「ノエル君は何かない?」

 ララが声を弾ませて聞くも、迷惑そうに兄を叩いていたノエルは小首を傾げて「僕は特にないかなぁ」と答えた。

「そうなんだ……」

 ララは残念そうだ。
 ノエルとの思い出だってたくさんあるのに、やっぱり同学年の子達と遊ぶほうが楽しかったのかもしれない。残念だけど、仕方ないか。



 パーティーがお開きになり、ララを部屋まで送る。部屋の前に着くと自然としんみりとした空気になり、それを払うように「これ、良かったら受け取ってくれる?」と言って、紙袋を差し出した。

「開けていいですか!?」

 当然頷くとララは丁寧に紙袋の中身を取り出し、ケースを開く。

 そこに入っているのは二対のブレスレットだ。
 細いチェーンを幾重にも重ね、まるで譜面の音符のようにそれらをいくつもの小さな宝石が繋ぐ。一つはゴールドのチェーンにルビーとピンクサファイア。もう片方はシルバーのチェーンにブルートパーズとアクアマリンが散りばめられている。

 言うまでもなくララと私の色をイメージして作ってもらったものだ。

 食い入るように見つめていたララはぽつりと「綺麗……」と漏らした。
 こっそりと安堵する。オーウェンもこんな気持ちだったのかしら。

 そっとゴールドを取り上げてララの手首に付けようとすると、ララは「こっちがいいです」と言ってシルバーの方を指差した。

「そっちでいいの?」

 この色合いはララには少し大人しすぎる気がして聞くも、ララはブンブンと首を縦に振った。

「こっちをいただきたいんです。エルザさんの色だから……ダメですか……?」

 上目遣いでお願いされれば否やはない。迷わず細い手首にシルバーのブレスレットを付けてあげた。
 ララは小さく歓声をあげ、手首を天井に掲げた。それはもう嬉しそうにブレスレットを眺めていて、その姿にはこちらも嬉しくなる。

「似合いますか!?」
「ええ。とっても可愛いわ」

 心配をよそに、白く細い手首を飾るシルバーのブレスレットは清らかな小川のような清廉とした雰囲気で、ララによく似合っている。
 問題は私にピンクが似合うのかというところだが、それは置いておこう。
 ララは私にもつけてくれて、二人の手首を並べて頰を緩ませている。
 ララが可愛い。これが正義だ。



 楽しげな様子に、ずっと喉の奥に引っ掛けていた問いが口から溢れでた。

「ララは……自分の世界に帰る、のよね?」

 じっと見つめられ、質問の理由を問われていると感じる。

 誰も攻略しなかったララは、恐らくお茶会で自分の世界に帰ってしまうだろう。
 それがララのためではあると思うけど……そのエンディングはノーマルエンドと名付けられている。

 幸せなエンディングではないということだ。

 しかし、このゲームには続編があった。
 続編のプロローグは『誰とも恋愛関係にならず、しかしワンダーランドに留まったヒロインの新たな出会い』から始まる。

 もちろん知り合いとなっているスペードやハートのキャラクター達とも恋愛出来る。
 だから、ララがこの世界に留まってくれる可能性は十分あるわけで。

「この世界に、残っても、いいのよ……?」

 ララは一瞬目を伏せた。しかしすぐにまっすぐ視線を合わせて、首を振った。

「いいえ。私は自分の世界に帰ります」

 そうはっきりと告げられる。

「そう……」

 ララが帰りたいのなら、私に止めることなど出来ない。

「寂しくなるわ……」

 はじめにララがスペードの城に滞在すると決めた時に、私は言った。

『あなたが帰るとき、寂しくなるわね』と。

 あの時の私はまだ戸惑いが大きくて、当たり障りのない言葉を選んで口にしていた。
 でも、いま口から溢れたのは紛れもない本心だ。

 ハッターさんのことを言えないな。私だって、ララを引き留めたくなってる。

 そっと手を取られた。
 顔を上げたら、柔らかく細められた金の瞳は僅かに滲んでいて――。

「住む世界が違っても、ずっと友達……ですよね?」

 当然だと、答える声が震えた。
 お別れの日には絶対に笑顔で送り出そう。

 滲む視界を閉じて、ぎゅうと細い体を抱きしめた。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

処理中です...