154 / 206
第二章
36
しおりを挟む
嫌な気配が降りてきて、グレンに隠れるよう指示を出した。
蝋燭の灯りに浮かび上がるのは予想通り、もはや不気味としか思えない亜麻色の髪。
「あははっ! ほんとに捕まってる。良い気味ね。もっと早く見に来ればよかった」
甲高い笑い声とともに、ソフィアは嘲りにまみれた目を、向けてきた。
「何か用? やっと解放する気になった?」
「するわけないでしょ。殺人犯なんて、一生その中にいるか──首を切られるしかないんじゃない?」
可笑しいとばかりに笑うソフィアは、はっきり言って気色が悪い。そもそも、見張り当番のザックの目の前で、一切猫を被っていないのが、気になる。
「解放しにきたのでないなら、何の用よ。笑うためだけに来たのなら暇すぎるでしょう」
「もちろん、笑いに来たのもあるわよ。あとは、自慢かな。ルーファスって、こっちでもほんと優しくて素敵ね」
胸がどくりと嫌な音を立てた。
「わたしといると、心が安らぐんですって! あーっという間に落ちちゃって、ちょっと張り合いがなかったな」
嫌らしい嘲笑を浮かべて、ソフィアはルーファスから聞かされたという愛の言葉を語る。
どんどんと青ざめていくザックが少々可哀想になってくる。上司の見たくない一面って感じよね。
あとで慰めてあげようとこっそり心に誓った、瞬間。「でもね……」と、ソフィアの声音が変わった。
「どうしても、あんたが犯人だって認められないんだって。親友だったから、認めたくないみたい。証拠もないからって、そればっかり言うのよ。恋人の前で他の女を庇うなんて、酷いと思わない?」
不気味なほど静かに言葉を紡ぐソフィアに、鳥肌が立った。
「していないものの証拠なんて、あるわけないでしょう」
もしかしたら、拷問でもして自白させるつもりかもしれない。すでに食事は抜かれているし、あり得なくはない。
こうなってはもう、グレンとザックがルーファス達に、このことを伝えてくれるのを期待するしか──。
「それでね。わたし、思ったの。コニーの分の証拠がなくても……新しくあんたが人殺しをすればいい。あんた以外に犯人がいないって状況なら、ルーファスもきっと、わたしを信じてくれるわよね」
ゆらりと、音を立てて腰の両刃の剣を抜いたソフィアの目は、吐き気がするほど濁っていた。
心臓がうるさく騒いで、体が震える。
「あ……新しく、人殺しって……頭がおかしいんじゃないの……? 人の命をなんだと思ってるのよ」
キョトンとしたソフィアの顔は、静まり返るこの場において、場違いなほど無邪気な子供のようだった。
「人って、何言ってるの? ただのゲームのモブじゃない」
「モブは私達もでしょう!? みんな、この世界で生きてる人なのよ!!」
「違う!!!」
体が大きく跳ねるほどの、恐ろしく不気味な怒声だった。
あらんばかりの憎悪を滲ませた亜麻色の目が、真っ直ぐに突き刺さる。
「わたしはヒロインなの!! ルーファスもゼンもノエルも、アレクシスもレスターもショーンもみんな、わたしのものなのに!! あんたが邪魔したんでしょ!!?」
「邪魔、って……なに言って……」
今世において、初めてかもしれない。
これほどの恐怖を感じたのは。
目の前で息を荒くするこの女が、怖くて怖くて、仕方ない。
「……でももういいの。ルーファス達はもう、わたしのものになったんだから。あとは……ルーファスが、あんたが人殺しだって信じてくれたら。あんたのことを嫌いになってくれたら、それで十分」
ソフィアの濁った目が、青ざめて立ち尽くす一人へと向き、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「……わかった。私が殺したって証言するわ。だから、早くルーファス達に伝えに行きなさい」
この危険な女を、ここから離さないと。立ち尽くす──ザックから目を逸らさなければ。
「ほら、早く伝えに行きなさい。きっと喜んで、あなたを褒めてくれるわよ」
罪を認めたと知れば、攻略されてないルーファスならきっと、何かあったと分かって人を寄越してくれるはず。
それならそれで、私には好都合だ。
だが、この女が、私に都合のいいことをしてくれる、わけがなかった。
「やっと認めてくれたのね。でもね……一人殺しただけなら処刑には出来ないんだって、アーノルドが言うのよ。だから、もう一人。殺さなきゃ、ね」
目が、私から離れて一点に、ザックへと向かう。ダメだ。この女にはまともに言葉が届いていない。
「……っザック! 逃げなさい!! ここからじゃ守れない! ザック!!」
どれだけ叫んでも、ザックは体を震わせたまま、ソフィアへ茫然と目を向けている。
ソフィアが左手を上に、剣を両手で構え──振り上げた。
鉄格子の隙間から腕を伸ばし、ザックの体を思い切り引き寄せる。
ザックの、右肩があった場所から、左の腰のあった場所へと、剣筋が走った。
鉄格子に顔を強く打ち、正気を取り戻したザックも、同じくそれを見ていた。
右肩から左の腰へと、まっすぐに走る剣を。
舌打ちした女は、再び剣を構えてこちらに向き直る。
「あんたって、ほんとわたしの邪魔するよね」
忌々しい言葉には、人を殺す後ろめたさなど微塵もなく。
頭の中に浮かんだ、コニーさんの最後の言葉の意味を、この時になってやっと、理解した。
──どうして……。
「ソフィア……あなたが、コニーさんを殺したのね」
疑いは確信へと変わり、無意識に口から言葉が零れ落ちた。
蝋燭の灯りに浮かび上がるのは予想通り、もはや不気味としか思えない亜麻色の髪。
「あははっ! ほんとに捕まってる。良い気味ね。もっと早く見に来ればよかった」
甲高い笑い声とともに、ソフィアは嘲りにまみれた目を、向けてきた。
「何か用? やっと解放する気になった?」
「するわけないでしょ。殺人犯なんて、一生その中にいるか──首を切られるしかないんじゃない?」
可笑しいとばかりに笑うソフィアは、はっきり言って気色が悪い。そもそも、見張り当番のザックの目の前で、一切猫を被っていないのが、気になる。
「解放しにきたのでないなら、何の用よ。笑うためだけに来たのなら暇すぎるでしょう」
「もちろん、笑いに来たのもあるわよ。あとは、自慢かな。ルーファスって、こっちでもほんと優しくて素敵ね」
胸がどくりと嫌な音を立てた。
「わたしといると、心が安らぐんですって! あーっという間に落ちちゃって、ちょっと張り合いがなかったな」
嫌らしい嘲笑を浮かべて、ソフィアはルーファスから聞かされたという愛の言葉を語る。
どんどんと青ざめていくザックが少々可哀想になってくる。上司の見たくない一面って感じよね。
あとで慰めてあげようとこっそり心に誓った、瞬間。「でもね……」と、ソフィアの声音が変わった。
「どうしても、あんたが犯人だって認められないんだって。親友だったから、認めたくないみたい。証拠もないからって、そればっかり言うのよ。恋人の前で他の女を庇うなんて、酷いと思わない?」
不気味なほど静かに言葉を紡ぐソフィアに、鳥肌が立った。
「していないものの証拠なんて、あるわけないでしょう」
もしかしたら、拷問でもして自白させるつもりかもしれない。すでに食事は抜かれているし、あり得なくはない。
こうなってはもう、グレンとザックがルーファス達に、このことを伝えてくれるのを期待するしか──。
「それでね。わたし、思ったの。コニーの分の証拠がなくても……新しくあんたが人殺しをすればいい。あんた以外に犯人がいないって状況なら、ルーファスもきっと、わたしを信じてくれるわよね」
ゆらりと、音を立てて腰の両刃の剣を抜いたソフィアの目は、吐き気がするほど濁っていた。
心臓がうるさく騒いで、体が震える。
「あ……新しく、人殺しって……頭がおかしいんじゃないの……? 人の命をなんだと思ってるのよ」
キョトンとしたソフィアの顔は、静まり返るこの場において、場違いなほど無邪気な子供のようだった。
「人って、何言ってるの? ただのゲームのモブじゃない」
「モブは私達もでしょう!? みんな、この世界で生きてる人なのよ!!」
「違う!!!」
体が大きく跳ねるほどの、恐ろしく不気味な怒声だった。
あらんばかりの憎悪を滲ませた亜麻色の目が、真っ直ぐに突き刺さる。
「わたしはヒロインなの!! ルーファスもゼンもノエルも、アレクシスもレスターもショーンもみんな、わたしのものなのに!! あんたが邪魔したんでしょ!!?」
「邪魔、って……なに言って……」
今世において、初めてかもしれない。
これほどの恐怖を感じたのは。
目の前で息を荒くするこの女が、怖くて怖くて、仕方ない。
「……でももういいの。ルーファス達はもう、わたしのものになったんだから。あとは……ルーファスが、あんたが人殺しだって信じてくれたら。あんたのことを嫌いになってくれたら、それで十分」
ソフィアの濁った目が、青ざめて立ち尽くす一人へと向き、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「……わかった。私が殺したって証言するわ。だから、早くルーファス達に伝えに行きなさい」
この危険な女を、ここから離さないと。立ち尽くす──ザックから目を逸らさなければ。
「ほら、早く伝えに行きなさい。きっと喜んで、あなたを褒めてくれるわよ」
罪を認めたと知れば、攻略されてないルーファスならきっと、何かあったと分かって人を寄越してくれるはず。
それならそれで、私には好都合だ。
だが、この女が、私に都合のいいことをしてくれる、わけがなかった。
「やっと認めてくれたのね。でもね……一人殺しただけなら処刑には出来ないんだって、アーノルドが言うのよ。だから、もう一人。殺さなきゃ、ね」
目が、私から離れて一点に、ザックへと向かう。ダメだ。この女にはまともに言葉が届いていない。
「……っザック! 逃げなさい!! ここからじゃ守れない! ザック!!」
どれだけ叫んでも、ザックは体を震わせたまま、ソフィアへ茫然と目を向けている。
ソフィアが左手を上に、剣を両手で構え──振り上げた。
鉄格子の隙間から腕を伸ばし、ザックの体を思い切り引き寄せる。
ザックの、右肩があった場所から、左の腰のあった場所へと、剣筋が走った。
鉄格子に顔を強く打ち、正気を取り戻したザックも、同じくそれを見ていた。
右肩から左の腰へと、まっすぐに走る剣を。
舌打ちした女は、再び剣を構えてこちらに向き直る。
「あんたって、ほんとわたしの邪魔するよね」
忌々しい言葉には、人を殺す後ろめたさなど微塵もなく。
頭の中に浮かんだ、コニーさんの最後の言葉の意味を、この時になってやっと、理解した。
──どうして……。
「ソフィア……あなたが、コニーさんを殺したのね」
疑いは確信へと変わり、無意識に口から言葉が零れ落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる