天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ

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第38話:銀閃と、災厄の魔女

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鐘楼から身を投げた師匠は、まるで重力など存在しないかのように、ふわりと戦場の中心に舞い降りた。
その着地と同時に、彼の足元から『凝縮された魔力』でできた、半透明のドーム状の障壁が展開される。庭園を覆い尽くすおぞましい死の気配を放つ魔力の霧が、その障壁に触れた瞬間、パチパチと音を立てて霧散していく。

「ギルベルト……!」

バルコニーの上で、レディ・セラフィーナが、恍惚とした、しかし、憎悪に満ちた表情で師匠の名を呼んだ。
「二十年の時を経て、ようやくお会いできましたわね。我が一族の悲願を砕いた、忌々しい男……!」
「モーゲンロートの亡霊め。陰でコソコソと、ネズミのように嗅ぎ回ることしかできぬ、卑劣な一族の末裔が」

師匠の言葉は、どこまでも冷たい。だが、その瞳の奥には、妻を奪われた男の、二十年間、決して消えることのなかった復讐の炎が燃え盛っていた。

セラフィーナはくすくすと、喉の奥で笑う。
「口だけは達者ですこと。ですが、その力、この『死域増幅の魔水晶』の前で、どこまで通じますかしら?」

彼女が水晶玉を掲げた。
次の瞬間、庭園の闇の中から、無数の黒い影の手が、まるで亡者のように伸び、師匠へと襲いかかる。その手に触れたものは、瞬時にその生命力を吸い取られてしまう、禁忌の魔術。

だが、師匠は動かない。
彼は、その無数の影の手が自らの障壁に届く寸前まで引きつけると、ただ一言呟いた。
「――分解」

その一言が、世界の理を書き換えた。
師匠の障壁に触れた、影の手は、その魔術的な構成を一瞬で根本から破壊した。それは、まるで、複雑な数式を、解の公式で一瞬にして解き明かすかのような、あまりにもロジカルで、そして、暴力的なまでの魔術戦だった。

「なっ……!?」

セラフィーナの顔に、初めて、驚愕の色が浮かぶ。
「そんな……わたくしの『死者の掴手』を、これほど、あっさりと……!」
「お前たちの魔術は、大仰で無駄が多すぎる。生命を弄ぶことしか頭にない。故に、その構造は脆い」

師匠の戦い方は、セラフィーナとは、正反対だった。
セラフィーナの魔術が、生命そのものを歪め、苦しめる演劇的な『呪い』であるならば、
師匠の魔術は、魔術という現象を数式レベルで理解し、その根源、ピンポイントで破壊する、外科手術的な『解呪』。
幻想的な混沌の力と、冷徹な科学的精度との、壮絶な戦い。

次々と繰り出される、セラフィーナの悪辣な呪詛。触れたものの時を奪い、腐らせる、灰色の霧。聖なるものを汚染し、反転させる、冒涜の光線。
その全てを、師匠は最小限の動きと、最小限の魔力で的確に分解し、無力化していく。

鐘楼の上から、私はただ、その光景を、息を呑んで見守ることしかできなかった。
あれが、師匠の本当の戦い。
あれが、この国最強と謳われる『金剛石』級の魔導医の、真の姿。

だが、戦況は決して楽観できるものではなかった。
師匠は、確かにセラフィーナの攻撃を全て完璧に捌いている。だが、それはあくまで、防御に徹しているからだ。
セラフィーナは、あの黒い水晶玉を通して、この庭園に満ちる膨大な死のエネルギーを、無限にその力へと変えている。彼女には、消耗がない。
このままではいつか、師匠の集中力が先に限界を迎える。

そのことに、気づいたのは師匠も、そして、セラフィーナも同じだった。
彼女は、くすりと悪魔のように微笑んだ。

「さすがですわ、ギルベルト。ですが、いつまで受けに徹していられますこと?」

彼女は水晶玉をその両手で高く掲げた。
これまでとは比較にならない、おぞましい量の魔力がその水晶玉へと収束していく。

「この庭園にいる、全ての生命と共に、消え去りなさい! これが、我がモーゲンロートの秘術! 『万物凋落の嘆き(ブレス・オブ・タナトス)』!!」

水晶玉から放たれたのは、もはや攻撃ではなかった。
黒い絶望の『波』。
その波に飲み込まれた、近衛騎士たちが、悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちていく。生命力そのものを根こそぎ奪い去る、あまりにも無慈悲な、広範囲殲滅術式。

「くっ……!」

師匠は、これまで展開していた個人用の障壁を、即座に周囲の騎士たちをも守る巨大な光の壁へと変質させた。
だが、その壁に黒い絶望の波が叩きつけられるたびに、師匠の顔色は目に見えて悪くなっていく。
防戦一方。あれほどの師匠が完全に押さえ込まれている。

私は、鐘楼の上で自分の無力さに唇を噛み締めた。
師匠は「ここにいろ」と言った。私を守るために。
だが、このまま見ているだけで本当にいいのか?
師匠が倒れてしまったら、全てが終わる。

私は、眼下の地獄絵図を見つめた。
枯れていく、美しい薔薇。倒れていく、勇敢な騎士たち。そして、たった一人で全てを背負い戦う師匠の背中。
(私は、戦士じゃない。暗殺者とは戦えない)
その通りだ。
(でも……)
私の胸の奥で何かがカチリと音を立てた。
(私は、ヒーラーだ。医者だ)

「――私の患者は、この庭園、そのもの」

私は、そう、呟いていた。
震える両手を、鐘楼の冷たい石の手すりにそっと置いた。
そして、目を閉じ、私の決して多くはない、しかし、誰よりも温かい生命の魔力を練り上げた。
攻撃のためではない。防御のためでもない。
ただ、この死にゆく庭園を、その大地を、癒すためだけに。

私の手から、か細い、しかし、温かい黄金色の光が溢れ出した。
それは、鐘楼の石を伝い、大地へと流れ込み、絶望の闇の中で、か細く、しかし、決して消えない一つの生命の光を灯し始めた。
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