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第二章
20
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先ほどの青年、グレンも去って、お堅そうな中年男性の見張りと変わってしまった。こうなったらもう、寝るしかすることがない。
横になって静かに水滴の音を数えて。言われた通りに恋人のことだけを考えて目を閉じれば、すぐに心地よい睡魔がやってきた。
どのくらいそうしていたか。
足音で目が覚めた。起きたことに気付かれないようにそのままの姿勢で、耳をそばだてる。
「私が見張るから、あなたはもう下がっていいわよ」
「恐れながら、10より決して目を離すなと指示を受けております。ご容赦を」
「………………職務に熱心なのはいいことね。けれど明日のあなたのお仕事は、新しい職を探すことになるかもしれないわよ」
「…………」
「下がりなさい。命令よ」
聞き覚えのある声が、いくらか疲れた様子で命令を出した。
一人分の足音は、未練たらしく離れるのに躊躇しているらしい。もう一度、命令だと言われてからやっと、離れていった。
「アリー」
起き上がって声をかけると、声の主の一人が体をぴくりと震わせた。
「……エルザ。起きてたの」
「足音で起きるわよ。見くびらないで欲しいわね」
すっかり憔悴した様子のダイヤのキングが、蝋燭だけの頼りない灯の中で所在なげに立っている。
沈黙が、降りる。
「……用がないなら、帰ってくれる? 就寝の邪魔よ」
鞭を打つようにピシリと言えば、アリーの鳶色の瞳が悲しげに歪んだ。
「そうよね……怒ってるわよね……」
「当たり前でしょう。無実の罪でこんなところに入れられて、怒らない人なんていると思う?」
「……思わないわ」
再びの沈黙。
謝罪にでもきたのかと思ったけど、違うのかしら。かと言って、私から話題を振るのも癪だわ。
「………………さっきの、聞いてたでしょう……?」
このままだんまりが続くようなら寝てしまおうと考え始めた頃、ようやくアリーは口を開いた。
「さっきのって?」
「ソフィアの部下が、私の命令を聞かなかったでしょう」
「ああ……」
スペードではあり得ないことだった。10の部下が、キングの命令を拒否する、なんて。
……いや、私の部下ならルーファスともアカデミーで同期の子もいるし、素気無く断ってることはあるけど、時と場合に寄るわよね。
今のを見る限りでは、完全にアリーはソフィアの部下から軽んじられている。
「あなたがここでどう思われていようが、それが私に関係ある? 囚人扱いの私に」
冷たい言い方かもしれない。けど、私も多少心が疲れていて、言葉を柔らかくしてあげる余裕がない。寝起きで機嫌が悪いともいうけど。
「…………ソフィアが城に来てから、全てが上手くいっていたのよ……いつも適当に返事をするだけのテディと意見を交わして、体を動かすことしか出来ないジェイクも言うことを聞いてくれるようになって……」
アリーの悩みは、クイーンやジャックとの不仲だった。おまけにクイーンであるテディが裏切って、心がズタボロになったところをヒロインに救われるのだ。
でも決して三人は嫌い合っていたわけではない。テディは野心家だから上司であるアリーと衝突することが多いけど、愛国心は人一倍強い人だった。ジェイクは……お馬鹿なりに、二人を支えられるよう体を鍛えていただけだ。
そんなすれ違った三人をまとめるのがゲームではヒロインだったわけだけど、それをソフィアがストーリー通りに進行したわけだ。
……ゲームにはない、ハーレムエンドになるよう好感度を調整して。
「なのに、おかしいのよ……あの子、私以外にも、好きだって言ってる……ジェイクはもうソフィアの言うことしか聞かないし、テディは……ソフィアを裏切ったわ。エルザの肩を持つつもりのようね……」
「……さぁ。あの人の考えは昔から分からないから。あの手紙は強要されて書いただけよ」
事実に嘘を混ぜて。テディの身に危険が及ばないように答える。
来てくれたオーウェンが、迎えではなかったということは、話し合いは決裂したということだ。
アリーは、白の10の証言をもってしても、ソフィアを取った。
今は、このダイヤのキングを信用できない。
キラリとアリーの目元が蝋燭の明かりに照らされて光った。
「私、テディが羨ましかった……ソフィアに縋ることなく意見を言って、対立して……あなた側についたわ……私だって、本当はエルザを信じてるのに、ソフィアのことを手放せなくて……」
そっとベッドから降りて、アリーに近づいた。嗚咽を漏らす友人をこれ以上一人にはできなかった。
「信じてくれたなら嬉しいわよ。私は」
「ごめんなさい、エルザ……ごめんなさい……」
鉄格子の隙間から手を出して、細い肩を撫でる。
謝るアリーを慰める言葉を、私は知ってる。だけど、私は、アリーの恋人になりたいわけじゃない。友達でいたかっただけだ。
「ソフィアは、アリーが欲しい言葉を言っているだけよ。あなたを、自分の言いなりにするためにね。……もう、分かってるんじゃないの?」
「……分かってるわ……だってあの子、言ってたもの……『次は』スペードだって」
…………え?
「つ、次はって、何……?」
「私達を手中に収めたから、じゃないかしら……次はルーファス達を籠絡させるつもりなのよ……」
「そんな!!」
どういうこと!? オーウェンはスペードのみんなに興味を持たなかったって……そうか。嘘をついたんだ。私が不安がるから。あの人の優秀さを甘く見てたわ……全く気付かなかった。
スペードの三人があんな女に易々と攻略されるとは思えないけど、それでもふつふつと不安が生まれていく。
無印にも2にもハーレムエンドは存在しなかった。だから、アリーは自分以外に愛を囁くソフィアへの信用を失いかけて苦しんでいる。……もしもあの三人がソフィアに攻略されたら……ソフィアを取り合って、仲違いするの? あんなにも仲の良い三人がそんなことになるなんて……。
いえ、大丈夫よ。私にはララとオーウェンがいるし、あの三人の結束は、ゲームの時よりも硬い。
……今は、アリーをソフィアから引き離すことだけ考えよう。
「ルーファス達なら大丈夫よ。あんな変な女に何を言われたって、びくともしないわ」
「変な女って……一応、私の恋人なんだけど……」
「向こうはそうは思っていないだろうけどね」
アリーは言葉を詰まらせて、またじわりとノーメイクの瞳に涙が浮かんだ。
「……あの子、私の話し方が嫌だって……服装も……ルーファスみたいなキングがいいって……言ったのよ……なんだか、あの子といると、どんどんと自分が自分じゃなくなっていくみたいだった」
……ルーファスみたいな……?
言われてみれば、男性言葉のアリーはどことなくルーファスに似せていたような気がする。
気になるが、今は頭の端に押しやった。
「私はアリーの、好きなことをしている姿が好きだったわ」
まさにゲームのエンディングのように、何があっても好きなことを貫いて欲しかった。……好きな子に言われて自分を変えるのもまた、愛だとは思うけど。
「そうよね……エルザなら、そう言ってくれるわよね……なのに、私はあなたを裏切って……」
ポロポロと涙を流すアリーに、沸いた感情は──怒りだ。
パシンと。静かな地下で、音が反響した。
「泣かないの! 一番泣きたいのは、誰?」
両頬に響いた痛みに、アリーは呆然としている。涙は止まったみたいだ。
「……エルザだわ」
「でしょう? 私は泣いてないのに、どうしてアリーが泣くのよ。……いいわ。許してあげる。その代わり、あなたもソフィアを裏切って、私に着くのよ」
テディはすでに裏切りがソフィアに知られてしまっている。けど、アリーならまだ、私の元に訪れた言い訳は効くはずだ。
「ソフィアからここの鍵を奪ってちょうだい。そうしないと、私はいつまでもここから出られないのよ」
私はララとオーウェンを、ルーファス達を信じてる。
けど、だからといってのんびりしてるわけにもいかない。
「ルーファス達とこっそりやり取り出来るならいいけど……きっとあなたを信用しないわね。一人でやるのよ」
「……わかった。エルザをこれ以上、こんなところにいさせるわけにいかないものね。けど、あの子、鍵をずっと肌身離さず持ってるのよ。どうしたら……」
「ベッドでならさすがに手放すでしょう? 脱ぐんだから」
アリーは呆気に取られたような顔でポカンと口を開けたまま固まってしまった。……さすがに、このやり方はアリーに悪いかな。
「………………エ、エルザでも、そんなこと言うのね……」
「私をいくつだと思ってるのよ。もう大人だし……こ、恋人だっているんだから」
子供扱いされてるわけじゃないのだろうけど、友人に信じられないものを見たような目で見られるのは少し恥ずかしい。
しかし拗ねた私の返事を聞いたアリーは、さらに信じられないものを見たように、目を大きく見開いた。
「恋人!? ちょ、ちょっと、聞いてないわよ!?」
「この間のお茶会で言おうと思ってたのよ! トラブルがあって言えなかったけど……そうだった。あの時は助けてくれてありがとう。お陰で今も生きてるわ」
「そう! あんたって子はほんとに何してんのよ! あれでよく生きて帰ってこられ……ってそんなことどうでもいいわよ!! 一体恋人って誰……もちろんルーファス達じゃないでしょうから……エルザの恋人になれそうな人……ま、まさかあの軽薄なスペードの9じゃないでしょうね!?」
アリーは混乱したように一人で話し続け、今も「いやあの人だって悪い人じゃないのはわかってるけど、でもエルザの相手にするにはちょっと」と赤い顔で言い続けている。
「レグなわけないでしょう。…………5で補佐の、オーウェンよ」
「オーウェン!? やだっ、優良物件じゃない!! うちでも人気が高くて、今回も侍女達が浮き足立ってたのよ! エルザも意外と見る目あるわねぇ!!」
「意外とってね……とりあえずその浮き足立ってた侍女達をリストアップしてもらえる? 恋人の不在に馬鹿なこと考えないよう釘刺しとくから」
「イヤよ! うちの侍女達に何する気よ! あなたの釘って太くて痛そうね!!」
笑顔で言えば、赤い顔で拒絶される。二人で同時に噴き出した。
そうそう。アリーってこんな感じだった。貴重な女友達って感じで。
「……私、やっぱりエルザとこうして話してる方が楽しいわ」
「私も同じこと考えてた。あとね、ここから出られたら友達も紹介させて。白の10のララがあなたに会いたかったんですって」
……アリーのあまりの醜態に、もうすっかり推しではなくなってる可能性が高いけど……。
それはアリーも分かってるようだった。寂しそうに笑うだけで返事にされてしまった。
「なるべく早く、エルザをここから出すわ。……ジェイクの目も覚ませればいいんだけど、あの怪力馬鹿はソフィアが抱え込んじゃっててね……情けないけど、手も足も出ないのよ」
「そうねぇ……ノエルがいる今なら抑えも効くだろうけど……そこまで行くともう、戦争になりかねないわね」
なんとか、穏便にソフィアを半殺しで済ませたいところだ。でもジェイクは正義感のある怪力馬鹿だから、ソフィアを庇うだろう。
「とにかくアリーは、私に着いたことがソフィアにバレないようにして、なるべく早く鍵を奪って来てちょうだい。ルーファス達をこれ以上怒らせないようにね」
「わかったわ。……エルザと話せてよかった」
「私もよ。今度、ゆっくり惚気させて。オーウェンは本当に素敵なのよ」
わざと戯けると楽しげに笑ってくれる。アリーの笑顔は美人で綺麗で、大好きだ。
あまり長くいるわけにもいかないと、アリーは名残惜しそうに戻っていった。
なんだか友人にスパイのようなことをさせてしまうけど、こればっかりは仕方ない。
「ふぁ……」
あくびが出て、体を伸ばす。一つ、心配事が消えて、気持ちが楽になった。……ああいや、ソフィアがルーファス達を狙ってるんだったわ。忘れてた。
一つ心配事が消えて、一つ増えた。
「ふぅ……」
一つ、息を吐き出した。
コキコキと首を鳴らし、牢の中を歩いて、扉から十分離れる。左手に魔力を集中させた。
轟々とした風の音が反響して重く響き、頭を振って霧散させた。
さすがに鉄格子の扉は、魔法では壊せない。……何度も当てればいけるかもしれないが、焦らないで落ち着こう。無実なのに脱獄はよくない。
ああ、さっきのグレン君が戻ってきてくれないかしら。久しぶりに見た、いいピュア系弟属性だったのに。
大好物を思い出して、ベッドに横たわる。
それでも、なかなか寝付けそうにない。
ルーファスみたいなキングに、ということは、ソフィアはルーファスが好きなんだわ。もしかしたら、スペードが好きだったのかも。……だから、私が邪魔だったのね。私がいなければ、スペードを支配できると思ったんだわ。
自分でも驚くほど大きな舌打ちが漏れる。それは静かになった地下牢で、耳障りなほどよく、響いた。
横になって静かに水滴の音を数えて。言われた通りに恋人のことだけを考えて目を閉じれば、すぐに心地よい睡魔がやってきた。
どのくらいそうしていたか。
足音で目が覚めた。起きたことに気付かれないようにそのままの姿勢で、耳をそばだてる。
「私が見張るから、あなたはもう下がっていいわよ」
「恐れながら、10より決して目を離すなと指示を受けております。ご容赦を」
「………………職務に熱心なのはいいことね。けれど明日のあなたのお仕事は、新しい職を探すことになるかもしれないわよ」
「…………」
「下がりなさい。命令よ」
聞き覚えのある声が、いくらか疲れた様子で命令を出した。
一人分の足音は、未練たらしく離れるのに躊躇しているらしい。もう一度、命令だと言われてからやっと、離れていった。
「アリー」
起き上がって声をかけると、声の主の一人が体をぴくりと震わせた。
「……エルザ。起きてたの」
「足音で起きるわよ。見くびらないで欲しいわね」
すっかり憔悴した様子のダイヤのキングが、蝋燭だけの頼りない灯の中で所在なげに立っている。
沈黙が、降りる。
「……用がないなら、帰ってくれる? 就寝の邪魔よ」
鞭を打つようにピシリと言えば、アリーの鳶色の瞳が悲しげに歪んだ。
「そうよね……怒ってるわよね……」
「当たり前でしょう。無実の罪でこんなところに入れられて、怒らない人なんていると思う?」
「……思わないわ」
再びの沈黙。
謝罪にでもきたのかと思ったけど、違うのかしら。かと言って、私から話題を振るのも癪だわ。
「………………さっきの、聞いてたでしょう……?」
このままだんまりが続くようなら寝てしまおうと考え始めた頃、ようやくアリーは口を開いた。
「さっきのって?」
「ソフィアの部下が、私の命令を聞かなかったでしょう」
「ああ……」
スペードではあり得ないことだった。10の部下が、キングの命令を拒否する、なんて。
……いや、私の部下ならルーファスともアカデミーで同期の子もいるし、素気無く断ってることはあるけど、時と場合に寄るわよね。
今のを見る限りでは、完全にアリーはソフィアの部下から軽んじられている。
「あなたがここでどう思われていようが、それが私に関係ある? 囚人扱いの私に」
冷たい言い方かもしれない。けど、私も多少心が疲れていて、言葉を柔らかくしてあげる余裕がない。寝起きで機嫌が悪いともいうけど。
「…………ソフィアが城に来てから、全てが上手くいっていたのよ……いつも適当に返事をするだけのテディと意見を交わして、体を動かすことしか出来ないジェイクも言うことを聞いてくれるようになって……」
アリーの悩みは、クイーンやジャックとの不仲だった。おまけにクイーンであるテディが裏切って、心がズタボロになったところをヒロインに救われるのだ。
でも決して三人は嫌い合っていたわけではない。テディは野心家だから上司であるアリーと衝突することが多いけど、愛国心は人一倍強い人だった。ジェイクは……お馬鹿なりに、二人を支えられるよう体を鍛えていただけだ。
そんなすれ違った三人をまとめるのがゲームではヒロインだったわけだけど、それをソフィアがストーリー通りに進行したわけだ。
……ゲームにはない、ハーレムエンドになるよう好感度を調整して。
「なのに、おかしいのよ……あの子、私以外にも、好きだって言ってる……ジェイクはもうソフィアの言うことしか聞かないし、テディは……ソフィアを裏切ったわ。エルザの肩を持つつもりのようね……」
「……さぁ。あの人の考えは昔から分からないから。あの手紙は強要されて書いただけよ」
事実に嘘を混ぜて。テディの身に危険が及ばないように答える。
来てくれたオーウェンが、迎えではなかったということは、話し合いは決裂したということだ。
アリーは、白の10の証言をもってしても、ソフィアを取った。
今は、このダイヤのキングを信用できない。
キラリとアリーの目元が蝋燭の明かりに照らされて光った。
「私、テディが羨ましかった……ソフィアに縋ることなく意見を言って、対立して……あなた側についたわ……私だって、本当はエルザを信じてるのに、ソフィアのことを手放せなくて……」
そっとベッドから降りて、アリーに近づいた。嗚咽を漏らす友人をこれ以上一人にはできなかった。
「信じてくれたなら嬉しいわよ。私は」
「ごめんなさい、エルザ……ごめんなさい……」
鉄格子の隙間から手を出して、細い肩を撫でる。
謝るアリーを慰める言葉を、私は知ってる。だけど、私は、アリーの恋人になりたいわけじゃない。友達でいたかっただけだ。
「ソフィアは、アリーが欲しい言葉を言っているだけよ。あなたを、自分の言いなりにするためにね。……もう、分かってるんじゃないの?」
「……分かってるわ……だってあの子、言ってたもの……『次は』スペードだって」
…………え?
「つ、次はって、何……?」
「私達を手中に収めたから、じゃないかしら……次はルーファス達を籠絡させるつもりなのよ……」
「そんな!!」
どういうこと!? オーウェンはスペードのみんなに興味を持たなかったって……そうか。嘘をついたんだ。私が不安がるから。あの人の優秀さを甘く見てたわ……全く気付かなかった。
スペードの三人があんな女に易々と攻略されるとは思えないけど、それでもふつふつと不安が生まれていく。
無印にも2にもハーレムエンドは存在しなかった。だから、アリーは自分以外に愛を囁くソフィアへの信用を失いかけて苦しんでいる。……もしもあの三人がソフィアに攻略されたら……ソフィアを取り合って、仲違いするの? あんなにも仲の良い三人がそんなことになるなんて……。
いえ、大丈夫よ。私にはララとオーウェンがいるし、あの三人の結束は、ゲームの時よりも硬い。
……今は、アリーをソフィアから引き離すことだけ考えよう。
「ルーファス達なら大丈夫よ。あんな変な女に何を言われたって、びくともしないわ」
「変な女って……一応、私の恋人なんだけど……」
「向こうはそうは思っていないだろうけどね」
アリーは言葉を詰まらせて、またじわりとノーメイクの瞳に涙が浮かんだ。
「……あの子、私の話し方が嫌だって……服装も……ルーファスみたいなキングがいいって……言ったのよ……なんだか、あの子といると、どんどんと自分が自分じゃなくなっていくみたいだった」
……ルーファスみたいな……?
言われてみれば、男性言葉のアリーはどことなくルーファスに似せていたような気がする。
気になるが、今は頭の端に押しやった。
「私はアリーの、好きなことをしている姿が好きだったわ」
まさにゲームのエンディングのように、何があっても好きなことを貫いて欲しかった。……好きな子に言われて自分を変えるのもまた、愛だとは思うけど。
「そうよね……エルザなら、そう言ってくれるわよね……なのに、私はあなたを裏切って……」
ポロポロと涙を流すアリーに、沸いた感情は──怒りだ。
パシンと。静かな地下で、音が反響した。
「泣かないの! 一番泣きたいのは、誰?」
両頬に響いた痛みに、アリーは呆然としている。涙は止まったみたいだ。
「……エルザだわ」
「でしょう? 私は泣いてないのに、どうしてアリーが泣くのよ。……いいわ。許してあげる。その代わり、あなたもソフィアを裏切って、私に着くのよ」
テディはすでに裏切りがソフィアに知られてしまっている。けど、アリーならまだ、私の元に訪れた言い訳は効くはずだ。
「ソフィアからここの鍵を奪ってちょうだい。そうしないと、私はいつまでもここから出られないのよ」
私はララとオーウェンを、ルーファス達を信じてる。
けど、だからといってのんびりしてるわけにもいかない。
「ルーファス達とこっそりやり取り出来るならいいけど……きっとあなたを信用しないわね。一人でやるのよ」
「……わかった。エルザをこれ以上、こんなところにいさせるわけにいかないものね。けど、あの子、鍵をずっと肌身離さず持ってるのよ。どうしたら……」
「ベッドでならさすがに手放すでしょう? 脱ぐんだから」
アリーは呆気に取られたような顔でポカンと口を開けたまま固まってしまった。……さすがに、このやり方はアリーに悪いかな。
「………………エ、エルザでも、そんなこと言うのね……」
「私をいくつだと思ってるのよ。もう大人だし……こ、恋人だっているんだから」
子供扱いされてるわけじゃないのだろうけど、友人に信じられないものを見たような目で見られるのは少し恥ずかしい。
しかし拗ねた私の返事を聞いたアリーは、さらに信じられないものを見たように、目を大きく見開いた。
「恋人!? ちょ、ちょっと、聞いてないわよ!?」
「この間のお茶会で言おうと思ってたのよ! トラブルがあって言えなかったけど……そうだった。あの時は助けてくれてありがとう。お陰で今も生きてるわ」
「そう! あんたって子はほんとに何してんのよ! あれでよく生きて帰ってこられ……ってそんなことどうでもいいわよ!! 一体恋人って誰……もちろんルーファス達じゃないでしょうから……エルザの恋人になれそうな人……ま、まさかあの軽薄なスペードの9じゃないでしょうね!?」
アリーは混乱したように一人で話し続け、今も「いやあの人だって悪い人じゃないのはわかってるけど、でもエルザの相手にするにはちょっと」と赤い顔で言い続けている。
「レグなわけないでしょう。…………5で補佐の、オーウェンよ」
「オーウェン!? やだっ、優良物件じゃない!! うちでも人気が高くて、今回も侍女達が浮き足立ってたのよ! エルザも意外と見る目あるわねぇ!!」
「意外とってね……とりあえずその浮き足立ってた侍女達をリストアップしてもらえる? 恋人の不在に馬鹿なこと考えないよう釘刺しとくから」
「イヤよ! うちの侍女達に何する気よ! あなたの釘って太くて痛そうね!!」
笑顔で言えば、赤い顔で拒絶される。二人で同時に噴き出した。
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「私も同じこと考えてた。あとね、ここから出られたら友達も紹介させて。白の10のララがあなたに会いたかったんですって」
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「なるべく早く、エルザをここから出すわ。……ジェイクの目も覚ませればいいんだけど、あの怪力馬鹿はソフィアが抱え込んじゃっててね……情けないけど、手も足も出ないのよ」
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「とにかくアリーは、私に着いたことがソフィアにバレないようにして、なるべく早く鍵を奪って来てちょうだい。ルーファス達をこれ以上怒らせないようにね」
「わかったわ。……エルザと話せてよかった」
「私もよ。今度、ゆっくり惚気させて。オーウェンは本当に素敵なのよ」
わざと戯けると楽しげに笑ってくれる。アリーの笑顔は美人で綺麗で、大好きだ。
あまり長くいるわけにもいかないと、アリーは名残惜しそうに戻っていった。
なんだか友人にスパイのようなことをさせてしまうけど、こればっかりは仕方ない。
「ふぁ……」
あくびが出て、体を伸ばす。一つ、心配事が消えて、気持ちが楽になった。……ああいや、ソフィアがルーファス達を狙ってるんだったわ。忘れてた。
一つ心配事が消えて、一つ増えた。
「ふぅ……」
一つ、息を吐き出した。
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大好物を思い出して、ベッドに横たわる。
それでも、なかなか寝付けそうにない。
ルーファスみたいなキングに、ということは、ソフィアはルーファスが好きなんだわ。もしかしたら、スペードが好きだったのかも。……だから、私が邪魔だったのね。私がいなければ、スペードを支配できると思ったんだわ。
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ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
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