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137.距離
しおりを挟むガタンガタン、ゴトゴトゴト……。
「ふぅ……」
馬車に乗ってしばらくの間、心臓がいつもより早く脈打つ。そのたびに身体中を駆け巡る血液が手の先まで熱く通る感覚がしていた。その胸いっぱいの気持ちを吐き出すようにアメジストは無意識に、溜息をつく。
気付いてしまった、感情――。それは心の中で月のように、耀る。
(この想いは敬う気持ち。そう、私の小さな勘違いでありますように……)
彼が大切なことに変わりはない。アメジストは頭の中でそう、言い聞かせていた。それは誰に言われたわけでもなく、ただただ彼女自身の考えでジャニスティとの距離感を意識し日々、過ごしてきたのである。
(何か、落ち着くような話題を……)
気持ちを切り替えようと考えたアメジストは外を眺め笑顔で、口を開く。
「今日は穏やかな太陽で、風も心地良くて。とても素敵な一日になりそうね」
日常の何気ないその一言は彼女が静穏を込めた“言葉”でもある。
「そうですね、青空も清々しい。水面は陽の光で輝いていますし――」
ほど良い速さで進む馬車から見える海。その景色がよく似合うジャニスティの横顔は誰が見ても、眉目秀麗。澄んだ空の青よりも天色に輝く長めの前髪は美しく風に靡き、アメジストの瞳に眩しく映り込む。
「……そう、ね」
沈静しかけていた心は再び高揚し、熱くなる。
(ジャニスは出会った頃と、ずっと変わらない。とても綺麗な髪で、それに肌も艶々で羨ましいくらい)
――見惚れちゃう。
アメジストにとってジャニスティはお護り役であり教育係、そして一番の理解者である。それは彼がベルメルシア家へお嬢様付きとして来てからの約十年間、ずっと傍で支えとなってくれた存在だからだ。その優しさは時に親のように甘えられ、またある時は兄のように慕い、信頼できる相手。
その関係性を壊したくない、失くすのが怖いと。アメジストは無意識にそう、思っていたのだ。
――大切だからこそ彼に、特別な感情を抱いてはならない。
(そういえば、ジャニスって何歳くらいなのかしら?)
ふと不思議な思い、疑問を抱く。
人族よりも成長が三倍遅いと言われる、サンヴァル種族。彼女の潤む瞳にはジャニスティの見た目は三十代くらいに見える。ベルメルシア家に来た十年前を思い出しても、あまり変化がないようにも感じた。
(解らなくても、仕方がないのかも)
そもそも基準などない。
種族が違えば“年齢”という概念もまた違い、または無いのかもしれないのだ。
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