天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ

文字の大きさ
40 / 55

第40話:零秒の魔導手術

しおりを挟む
狂気の絶叫と共に、レディ・セラフィーナが持つ水晶玉は、もはや、星の誕生か、あるいは、終焉を思わせる凝縮された破滅の光と化した。
じりじりと、空間そのものがその圧倒的なエネルギーに悲鳴を上げている。
逃げる場所など、どこにもない。あの光が解き放たれれば、この美しい庭園も、歴史ある王宮の一部も、そこにいる全ての生命も、塵となって消え去るだろう。

誰もが、絶望に凍りついた。
その、永遠にも思える一瞬の中で、師匠だけが動いた。

「――間に合わん」

彼は、防御障壁を展開しようとする近衛騎士たちを、その一言で制した。
「通常の防御では、無意味だ。……内側から、止める」
師匠は、私に向き直った。その怜悧な青い瞳には、焦りも恐怖もない。ただ、極限の集中によって燃え上がる、蒼い炎だけが宿っていた。

「ユヅカ」
彼の声は、不思議なほど穏やかだった。
「今から俺は、あのエネルギーの奔流の中に、一本の『道』を拓く。俺の全魔力を使って、ほんの、コンマ一秒にも満たない、一瞬だけな」
「え……?」
「お前は、その道を、通れ」

師匠が言っていることは、常軌を逸していた。
「お前の魔力は、生命を育む清浄な力だ。そして、異邦の血を引くお前のそれは、この世界のいかなる魔術の理にも染まらぬ、特異な性質を持つ」
彼は、私の両肩を強く掴んだ。
「その魔力を、一本の細い針へと変え、俺が拓いた道の先にいる核(コア)へと、撃ち込め。……力でねじ伏せるのではない。嵐の中心に、一滴の静寂を落とすのだ」

それは、爆弾を、爆発の零秒前に、内側から手術で止めるという、神でさえ不可能に思える無謀な術式。
私に、そんなことが……。
だが、師匠の瞳は私ならできると、絶対の信頼を告げていた。
私は、こくりと、頷いた。

「――行けぇぇぇぇッ!!」

師匠の咆哮と共に、彼の全身から銀河を思わせる膨大な魔力が解き放たれた。それは、障壁ではない。彼の全存在を賭けて、破滅の光の奔流をこじ開けるためだけの一本の光の槍。
私の目の前に、確かに、道が拓かれた。荒れ狂う、死の嵐の中を貫く、ほんの一瞬だけ存在する、静寂のトンネル。

「はぁぁぁぁっ!」

私は、自分の持つ、全ての魔力を、全ての祈りを、全ての、生きたいと、助けたいと願う想いを、ただ一本の、黄金色の、慈愛の光の糸へと変えた。
そして、それを、師匠が拓いた道へと、放つ。

光の糸は、死の嵐に飲み込まれ、消え入りそうになりながらも、まっすぐに、その中心核へと突き進んでいく。
そして。
届いた。

…………。

世界から、音が、消えた。
予想された、天を揺るがす大爆発は、起こらなかった。
代わりに、世界中の全ての光と音が、あの水晶玉の中心、ただ一点へと、ブラックホールのように吸い込まれていく。
そして、訪れた絶対的な静寂。

しん、と静まり返った庭園の真ん中。かつて、破滅の光を放っていた水晶玉は、ただのくすんだ色のガラス玉へと変わり果て、カランと乾いた音を立てて地面に落ちた。

「……は……ぁ……」

成功した。
その安堵と同時に、私は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。師匠もまた、全魔力を使い果たし、片膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。

庭園に、摂政宮エドワード殿下が近衛騎士たちと共に、駆け込んでくる。
目の前の、信じがたい光景に誰もが言葉を失っていた。
私たちは、勝ったのだ。

だが。
誰もが、勝利を確信した、その時。
師匠が、鋭い声で叫んだ。
「……どこだ」

はっとして、私たちは、バルコニーを見上げた。
だが、そこに、レディ・セラフィーナの姿はなかった。
あの、魔力が収縮する、混沌の瞬間に、彼女はまるで幻のように、その姿を消し去っていたのだ。

私たちは、確かにこの戦いに勝利した。
だが、最も重要な獲物を取り逃がしてしまった。
そして、その蛇は、今もこの王宮のどこかの闇で、息を潜め、次の牙を研いでいるのだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

前世は不遇な人生でしたが、転生した今世もどうやら不遇のようです。

八神 凪
ファンタジー
久我和人、35歳。  彼は凶悪事件に巻き込まれた家族の復讐のために10年の月日をそれだけに費やし、目標が達成されるが同時に命を失うこととなる。  しかし、その生きざまに興味を持った別の世界の神が和人の魂を拾い上げて告げる。    ――君を僕の世界に送りたい。そしてその生きざまで僕を楽しませてくれないか、と。  その他色々な取引を経て、和人は二度目の生を異世界で受けることになるのだが……

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

異世界でのんびり暮らしたいけど、なかなか難しいです。

kakuyuki
ファンタジー
交通事故で死んでしまった、三日月 桜(みかづき さくら)は、何故か異世界に行くことになる。 桜は、目立たず生きることを決意したが・・・ 初めての投稿なのでよろしくお願いします。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...