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179.苦痛

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「ウキュん! 分かったのです、お兄様!!」
 満面の笑みで理解したと言うクォーツであったが本当のところ一体、どこまでどうなのか? 現時点では判断しきれない。

「また、ゆっくりと勉強しよう」
「ハイ! お勉強大好きですの! ……あっ、お兄様。わたくしは今“嬉しい”なのです。“カナシイ”ではありませんのぉ♪」

「ん? あぁ……そう、なのか」
 まるで考えを読まれているかのようなクォーツの言葉に彼はとても、驚く。しかしその感情を妹へ悟られまいと微笑んだ表情を変えずに立ち上がると外を眺め再び、考え込む。

(まさか、な。今の説明は不足し過ぎていた。そんな私の手振りだけで、この子クォーツは言語のすり合わせをしたと? 本当に、意味を理解したというのか)

 しばし黙考。ジャニスティはソファベッドにちょこんと座ったままのクォーツへふと、目を向ける。

「ぷあゥ?」
 なぁに? というような表情でクォーツが目を“まんまるくりん”と輝かせ、兄の視線に応える。

 その様子を見た彼は、思う。
(……聞いてみるか)
 
「クォーツ。君の言う“悲しい”とは、どんな感じだろう?」

 その言葉を聞いてから数秒間「うーん」と考えるような仕草を見せたクォーツは何かを思いついたようにすぐ、笑顔で話し始めた。

「えっと、おめめからお水が流れるのです。それから“カナシイ”の……それは痛くて、苦しいの。それから、それから――」

 クォーツの言う『おめめからお水』は、涙。
 両手を自分の頬に当て流れるさまを、表す。加えて発せられた言葉――『痛くて、苦しい』を言い始めた途端その瞳からはぶわっと、涙が溢れ出してくる。

「すまない、クォーツ。もういいんだ、ごめん。ありがとう」
 ジャニスティは泣き出したクォーツの心情をこれ以上聞けないと抱き締め、言葉をかける。

「お兄様、いいの。私、ちゃんとお話、ぐしゅん。あのお家でね、痛かったのはね、カナシイだった。知らないのがいっぱいで、苦しいこと……グスッ……ちゃんと覚えてる、でゅね、あのね」

「分かったよ、ありがとう。でも、もう今日はいいんだ……いいから」

 言葉の意味――クォーツがどの程度、言語の理解が出来ているのかを確かめるだけのつもりが想定外の状況にジャニスティは、困惑していた。

「うっキュふ……ぅぅ」
「無理をさせて、本当にすまなかった」

 今は魔力も回復し明るく天真無垢な、天使のような笑顔を見せるクォーツだがその心身は事件の全てを、感じていた。

 決して忘れては、いないのだ。
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