天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ

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第39話:癒し手の対位旋律

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鐘楼の冷たい石に置かれた、私の小さな両手。
そこから溢れ出したのは、師匠が放つような、敵を滅する銀の閃光ではない。戦場には、あまりにも不似合いな、穏やかで、温かい、黄金色の光だった。

私の魔力は術式を介さず、ただ、純粋な『生命』への祈りとなって、鐘楼の大地へと流れ込んでいく。
それは、セラフィーナが放つ、死の絶望とは正反対の生への渇望。
私の、ただ誰かを助けたいという、けして諦めない心の叫び。

その光が、大地を伝い庭園へと広がっていく。
その効果は、決して派手なものではなかった。
だが、黒い絶望の波に飲み込まれ、枯れ果てていた薔薇の蔦に、小さな緑の芽が再び息を吹き返す。砕け散っていた大理石の隙間から、名もなき草が、力強く顔を出す。
それは、闇夜を祓う太陽の光ではない。凍てついた冬の大地に、春の訪れを告げる、雪解け水のような、静かで、しかし、止められない生命力の奔流だった。

「……!?」

膝をつき、生命力を奪われていた近衛騎士たちが、はっと顔を上げた。失われていたはずの力が、ほんの少しだけ、その身体に戻ってくるのを感じていた。

そして、その変化は、戦場の趨勢を決定的に変えた。
セラフィーナの『万物凋落の嘆き』は、生命の輝きを奪い、死の静寂を広げることで、その効果を増大させる呪い。だが、私の魔力がその死の静寂を生命のざわめきで上書きしていく。
師匠を押し潰そうとしていた、絶望の波の圧力が、明らかに弱まったのだ。

「この……忌々しい光は、何ですの!?」

バルコニーの上で、セラフィーナが、初めて焦りの声を上げた。彼女は、その苛立ちを、光の発生源である、この鐘楼へと向ける。 水晶玉から、凝縮された死の魔力が、一本の黒い光線となって、私めがけて、放たれた。

だが、その光線が、私に届くことはなかった。
私のおかげで、ほんのわずかな、しかし、決定的な余力を得た師匠が、その黒い光線を完璧なタイミングで光の盾を瞬時に展開し、弾き返していた。

「――お前の相手は、俺だと言ったはずだ、魔女め」

師匠の声が、夜の庭園に力強く響き渡る。
その瞳には、もはや守りの色はなかった。反撃の狼煙を上げる、狩人の光が宿っている。

彼は、もはや、ただ防御するだけではない。セラフィーナの魔術の、その奔流の中から、力の源となっている『死域増幅の魔水晶』そのものの、魔術構造を逆探知し、解析し始めたのだ。

「面白い術式だ。だが、その構造は、あまりにも、一点に依存しすぎている」

師匠の指先に、銀色の光が、一本の細い針のように収束していく。
そして、彼は、それをセラフィーナ自身ではなく、彼女が持つ黒い水晶玉へと、正確無比に放った。

「無駄ですわ! その程度の魔力、この水晶が、全て……!」
セラフィーナが、嘲笑を浮かべたその瞬間。
師匠の放った光の針は、水晶玉が放つおびただしい負の魔力の奔流を、まるで存在しないかのようにすり抜けた。そして、水晶玉のその中心核、術式が集中するただ一点へと、寸分の狂いもなく突き刺さった。

それは、物理的な破壊ではない。
水晶玉を構成する、複雑怪奇な魔術の術式。その、たった一つの致命的な欠陥を突き、内部からその調和を崩壊させるためだけの、神業的な一撃。

パリン、と。
はじめに小さな亀裂の音。
次の瞬間、その亀裂は、水晶玉全体へと蜘蛛の巣のように広がり、内部から制御不能な光が溢れ出し始めた!

「そん、な……わたくしの、秘宝が……!」

セラフィーナの顔から、血の気が引く。
だが、彼女は、ただ敗北する女ではなかった。その瞳に、狂信者のような破滅的な光を宿す。

「いいですわ……いいでしょう! わたくしと共に、この王宮もろとも、滅びるがいい!」
彼女は、砕け散る寸前の水晶玉に、自らの残された全ての魔力を注ぎ込んだ。
破壊を、加速させるためではない。
その内部に溜め込まれた、おびただしい死の魔力を、一気に暴走させ、この一帯全てを更地へと変える大爆発を引き起こすために。

「――ギルベルト! あなたへの、最後の手向けですわ!!」

セラフィーナの狂気の叫びと共に、水晶玉はもはや、直視できぬほどの終焉の光を放ち始めた。
まずい。勝ったのではなかった。
私たちは、ただ、追い詰められた蛇に自爆の引き金を引かせてしまっただけだったのだ。
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