ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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「では、女王陛下。ララを元の世界へと帰してやっていただけますか」

 女王陛下の機嫌が良くなった頃を見計らったのか、ルーファスがララを指し示して言った。

「そうだな……」

 まだ未練はあるようだが女王陛下は頷いてくれて、ほっと胸を撫で下ろす。
 ララに対する執着はもちろんクッキーだけではないはずだ。女王陛下ルートには、ララとの初対面でクッキーを食べながら一緒にベンチに座ってお喋りするスチルがあった。母を亡くしたばかりで寂しかった女王陛下には、それは手放し難い時間だったのだろう。

「あ、あの……!」

 慌てた高い声に、何事かと声の主へと視線が集まる。
 声を上げたララは勢いよく立ち上がり、頭を下げた。

「ごめんなさい!」

 思わずみんなと目を見合わせてしまった。
 何に対する謝罪なのか、と。
 ララはそれはもう気まずげな表情で、私に一度視線を合わせ、ルーファスの前に立った。

「エルザさんが怪我をしたのは、私を元の世界に帰すため、です。そしてこんなにも大怪我をしたのに、約束通り帰られるように白の女王陛下と話をしてくださって……なのに、私……本当にごめんなさい! この世界に残りたいんです! エルザさんとお話ししたいことも聞きたいこともあるし、こんな気持ちで元の世界に帰ったら絶対に後悔する……怪我をさせておいてこんなわがままを言うなんて、断られても仕方ないと分かっているんですが、それでも……ご迷惑でなければ今まで通り城で働かせてもらえませんか。お願いします!」

 一息に言ったララは、再び頭を勢いよく下げた。その桃色の頭を見つめるルーファスは乱雑に頭をかいたが、私はゼンと視線を合わせて少し笑った。
 頭をかくのはルーファスが嬉しさをごまかす時の癖だ。おまけに唇は嬉しそうに、もぞもぞと動いている。

「そんな殊勝な態度を取られると、反応に困るな」

 照れ隠しの言葉に顔を上げたララはムッと眉を寄せていて、ルーファスはそれはもう楽しげな笑いを漏らした。

「なぁ、ララさんよ」
「なんですか?」

 ルーファスは細い肩から前に垂れた桃色の髪を一房すくい上げ、それを親指で撫でた。

「この世界に残るってことは、俺はお前を口説いてもいいってことだな?」

 ペシリと音が鳴り、憤然とした足取りのララが胸に飛び込んできた。

「聞く相手を間違えました。エルザさん、私がこの世界に残ってもいいですか?」
「いいわよ」

 抱きとめた腕に力を込めるも、笑いが止まらない。「わーい!」とわざとらしいほどの大声で騒ぐララと笑い合う。

 ララが残ってくれる。気になることもあるし、こんなに嬉しいことはない。親友として、ルーファスの恋も応援してあげるべきか。

「仕方ない。女を口説くコツは先輩にご教授願うとするかな」
「俺ですか……?」
「その人、それに関しては役に立たないと思いますよ」

 ルーファスがオーウェンの肩を抱くと、私の肩口からララが揶揄う声を上げる。
 そういえば。

「たしかに私、口説かれてないわ」
「ここでそんなこと言わなくていい!」

 オーウェンに怒られて肩をすくめる。
 それでも、一度くらい口説き文句を聞いてみたいなぁと瞳で訴えてみると、オーウェンの顔が真っ赤になってしまった。
 うん。口説く参考にはなりそうにない。

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 制止の声が上がり、手のひらが目の前に掲げられた。

「どうしたの、フェリクス?」

 ヒョロリとした白のジャックは困惑したように眉尻を下げ、言い募ってきた。

「く、口説くって何の話だ! 誰が誰を!」
「ああ、そうか……」

 私は首を傾げたのに、なぜかルーファスやゼンは訳知り顔で頭を振っている。

「誰がって……恋人が、私に……?」
「恋人!?」
「……私に恋人がいたら、そんなにおかしい?」

 聞いたこともないほどの裏返った声に戸惑ってしまう。そりゃあモテないけど……。

「恋人がいるわけないような女だと思われていたなんて」
「そ、そうじゃない! だって……君が!? 何度気持ちを伝えても『友達』だと言う君に! 恋人!?」
「気持ち?」
「ほらぁ!!」

 フェリクスは膝と手をついてうずくまってしまった。そんなフェリクスにノエルがそっと近付き、慰めるように肩を叩いた。

「フェリクスは友達のエルザに恋人が出来たのが寂しいだけなんだよ! ……ね?」
「おかしい、おかしいと思っていたが……やはり貴様の仕業か!!」

 剣の柄に手をかけて叫ぶフェリクスに、ノエルは「え~なんのことか僕にはわからないなぁ」と天使の笑顔で答えている。
 この二人がこんなに仲良しだとは知らなかったなぁ。
 それにしても、気持ち。気持ちねぇ。

「それって、白の国の湖で水遊びしたときに言われたようなこと?」

 今にも剣を抜きそうなフェリクスに尋ねると、本当に嬉しそうに笑いながらにじり寄ってきた。

「そう! それだ! 思い出したか!?」
「思い出したというか……」

 あの時フェリクスに言われたのは――。

『白の国の湖に行かないか。その、とても……とても綺麗なところなんだ。いつかエルザといきたいと思っていたのだが、どうかな』だ。

 水遊びはルーファス達に伝えたらみんなで行くことになった。ハートの国の方達にも声をかけたから、ショーンの水着姿という、レアなものも見れた。
 かつてのスチルにない素晴らしい光景に想いを馳せる。

「楽しかったわね! あの外出嫌いのショーンが水着を着てくれるなんて! いつもいつも裾の長いローブ姿ばかりだったから、肌の白さがもうほんっとに……ほんっとにね、もう……この世界に生まれて良かった! それに尽きる! 水着姿で照れるショーンをこの目で拝めるなんてもうたまんな……じゃなくて、本当に綺麗なところだったわね、うん。あの姿はしっかりと心のフィルムに収めたわ……いい思い出よ、ありがとう!」

 他にも首や体の線の細さや濡れた黒髪から滴り落ちる雫の尊さを語りたかったが、これはすでにレスターと存分に語り合い済みだ。自重しよう。

 手をファインダーの形にしてお礼を言うと、フェリクスは俯いて肩を震わせている。

「どうかした?」

 少し心配になるほどの震えようだ。

「……こ、恋人とは、ハートのジャックか」
「ショーン? 違うわよ。あの子が私を好きになるわけないじゃない」

 攻略対象のショーンはララみたいに可愛い子が好みなのだ。私は完全に当てはまらない。

「ショーンはエルザのこと大好きな友達だって思ってくれてるよ! そっけないのは照れ屋さんなだけなんだよね」
「そうよねぇ。最近やっと仲良くしてくれるようになって嬉しいの」

 手懐けるのに苦労したものだ。
 キラキラ笑顔のノエルと笑い合う。

「またみんなで遊びに行きたいなぁ」
「そうね。どこに行こうかしら。当然、ララも一緒にね」

 まだ腕の中にいるララに笑顔を向けるも、なんとも言えない笑顔を返された。

「そうか……ハートのジャックも被害者か……」
「あれが、スペードの不落城の異名の元です」
「本人は不落城の刺客と呼ばれているがな」
「俺、明日にでも川の底に沈んでいたりしませんよね……兄上が止めてくださいますよね……?」
「あいつ、兄ちゃんよりつえーからなぁ……」
「ちょっと。なんの話よ?」

 刺客だとか川の底だとか、やけに物騒な言葉が並んでいる。

「不落城?」
「エルザは気にしなくて良い。君の友人となれたことに対する感謝を、スペードの皆様に伝えていたところだ」
「私の友人の話でどうしてそんなに物騒な単語が出てくるのよ」

 私の印象に関わる問題だ。更に問い詰めようとしたら、くいと裾を引かれて振り向くも誰もいない。視線を下にずらせば、真剣な眼差しの赤い瞳があった。
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