天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ

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第5話: 孤高の銀閃と、神のいない手術室

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 午後の陽光が街を暖かく照らす中、私は師匠の後ろを歩いていた。
 向かう先は、ヒーラーギルド。午前中に叩き込まれた膨大な知識で、頭はまだ少し熱を持っている。
 普通の試験なら問題ない、と師匠は言った。けれど、あの常識とかけ離れた講義の後では、「普通」がどんなものなのか、もうよく分からなくなっていた。

 たどり着いたヒーラーギルドは、石造りの立派な建物だった。
 中に入ると、清潔な薬草の匂いと、大勢の人々の気配に満ちている。
 待合の長椅子には怪我人らしき人々が座り、カウンターの向こうでは、白いローブを纏ったヒーラーたちが忙しなく動き回っていた。
 役所と病院を足して割ったような、独特の雰囲気だ。

 その、秩序だった空気が一変したのは、師匠が建物に一歩足を踏み入れた瞬間だった。

「おい、見ろよ……あれ……」
「嘘だろ、何でここに……」
「間違いない……あれは『孤高の銀閃』、ギルベルト様だ……」

 さざ波のように、ひそかな囁きが広がっていく。
 全ての視線が師匠に突き刺さるのが、隣を歩く私にすら分かった。
 好奇、驚愕、そして何よりも強い畏怖。向けられる感情の渦に、私は思わず師匠のローブの裾を掴みそうになる。
 けれど、師匠はそんな周囲の反応などまるで存在しないかのように、真っ直ぐに受付カウンターへと進んだ。

「弟子の登録試験を申請したい」

 事務的に書類を整理していた受付の女性は、顔も上げずに応じる。
「はい、新規登録ですね。申請者のお名前と、保証人の方の……」
 言いながら顔を上げた彼女は、目の前の人物を見て、氷のように固まった。

「ギ……ギ、ギルベルト様!?」
「保証人は俺だ。問題ないだろう」
「は、はい! も、問題ございません! ……あ、あの、それで……で、弟子、と申されました……?」

 受付嬢の声は震え、その目は信じられないものを見るように、師匠と、その隣に立つ私とを行き来している。
 彼女の裏返った声が引き金になったように、それまで囁き声だったギルド内のざわめきが、一気に熱を帯びた。

「弟子だと!? あの人を寄せ付けない『孤高の銀閃』が?」
「どんな高名なヒーラーや貴族からの推薦も、全て一瞥のもとに断ってきたあの人が……なぜ?」
「しかも、あんな小さな子供を……? 正気か?」

 容赦のない言葉と視線が、私に突き刺さる。
 ああ、そうか。ようやく理解した。『孤高の銀閃』。
 それは、彼の銀髪の美しい容姿と、誰にも真似できない閃きのごとき天才的な実力、そして、誰にも心を開かない近寄りがたい孤高の生き様に対する、畏れと嫉妬が入り混じった称号なのだ。
 そして私は今、その男が起こした「ありえない奇跡」の中心にいる。

 これは、ただ事ではない……。
 何かとてつもなく大きな変化が、今、この瞬間から始まろうとしている。私の直感が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
 その時、ざわめきを押し分けるように、一人の壮年の男が奥から姿を現した。鋭い目つきと、厳格に切りそろえられた髭。
 彼が纏うローブは、他のヒーラーたちのものより一段と質が良い。

「ギルベルト。貴様が弟子を取ったと聞いて、冗談かと思ったが……本気だったとはな」
 男は苦々しげに、それでいてどこか面白そうに師匠を見据え、そして、その視線を私に向けた。
「試験は実技と口-頭試問の二つ。口先の知識など後でいい。まずはその腕、見せてもらおうか。このギルドマスター、グレンが直々に見極めてやろう」

 ◇

 案内されたのは、ギルドの奥にある治療室だった。ベッドに横たわる患者は、浅く速い呼吸を繰り返し、顔色は土気色。
 その肌には、まるで墨を流したかのような青黒い痣がいくつも浮かび上がっている。

「重度の魔力中毒だ」グレンが低い声で告げる。
「何らかの要因で許容量を超える魔力が体内に流れ込み、魔力核が処理しきれずに暴走。結果、魔力回路のあちこちで魔力が腐敗し、淀んでいる。あの青黒い痣がその証拠で、我々は『魔力の死斑』と呼んでいる。放置すれば、腐った魔力が全身の回路を蝕み、やがては肉体を内側から崩壊させて死に至る。並のヒーラーでは手を出すことすら危険だが……さて、どうする?」

(え、魔力なんて使えないんだけど!?)

 いきなりのぶっつけ本番。それも、明らかに魔法での治療が前提の患者。私の頭は真っ白になった。
 どうしよう。焦りで冷や汗が背中を伝う中、脳裏に師匠の声が響いた。

 ――『魔力回路とは、第三の循環システムだ』

 そうだ、循環システム。滞っているなら、流れを促せばいい。でも、物理的な刺激だけじゃ足りないかも……。

(待って、そういえば……)

 脳裏に蘇るのは、ついさっき、ここまで来る道中の何気ない会話だった。
『ねえ師匠、魔力ってどうやって出すんですか? こう、手からビームみたいに?』
『馬鹿者。そんな大雑把なものではない。全ての基本は、体内の魔力の流れを感じ、それを指先の一点に集めることからだ。蛇口から水を一滴だけ、そっと垂らすような……そんな繊細なコントロールだ』

 あの時は「ふーん」と聞き流していただけだったけど……やってみるしかない!
 私は意を決し、ベッドに近づいた。周囲のベテランヒーラーたちが「子供に何ができる」「無謀だ」と囁くのが聞こえる。構わない。
 目を閉じ、午前中に見た、あの動く小宇宙のような魔力回路図を頭の中に思い描く。患者の体と、頭の中の図を重ね合わせ、魔力が澱んでいるポイントを探る。

「……ここ、ですね」

 私は覚悟を決めて、指先に意識を集中させた。
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