ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 小鳥が歌うような楽しげな笑い声が、あちこちで上がる。
 三ヶ月に一度のお茶会に参加しているのは各国の貴族と位を持つ者達。
 そして、白ウサギを追ってやってきた別世界の住人、ララだ。

 今日のララは、白の女王陛下から贈られたドレスに身を包んでいた。
 真っ白なフィッシュテイルは、動くとシフォンのスカートがふわふわと揺れる。シースルーの肩口には精緻な花の刺繍が施されていて、なんと小指の爪ほどの大きさのダイヤモンドがいくつも縫いとめられている。

 送られてきたこのドレスを見た時のララの怯えようには、みんなで同情した。
 あまりにも高価過ぎるという意味で。

 それでも袖を通してみれば、ララに似合わないわけがなかった、のだけど。

「エルザさん……みんなが私を見てる気がします……絶対、派手な女だなって思われてます……」
「可愛いから見られてるのよ。堂々としてなさい」

 恥ずかしがって私の背中に隠れるララのドレスは、屋外ということもあって陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

「たしかに派手は派手だよな、それ」

 さりげなくララを男達の視線から隠すように立ったルーファスは、からかうような目を私の肩から後ろに向けた。

「まぁ煌びやかとは言えなくもないけど」
「砂糖菓子のような輝かしさですね」
「舞踏会デビューの小さい子みたいで可愛いよ!」
「もうっ! やめてったら!」

 顔を真っ赤にさせて怒るララが可笑しくてみんなで笑ったら、私の後ろから出てこなくなってしまった。

「ごめんごめん。ララがあんまり可愛いからからかいたくなるのよ。ね?」
「そうそう。可愛くてついな」
「うるさい!」

 ルーファスには遠慮がないな。

「エルザさんだってドレスで来てくれたらいいのに……騎士服も素敵ですけど」
「ドレスの方もいるけど、私はいつもこれよ。動きやすさ重視。ドレスだと剣も置いてこないといけないもの」

 私の返答に頰を膨らませたララはキッと鋭い目をして「オーウェンさんだって、エルザさんのドレス姿見たかったですよね!?」と問い詰める。
 他人のふりを決め込んでいたオーウェンは心底迷惑そうな目をララに向けた。

「黙秘します。曲解されかねないので」
「へーえ? 曲解ってなんですか? 私、脱がせるならなんて一言も言ってないのに、男ってそういうことばっかり考えてるんだから、ほんとに嫌になりますよね、エルザさん」
「うわっこの……! エルザ、俺はそんなこと少しも考えていませんよ! 騎士服もドレスもどちらもお似合いになると知っていますから答える必要もないという意味で」

 ……いつのまにか仲良くなりすぎじゃない?

「はいはい。わかってるわよ。ドレスは脱がされたことないものね」
「な、なな何を言うんだ! こんなところで!」

 真っ赤になったり真っ青になったりオーウェンは忙しい。

「スペードの皆様……ララ様……ご機嫌よう」

 人目をはばからず騒ぐ私達にかけられた声は、死神の声といえばこんな声だというような、地の底から響く、低くか細い声だ。

「フェリクス殿、こんにちは。本日はお招きありがとうございます」

 視線を向けて挨拶を返すと、白の国のジャック、フェリクスは華奢を通り越した骨と皮だけなのではと思うほど細身の体をゆらりと曲げて礼を執った。
 あげた顔も頰骨が浮き出ていて不健康な上に目の下にはアイシャドウかと見紛うほど存在感のある隈が刻まれている。

 しかしこちらを見る柔らかい瞳は、いつも親愛に満ちている。
 この人は決して死神などではない。白の女王陛下を一人でお守りする騎士で、とても優しい苦労人。
 そして、二週目以降に白の国を選択することでルートが解放される、隠し攻略キャラだ。

「ララ様……この度は我が主人の命によりご不便をお掛け致しましたこと、深くお詫び申し上げます……」

 挨拶もそこそこにフェリクスはララに対して頭を下げたが、ララが返事をする前に硬い声が遮った。

「いま、白の女王陛下の命と言われたかな?」

 フェリクスは問いかける目をルーファスに向けた。

「彼女は白ウサギ殿の落し物を届けるためにこちらに参ったのだと聞き及んでいたが、聞き間違いかな。……不便とは、何を指して言った? この世界に来るはめになったことか?」

 白の国からの書状の内容は不可解だと、ルーファスは初めから怪しんでいた。そのことを問いただすつもりらしい。

 詰問口調のルーファスの目は鋭くフェリクスを刺す。
 フェリクスはそれに答えず、ルーファスから視線を外し、ララに対して再び深く深く頭を下げた。
 しかし下から聞こえたのは、謝罪ではなかった。

「いいえ。スペードの国にご滞在なされていたことについて、ご不便をお掛けしたと申し上げました。本来ならばこちらで確保する手筈でございましたゆえ」

 上がる顔には先ほどまでの柔らかさなど微塵もなく、ただ捕らえるように鋭くララを見つめていた。
 数年をスペードの10として生きてきた足は無意識に体をキングの、ララをかばうルーファスの前へと運ぶ。しかし心臓は早鐘のように打ち、頭の中は二十四年前へと遡った。

 私は、この台詞を、読んだことがある。

 ファンファーレの音が鳴り響き、我に返る。ラッパを片手に跳ねる白ウサギの姿が見えた。白ウサギは私の視線に気付いて慌てて逃げようとするも、後ろから来た人物に蹴り飛ばされて足元に転がってくる。
 さすがに可哀想だと思わず伸ばした手は遮られ、細い腕が白ウサギを抱きかかえた。

「……すまない、エルザ。わかってくれ……」

 耳元で囁かれ、視線を合わせると苦渋を滲ませる瞳は逃げるように去り、ファンファーレの音と共に現れた人物の後ろに控えた。
 汚れのない白髪が風になびき、血の色の瞳は好奇を隠さず一点を、私の背後を見つめている。
 肌の色素が全体的に薄いから、リンゴ色の頰と唇、それに瞳が浮き上がって不気味な印象すらあった。

「余は白の国の女王。カミール・シリル=ホワイトである」

 早鐘の心臓は警鐘を鳴らし、耳鳴りがした。
 これはノーマルエンドじゃ、ない。

 まだ声変わりしていない高い声で、覚えた言葉をそのまま言いましたと言わんばかりに台詞を言い終えた白の女王陛下、カミール様は、手にしていた身長よりも長いステッキを放り出し、白いファーの付いたマントを乱雑に脱ぎ捨ててこちらに早足に駆けてくる。

 まずい。まずい!!

「ララ! やっと戻ったか! 余は寛大な女王ではあるが、お前の自由を許すのも今日までであるぞ!」

 無邪気な声をあげ、ララよりも低い位置から白い手が伸ばされる。
 小さく悲鳴をあげてララが身を引いたと同時に、私はその白い手を払っていた。

 ララの手を、取らせてはいけない。

 このエンディングは、ある条件を満たすことでノーマルエンドから派生する。
 その条件とは、特定の日の夜に任意の場所で白の女王陛下と会う、という、狙わなければ発生させることが難しいものだった。
『白の女王執愛エンド』と呼ばれるこのエンディングは、こう締めくくられる。



『真っ赤な目をした少年は白の女王陛下と名乗り、私に向けて無邪気に微笑んだ。
「ララ!やっと戻ったか!余は寛大な女王ではあるが、お前の自由を許すのも今日までであるぞ!」
 駆けながら言われた言葉は意味がわからない。
 しかし伸ばされた白い手に掴まれ引っ張られ、向かう先は汚れのない白亜の、白の国の城だ。
 え? どうして? 今日は元の世界に帰してくれる約束のはず。
「さあ、今日からここがお前の家になる。余の側仕えとなること、誇りに思うがいい」
 得意満面の笑顔はとても可愛いのに、真っ赤な血の色の瞳にぞくりと肌が粟立った。
 私は家に帰りたいの。誰か、誰か助けて!
 しかし助けを求めて振り返るも、誰も助けてなどくれなかった。
 不気味な白のジャックが「諦めなさい……あなたはもう帰れない」と囁いた……。』



 これは──バッドエンド、だ。
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