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第二章
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場がシンと静まり、くすりと小さい笑い声がした。
「確かに傷は一つでしたねぇ。右の肩から左の腰へと、なんとも思い切りの良い傷が」
ダイヤのクイーン、テディだ。暗くジメジメした男は、ニヤついた顔を私に向ける。しかしその表情は、どこか安堵したかに見えて、首を傾げそうになった。
隣に座るルーファスさんが、膝に肘をついて嘲るように笑った。
「と、いうわけだ。困ったな? 三国の10の意見が真っ二つだ。これについてお前はどう考える? ダイヤのキング」
問われたダイヤのキングは、どこか諦めを滲ませる疲れた表情で笑みを浮かべた。
「分かった。スペードの10を解放」
「待ってよ!!」
ダイヤのキングの声を甲高い声が遮った。
「白の国には女王とジャックしかいないじゃないの!! でまかせ言わないでよ!!」
「知らせを聞いていらっしゃらないのですか。私は確かに白の女王陛下より10の位を賜りました。これが、その証です」
胸元のカメオを押さえる。
これはあのお茶会の後、白の女王陛下が手紙とともに送ってきてくれたものだ。
手紙には改めての謝罪と、10の位を新設したという知らせ。これは余の初めての仕事なのだという、どこか胸を張ったような文章が書かれていて和んだ。
心の中で、あの小さな女王陛下に頭を下げる。
これがあるから、私にもエルザさんを助けられる。
「そして、私が現場にいたことは、あなたが一番よくご存じのはず。違いますか?」
「……っアーノルド! あなたまさか、わたしよりもこの女の言うことを信用するの!? スペードの10とララが、二人で嘘をついてるのかもしれないじゃない!!」
答えたのはニヤケ顔のダイヤのクイーンだ。
「それはあなたも同じですよ、ソフィア。あなたと同じ10のお二人は、あなたが嘘をついていると仰っている。ならば、我々はどちらを取らなければならないか。お分かりですよね、キング?」
ダイヤのクイーンが自国のキングに目を向け、ソフィアは激しくダイヤのクイーンを睨みつけた。
「テディ。あなた、わたしを裏切るの」
「とんでもない。ただ、私はダイヤのクイーンです。他国との関係をより良く保つのも私の役目。心を鬼にして申し上げておるのですよ。マイハニー」
ゲームにおいて、ダイヤのクイーン、テディは大嘘つきの野心家だった。ダイヤの国のルートでは、アリーやジャック、そしてヒロインを裏切るのだ。
でも、その裏切りの理由はダイヤの国を守るためだった。もしかして、この人……。
「それで。どうなんです、キング。エルザ殿は早急にお返しするべきだと、私は思いますがねぇ」
「ダメよ! あんなの、わたしが嘘をついた証拠にはならない!! アーノルド、お願い。信じて。『正しいことをしてきた』あなたなら、わたしを信じてくれるわよね!?」
ダイヤの二人が、キングへと詰め寄る。傍目にもアリーは汗をかき、追い詰められているように見えた。
「アリー」
隣から、低く、響くような声がした。
「その女を黙らせろ。耳障りだ。もう一度言うぞ。俺の10を、ここに連れてこい」
それはとても静かで、厳かな、キングとしての威厳に満ちた命令だった。
煩く騒ぐソフィアすら、口を噤むほどに。
しかし追い詰められていたはずのダイヤのキングは、乾いた笑みを溢した。それはどことなく自嘲めいた笑みで。
「あなたは、いいわよね。ルーファス。頼れる幼馴染や弟がいて。エルザまで……」
ぐいとソフィアを胸に抱き寄せたダイヤのキングは、ルーファスさんを睨みつけた。
「他国の10がなんと言おうが、私は自国の10を信じる。もしもスペードの10が犯人でないと言うなら、真犯人を、私の前に連れてきなさい」
「そんな……っ!」
私は嘘なんて付いていない。他国の、それも中立である白の国の10の証言でもダメだっていうの?
言い募ろうと立ち上がる私は、ルーファスさんの手に遮られた。
「……それが、お前の答えか。それで、いいんだな」
「ええ。ソフィアは私を救ってくれたわ。だから私は、ソフィアを信じる」
先ほどまで追い詰められて狼狽えていたダイヤのキングが、今は真っ直ぐにルーファスさんを睨みつけている。
隣から「そうか」という言葉が溢れ落ちた。
「……残念だ。ダイヤのキング」
ルーファスさんの重い一言で、私は思い出した。ここに来る前に、ルーファスさんが言った言葉を。
『戦争でもなんでも、してやろうじゃねぇか』
そんな。まさか、本当に……。
「これは貸し二つでは効かないなぁ……あの人には頭が上がりませんねぇ、ほんと」
緊張感の高まる部屋の中で、ため息混じりの声がした。
声の主に視線が集中する。ダイヤのクイーンはニヤけた顔で、四つ折りの紙を取り出した。
「スペードのキング。こちらはスペードの10からお預かりした、貴方へのお手紙でございます。お納めください」
「……手紙?」
誰もが動きを止めた中で、ダイヤのクイーンだけがするすると泳ぐように動き、ルーファスさんに、恭しく手紙を手渡した。
失礼にならないよう気を付けて、手紙を覗き込む。
『落ち着いて、左側に目を向けなさい。私はこのスイートルーム、結構気に入ってるわよ。今のところはね。 エルザ』
左側……?
ちらりと、右に座るルーファスさんが私に目を向けて、息を吐いた。
「5」
「確かに10の筆跡に間違いありません。……ふざけた暗号まで入れてあります」
後半は小声だった。
「愛の言葉でも書いてやがるか」
「……ご想像にお任せします」
ルーファスさんは一つ、舌打ちして、呆気にとられた様子のダイヤのキングに目を向けた。
その目はいつもの楽しげな目をしていて、後ろにいる三人も、少し安堵した様子に思える。
体から力が抜けた。
エルザさんは本当にすごい。こんな簡潔な手紙一つで、ルーファスさんが笑ってる。
「今日はこちらに泊めてもらおうか。スペード側でも事件を調べさせてもらう」
「わかったわ。あなた方には、その権利があるものね」
「ああ。……お前はそっちの話し方が、しっくり来るな」
「……っ」
言葉を詰まらせたダイヤのキングを置いて、ルーファスさんはすっと立ち上がる。すぐにダイヤの10が部屋へと案内すると言い出した。
それをルーファスさんはにべもなく断り、ダイヤのクイーンに案内を頼んでいる。
「待て」
突然、大きな声がしてびくりと体が震えた。
ルーファスさんが私の前に出て来る。その動きは、何かから庇おうとしてくれているみたいだった。
「つまり、テディはソフィアを裏切ったということか?」
「……私は当然ソフィア嬢の愛の僕ですが、これは国の重鎮として動いたまでですよ。ジェイク君」
ダイヤのジャック、ジェイクは単純おバカなキャラだった。それなのに怪力の持ち主でタチが悪い、という。
「ならばなぜ、ソフィアの部下を殺したエルザの手紙なんか預かるんだ? お前はよく分からんことを言うが……今回のはさすがに分かるぞ。お前はエルザのスパイだ」
「ったく……この単純バカが……っ」
憎々しげに呟いたダイヤのクイーンの左手に風の渦が現れた。
ダイヤのジャックは背負った大刀を抜き去り、そのままの勢いでダイヤのクイーンへと振り下ろし──。
「ノエル」
ガンという打ち付けた音がして、閉じた目を恐る恐る開いた。
大刀は、二つの剣のうち一つを抜いたノエル君によって、受け流されたらしい。床のカーペットに突き刺さっている。
「……ちょうど、イライラしてたんだ。僕が相手してやろうか。ダイヤのジャック」
「ノエル……お前がなぜテディを庇う」
「兄さんの指示だ。僕が知るか」
いつもとは違う、冷たく落ち着いた声音は、どこかルーファスさんのようであり、エルザさんにも似ていた。
「ジェイク、下がりなさい。テディはお使いしただけよ」
ダイヤのキングの言葉で、ジェイクは渋々剣を下げた。
「……では、改めて部屋へと案内頼めるかな。ダイヤのクイーン。貸しは三つ、いや四つだな」
「負債ばかりが増えますねぇ……感謝します。あれは私には避けられませんので」
「白の10に、グロテスクなもん見せるわけにいかねぇからな。……ああ、そうだ。アリー」
部屋を出ようとしたところで、ルーファスさんが何かを思い出したように立ち止まった。
「せめて10の様子くらいは確認させてくれてもいいだろう。うちの5に見に行かせる」
「……もちろんよ。今すぐかしら?」
「ああ。オーウェン、一人で構わないな?」
「はい。もしも戻らなければ捨て置いてください」
「んなことするかよ。……頼んだ」
ルーファスさんがオーウェンさんの肩を叩く。オーウェンさんはダイヤのキングの元へと一歩踏み出し──。
「……どうして、オーウェンがスペードの国にいるの……?」
……えっ?
信じられないものを見たような声音で言ったのは──ソフィアだ。
同じく彼女の声が聞こえたらしい、ルーファスさんと目が合った。首を傾げられて、私も同じ動きを返す。
オーウェンさんはクローバーの国の出身だって、エルザさんから聞いたことがある。ソフィアと、知り合いなの?
しかしオーウェンさんもまた、ソフィアを見て訝しげな表情をしている。
集まる視線に、しまったとでも言うようにソフィアは目を逸らし、部屋から出て行った。
「確かに傷は一つでしたねぇ。右の肩から左の腰へと、なんとも思い切りの良い傷が」
ダイヤのクイーン、テディだ。暗くジメジメした男は、ニヤついた顔を私に向ける。しかしその表情は、どこか安堵したかに見えて、首を傾げそうになった。
隣に座るルーファスさんが、膝に肘をついて嘲るように笑った。
「と、いうわけだ。困ったな? 三国の10の意見が真っ二つだ。これについてお前はどう考える? ダイヤのキング」
問われたダイヤのキングは、どこか諦めを滲ませる疲れた表情で笑みを浮かべた。
「分かった。スペードの10を解放」
「待ってよ!!」
ダイヤのキングの声を甲高い声が遮った。
「白の国には女王とジャックしかいないじゃないの!! でまかせ言わないでよ!!」
「知らせを聞いていらっしゃらないのですか。私は確かに白の女王陛下より10の位を賜りました。これが、その証です」
胸元のカメオを押さえる。
これはあのお茶会の後、白の女王陛下が手紙とともに送ってきてくれたものだ。
手紙には改めての謝罪と、10の位を新設したという知らせ。これは余の初めての仕事なのだという、どこか胸を張ったような文章が書かれていて和んだ。
心の中で、あの小さな女王陛下に頭を下げる。
これがあるから、私にもエルザさんを助けられる。
「そして、私が現場にいたことは、あなたが一番よくご存じのはず。違いますか?」
「……っアーノルド! あなたまさか、わたしよりもこの女の言うことを信用するの!? スペードの10とララが、二人で嘘をついてるのかもしれないじゃない!!」
答えたのはニヤケ顔のダイヤのクイーンだ。
「それはあなたも同じですよ、ソフィア。あなたと同じ10のお二人は、あなたが嘘をついていると仰っている。ならば、我々はどちらを取らなければならないか。お分かりですよね、キング?」
ダイヤのクイーンが自国のキングに目を向け、ソフィアは激しくダイヤのクイーンを睨みつけた。
「テディ。あなた、わたしを裏切るの」
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でも、その裏切りの理由はダイヤの国を守るためだった。もしかして、この人……。
「それで。どうなんです、キング。エルザ殿は早急にお返しするべきだと、私は思いますがねぇ」
「ダメよ! あんなの、わたしが嘘をついた証拠にはならない!! アーノルド、お願い。信じて。『正しいことをしてきた』あなたなら、わたしを信じてくれるわよね!?」
ダイヤの二人が、キングへと詰め寄る。傍目にもアリーは汗をかき、追い詰められているように見えた。
「アリー」
隣から、低く、響くような声がした。
「その女を黙らせろ。耳障りだ。もう一度言うぞ。俺の10を、ここに連れてこい」
それはとても静かで、厳かな、キングとしての威厳に満ちた命令だった。
煩く騒ぐソフィアすら、口を噤むほどに。
しかし追い詰められていたはずのダイヤのキングは、乾いた笑みを溢した。それはどことなく自嘲めいた笑みで。
「あなたは、いいわよね。ルーファス。頼れる幼馴染や弟がいて。エルザまで……」
ぐいとソフィアを胸に抱き寄せたダイヤのキングは、ルーファスさんを睨みつけた。
「他国の10がなんと言おうが、私は自国の10を信じる。もしもスペードの10が犯人でないと言うなら、真犯人を、私の前に連れてきなさい」
「そんな……っ!」
私は嘘なんて付いていない。他国の、それも中立である白の国の10の証言でもダメだっていうの?
言い募ろうと立ち上がる私は、ルーファスさんの手に遮られた。
「……それが、お前の答えか。それで、いいんだな」
「ええ。ソフィアは私を救ってくれたわ。だから私は、ソフィアを信じる」
先ほどまで追い詰められて狼狽えていたダイヤのキングが、今は真っ直ぐにルーファスさんを睨みつけている。
隣から「そうか」という言葉が溢れ落ちた。
「……残念だ。ダイヤのキング」
ルーファスさんの重い一言で、私は思い出した。ここに来る前に、ルーファスさんが言った言葉を。
『戦争でもなんでも、してやろうじゃねぇか』
そんな。まさか、本当に……。
「これは貸し二つでは効かないなぁ……あの人には頭が上がりませんねぇ、ほんと」
緊張感の高まる部屋の中で、ため息混じりの声がした。
声の主に視線が集中する。ダイヤのクイーンはニヤけた顔で、四つ折りの紙を取り出した。
「スペードのキング。こちらはスペードの10からお預かりした、貴方へのお手紙でございます。お納めください」
「……手紙?」
誰もが動きを止めた中で、ダイヤのクイーンだけがするすると泳ぐように動き、ルーファスさんに、恭しく手紙を手渡した。
失礼にならないよう気を付けて、手紙を覗き込む。
『落ち着いて、左側に目を向けなさい。私はこのスイートルーム、結構気に入ってるわよ。今のところはね。 エルザ』
左側……?
ちらりと、右に座るルーファスさんが私に目を向けて、息を吐いた。
「5」
「確かに10の筆跡に間違いありません。……ふざけた暗号まで入れてあります」
後半は小声だった。
「愛の言葉でも書いてやがるか」
「……ご想像にお任せします」
ルーファスさんは一つ、舌打ちして、呆気にとられた様子のダイヤのキングに目を向けた。
その目はいつもの楽しげな目をしていて、後ろにいる三人も、少し安堵した様子に思える。
体から力が抜けた。
エルザさんは本当にすごい。こんな簡潔な手紙一つで、ルーファスさんが笑ってる。
「今日はこちらに泊めてもらおうか。スペード側でも事件を調べさせてもらう」
「わかったわ。あなた方には、その権利があるものね」
「ああ。……お前はそっちの話し方が、しっくり来るな」
「……っ」
言葉を詰まらせたダイヤのキングを置いて、ルーファスさんはすっと立ち上がる。すぐにダイヤの10が部屋へと案内すると言い出した。
それをルーファスさんはにべもなく断り、ダイヤのクイーンに案内を頼んでいる。
「待て」
突然、大きな声がしてびくりと体が震えた。
ルーファスさんが私の前に出て来る。その動きは、何かから庇おうとしてくれているみたいだった。
「つまり、テディはソフィアを裏切ったということか?」
「……私は当然ソフィア嬢の愛の僕ですが、これは国の重鎮として動いたまでですよ。ジェイク君」
ダイヤのジャック、ジェイクは単純おバカなキャラだった。それなのに怪力の持ち主でタチが悪い、という。
「ならばなぜ、ソフィアの部下を殺したエルザの手紙なんか預かるんだ? お前はよく分からんことを言うが……今回のはさすがに分かるぞ。お前はエルザのスパイだ」
「ったく……この単純バカが……っ」
憎々しげに呟いたダイヤのクイーンの左手に風の渦が現れた。
ダイヤのジャックは背負った大刀を抜き去り、そのままの勢いでダイヤのクイーンへと振り下ろし──。
「ノエル」
ガンという打ち付けた音がして、閉じた目を恐る恐る開いた。
大刀は、二つの剣のうち一つを抜いたノエル君によって、受け流されたらしい。床のカーペットに突き刺さっている。
「……ちょうど、イライラしてたんだ。僕が相手してやろうか。ダイヤのジャック」
「ノエル……お前がなぜテディを庇う」
「兄さんの指示だ。僕が知るか」
いつもとは違う、冷たく落ち着いた声音は、どこかルーファスさんのようであり、エルザさんにも似ていた。
「ジェイク、下がりなさい。テディはお使いしただけよ」
ダイヤのキングの言葉で、ジェイクは渋々剣を下げた。
「……では、改めて部屋へと案内頼めるかな。ダイヤのクイーン。貸しは三つ、いや四つだな」
「負債ばかりが増えますねぇ……感謝します。あれは私には避けられませんので」
「白の10に、グロテスクなもん見せるわけにいかねぇからな。……ああ、そうだ。アリー」
部屋を出ようとしたところで、ルーファスさんが何かを思い出したように立ち止まった。
「せめて10の様子くらいは確認させてくれてもいいだろう。うちの5に見に行かせる」
「……もちろんよ。今すぐかしら?」
「ああ。オーウェン、一人で構わないな?」
「はい。もしも戻らなければ捨て置いてください」
「んなことするかよ。……頼んだ」
ルーファスさんがオーウェンさんの肩を叩く。オーウェンさんはダイヤのキングの元へと一歩踏み出し──。
「……どうして、オーウェンがスペードの国にいるの……?」
……えっ?
信じられないものを見たような声音で言ったのは──ソフィアだ。
同じく彼女の声が聞こえたらしい、ルーファスさんと目が合った。首を傾げられて、私も同じ動きを返す。
オーウェンさんはクローバーの国の出身だって、エルザさんから聞いたことがある。ソフィアと、知り合いなの?
しかしオーウェンさんもまた、ソフィアを見て訝しげな表情をしている。
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