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59.希求 *
しおりを挟むアメジストが握る手は優しく強く、寛大だった。ラルミが先程まで感じていたあの恐怖心は全て、彼女が包み込む温かな手のひらの抱擁によって、拭い去られていく。それは“力のないはず”のアメジストからラルミの心身へ伝わった、不思議な感覚。
数秒間その感覚に恍惚し気持ち穏やかになっていったラルミはハッと、我に返る。改めて自分の手を優しく握る可愛らしい手のひらを見つめ、お嬢様だという事実に頭は真っ白になった。
「お、お嬢様!! お手が、ふ、触れて……私のような者にそんな。恐れ多い事でございます」
お手伝いとお嬢様。こうして触れ合う事などあり得ないという異例な状況に顔を真っ赤にしたラルミは慌てふためき、そう話す。
するとその言葉にアメジストは静かな声で、そしてほんの少しだけ寂しそうな表情で、答える。
「そんなにご自分を、卑下なさらないで下さい。私、いつも思うのです。皆様との間にある、壁のような距離感が悲しいと。恐れ多いとか一切思わないでほしいのです」
周りの者たちは皆驚いていたが彼女は気に留める事なく、話を続けた。
「泣いていた私にあなたは優しく声をかけ、頭を撫でてくれたあの日の事を……私は忘れないわ。あれからも――ラルミ。あなたはいつも見守って下さっている。本当に、心から感謝しているのですよ。ありがとう!」
やっと伝える事が出来たとその頬をピンク色に染めながらニッコリと微笑む、アメジスト。
「そ……そのような昔の事、覚えておられたのですか?」
(たった一度、幼い頃の記憶を!?)
◆
十数年前、毎日のように泣きながらも継母に認めてもらおうと努力をするアメジストを見て、可哀そうに思っていたラルミ。その頃からすでに皆の恐怖となっていたスピナに見つからぬよう、細心の注意を払いながらたった一度だけ――幼いお嬢様を、慰めていたのだった。
◆
アメジストのいつもと違う“心の強さ”を感じた皆は期待の眼差しを向け、その表情は笑顔で溢れる。
そして――。
「お嬢様。私たちは貴女様の力を求めていました」
「そうです! ……此処で働く者たちは皆、待ち望んでいたのです」
もう心の限界だったと言わんばかりに、駆け寄ってきた数人のお手伝いたちは口を揃え涙を堪えながら必死に、アメジストに懇願する。
「どうか、私たちを『生きる者として』見てほしいのです」
――今は亡き、ベリル様のように。
向けられる、熱い視線。
アメジストにとって生まれて初めての、感覚であった。
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