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119.糸口

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「んっ?」
(なんだ、この背筋が凍るような気配は)

 あと数十メートル先の角を曲がれば客間に到着するという場所で突然、ヒヤッとする冷たい空気にオニキスは、身構える。

「――旦那様、ご心配なく」
 同じように何かを感じたフォルであったがそれが何者かを確認するとあるじオニキスへ、安心させる言葉を伝えた。その間も全く動きを変えることはなく、冷静沈着である。

 その後すぐ三人の前に、現れた者――。

 抑揚なく冷たい声が通路に真っ直ぐと、響き渡る。まるで一本の強く細い糸がピーンと張られたような感覚は、その糸が視えるかのようであった。

 それはオニキスの耳にもはっきりと、聞こえる。

「失礼いたします、奥様。少しお時間よろしいでしょうか?」

 その気配と声の正体はスピナ専属お手伝い、ノワであった。スピナに文句を言わせず足を止めさせる彼女は異様な雰囲気をまとっている。

「ノワ、どうしたの? かしこまっちゃって」

 普通であれば呼び止めるお手伝いなどこの屋敷には、いない。そんな事しようものなら後でどうなるか? 考えただけでもおぞましいと皆怖がっていた。

 しかしなぜかノワだけは、スピナにとって特別であった。

「はい。申し訳ありません……此処では」
 私事わたくしごとですので、と謝罪の言葉を口にしつつ深く頭を下げる。

「あら、わたくしは良くってよ。そうねぇ、ほら、そこの中庭で聞いてあげるわ」

 そう返事をしながらオニキスを流し目で見つめるスピナはとても気分が良さそうである。彼女は抑えようにもニヤリと緩んでしまう唇に手を当て、愉悦に満ちた口元を隠す。

 もちろん視線に気付くオニキスは立ち止まり表情なく真顔で、一言。

「行きなさい」

「まぁ! 寛大なお言葉、ありがとうございます~、旦那様あ・な・た
 いつもの甘えるようなそのスピナの声にはまだ、嫌味口調が残る。

「行くぞ、フォル」
 それに動じず返事をすることもないオニキスは、歩き始めた。

「ふふ、じゃあ~ねぇ」
 彼らが角を曲がり見えなくなった瞬間スピナはあざけるように笑うとそう、呟く。

 いつもであればオニキスが仕事へ向かう瞬間をほぼ毎日見送ってきたスピナだが今は、どういうわけか。自身の専属お手伝い、ノワの我儘わがままを嬉しそうに受け入れ、優先したのであった。

 中庭へ行くため玄関へと向かうスピナは高圧的な言葉で、話す。

「ねぇ? 私を楽しませてくれる話なのかしら?」

「えぇ、スピナ様。間違いなくお喜び頂ける情報かと」

 その圧力にも無表情なノワはやはり、人形のようであった。
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