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第7話: 黄金の子供と、神々の戯れ
しおりを挟む治療室を支配していたのは、もはや驚愕を通り越した、畏敬に満ちた沈黙だった。
ギルドマスターであるグレンの「満点合格」という宣言が、まだ壁にこだましているかのようだ。
彼は満足げに頷くと、私の前に進み出て、高らかに宣言した。
「ユヅカ君。君のヒーラーギルドへの登録を正式に認める。階級は――『黄金(ゴールド)』だ」
その瞬間、治療室の空気は完全に凍りついた。
先ほどまでのどよめきが嘘のように静まり返り、誰もが耳を疑うように、グレンと私を交互に見ている。
やがて、その沈黙は一人のベテランヒーラーの叫びによって破られた。
「お、黄金級ですと!? グレン様、どうかご冗談を! そんな前代未聞な!」
「そうだ! 我々は皆、最初の認定試験を突破して、ようやく『蛍石(フローライト)』から始まるのだぞ!」
「王立学園を首席で卒業したエリートですら、特例で『黒曜石(オブシディアン)』が与えられるのがやっと! そこから最低でも五年は下積みをし、一人前の『水晶(クリスタル)』級になるのが我々の世界の常識だ!」
堰を切ったように、ヒーラーたちの抗議の声が上がる。
一人の白髪の老ヒーラーが、悔しさを滲ませながら続けた。
「わしなぞ、この道40年。10年前にようやく『白銀(シルバー)』級に上がれたのが誇りじゃ。ほとんどの者が、その白銀にすら届かず引退していく……。それを、今日登録したばかりの子供に、いきなりその上の黄金級を与えるなど、我々への侮辱に等しい!」
その言葉に、私はようやく事の重大さを理解した。
蛍石、黒曜石、水晶、白銀……。約15年もの経験と研鑽を積み重ねて、ようやくたどり着けるかもしれない境地。
その全ての階級を飛び越えて、私は今、プロの中でも上位の実力者として認定されたのだ。
渦巻く不満と嫉妬の視線に、私は身を縮ませる。しかし、グレンは一切動じなかった。彼は静かに、しかしギルドの隅々まで響き渡る声で言った。
「黙れ。貴様ら、私の判断に口を挟むか?」
その一言で、全ての抗議がピタリと止む。
「この子供は、貴様らの誰にも真似できぬ方法で、重度の魔力中毒を鎮めてみせた。その知識、発想、そして類稀なる才能。それだけで黄金級に値する。……それに」
グレンは、ふっと息をつくと、部屋の隅で静観する師匠に視線を向けた。
「貴様らは、この子供が誰の弟子か、分かっているのか?」
その問いに、皆がはっとしたように師匠を見る。
「この国……いや、この大陸において、彼の右に出る者はいない。神話に最も近い、唯一無二の『金剛石(ダイヤモンド)』級。それが、そこにいるギルベルトだ」
S級――金剛石。その言葉の重みに、ギルド全体が息を呑む。
「そして、その弟子を試験している私は、ギルドマスターとして『紅玉石(ルビー)』級を拝命している」
A級――紅玉石。これもまた、常人では生涯お目にかかることすら叶わない、天才の領域。
グレンは、呆然とするヒーラーたちを見渡し、そして、困惑する私に最後の楔を刺すように言った。
「S級の弟子を、A級が試験する。その結果、C級の黄金認定が与えられる。……さて、これでもまだ、何か不満のある者はいるかね?」
誰も、何も言えなかった。
常人たちの常識や努力の物差しなど、まるで意味をなさない。
これは、神々の戯れなのだ。
人外の天才たちが、「まあ、妥当だろう」と頷く世界。
それが、今私の目の前で繰り広げられている現実だった。
「終わったか? 腹が減ったのだが」
そんな張り詰めた空気をぶち壊すように、師匠が退屈そうに呟いた。
彼にとって、この歴史的な大騒動すら、ただの退屈な手続きでしかないらしい。
私の異常な才能も、それを遥かに超越した師匠の人外じみた規格外さも、全てが明らかになった一日。
こうして私は、前代未聞の『黄金級ヒーラー』として、この世界での第一歩を踏み出すことになったのだった。
◇
ギルドマスターの鶴の一声で、私の『黄金級』認定は、不満を挟む余地もなく決定事項となった。
治療室から解放された後も、周囲のヒーラーたちからの遠巻きの視線は続き、私の胃はキリキリと痛んだ。
「おい、いつまで突っ立っている。さっさと手続きを済ませるぞ」
一人だけ普段通り……いや、むしろ少しだけ機嫌が良さそうに見える師匠に促され、私はおずおずと受付カウンターへ向かった。
先ほど私たちが引き起こした大騒動の中心にいた受付嬢は、まだ少し青い顔をしていたが、プロ根性で笑顔を取り繕っている。
「あ、あの……ご登録、おめでとうございます……! こんなに若い方が治療術師になるなんて、本当にすごいですね!」
「あ、ありがとうございます……」
「では、こちらの書類にご記入の上、会員証を発行しますので、認定された階級を……」
言われて、私はグレン様から受け取った認定証を恐る恐る差し出した。
受付嬢はにこやかにそれを受け取り、記載されている文字に目を落とし――そして、三度、凍りついた。
彼女の視線が、認定証に書かれた『黄金(ゴールド)』の文字と、私の顔とを、壊れた人形のように何度も往復する。
やがて、彼女の口がかすかに開き、ひらがなだけの、か細い声が漏れた。
「……おうごん」
次の瞬間、彼女の瞳から光が消え、ぷくぷくと口から泡を吹きながら、椅子からずり落ちるように崩れ落ちてしまった。
「きゃー! リリアさんが倒れた!」「誰か! ヒーラーを!」
カウンターの奥がにわかに騒がしくなる。ギルドの機能が、またしても私のせいで一時的に麻痺してしまった。
◇
「えらい目にあいましたよ!!」
なんとか別の受付担当者に手続きをしてもらい、ようやくギルドの外に出た瞬間、私は溜まりに溜まった不満を師匠にぶつけた。
「ギルドに行けばみんながジロジロ見てくるし! ギルドマスター様との試験は無茶苦茶だし! 挙句の果てには受付のお姉さんまで倒れちゃうし! こうなるって分かってたなら、ちゃんと先に教えておいてくださいよ!」
子供の姿のまま、私は師匠のローブを掴んでぶんぶんと揺らす。大人気ないとは思うけど、もう我慢の限界だった。
そんな私の必死の抗議に、師匠はしばらく黙って私を見下ろしていたが、やがて、その肩が小さく震え始めた。
「ぷっ……」
そして、ついに堪えきれなくなったように、声を上げて笑い出した。
「くくっ……はははは! そうだな、悪かった! だが、お前を見ていると退屈しなくて実にいい!」
悪びれる様子もなく、心底楽しそうに笑う師匠の顔に、私の怒りはさらに燃え上がる。
「笑いごとじゃありません! からかわないでください!」
「はは、すまんすまん。さあ、飯にするぞ。祝いだ」
ぷんぷんと頬を膨らませる私を面白そうに見ながら、師匠は近くのレストランの扉を指差した。
私はまだ怒りが収まらないまま、それでも空っぽのお腹には勝てず、師匠の後に続いて店の中へと足を踏み入れたのだった。
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