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第48話:三つの戦場
しおりを挟むカシアンの宣戦布告が、最後の合図だった。
戦いの火蓋は、無慈悲に切って落とされた。
「―――行け」
その静かな一言で、影から最後の番人たちが躍り出る。それは屍泥人形など生易しいものではない。禁術で歪められた生物の骸に黒曜石の装甲を融合させた、おぞましい魔導キメラだ。
そして、レディ・セラフィーナが完璧な微笑みを崩さぬまま、その指先をギルベルトへと向けた。
瞬く間に、戦場は三つに分かたれた。
一つは、王国の未来を賭けた光の戦場。
「王家に仇なす亡霊どもめ! 我らが剣の錆にしてくれる!」
摂政宮エドワードが王家の宝剣を抜き放つ。その雄叫びを合図に、近衛騎士たちは魔導キメラへと突撃した。
それはまさしく人間の勇気が試される戦場だった。おぞましいキメラの爪が騎士の鎧を裂き、呪いのブレスが盾を溶かす。仲間が倒れても、彼らは一歩も引かなかった。彼らの背後には、この国の未来がかかっているのだ。
二つ目は、三十年の時を超えた宿命の戦場。
「さあ、始めましょうか、ギルベルト。わたくしとの、最後の円舞曲(ワルツ)を」
セラフィーナの指先から十本の黒い呪詛針が生成され、師匠へと撃ち出される。
「戯れを」
師匠はそれを銀閃の魔力障壁で弾き返しながら、逆にセラフィーナへと踏み込んでいく。
もはやそれは魔術の応酬ではない。互いの思考を読み、次の手を予測し合う、神速のチェス。完璧な人形であるセラフィーナが最適解を叩きつければ、師匠は復讐の激情を絶対零度の冷静さで制御し、そのさらに先を行く。
そして三つ目。
それは誰にも気づかれない、私だけの静かな戦場。
私は目の前の戦闘から意識を切り離した。私の敵は怪物でも、あの美しい人形でもない。
この空洞全体を支配する、巨大な悪意の源泉。
――『カシアンの心臓』。
(あれは機械じゃない。生きている!)
私の目には見えていた。あれはただの魔術炉心などではない。カシアンが三十年かけて集めた無数の魂。その断末魔を無理やり練り固めて作り上げた、巨大な生命の癌細胞だ。
だから歪んでいる。だから私の魂の天秤が、これほどの不協和音を感じ取っている。
(病気なら……治療できる!)
決意は固まった。私のなすべきことは、ただ一つ。
騎士たちが命を賭して稼いでくれた、わずかな時間を駆け抜ける。
「小娘!?」
私に気づいた魔導キメラの一体が、おぞましい爪を振り上げた。
だが、その爪が私に届くより早く、摂政宮エドワードの宝剣がキメラの腕を両断していた。
「―――ユヅカ殿に、指一本触れさせるなァッ!!」
仲間たちが拓いてくれた道を、私は走る。
そして、ついにたどり着いた。脈動する巨大な血赤色の水晶、その真下へと。
直接触れることはできない。邪悪な魔力に魂ごと吸い尽くされてしまう。
だが、方法は知っている。あの庭園での戦いが教えてくれた。
私は水晶が鎮座する石の台座に両手を置いた。
そして私の全ての魔力を、祈りを、想いを、ただ一つの目的のために練り上げる。
破壊ではない。浄化でもない。
ただ、癒す。
この歪められ、苦しみに満ちた魂の集合体を、その根源から鎮めるための『治療』。
黄金色の温かい光が私の全身から溢れ出した。光は台座を伝い、巨大な水晶の奥底へと染み込んでいく。それは癌細胞に直接働きかける、究極の緩和療法(ペインコントロール)。
その瞬間、『カシアンの心臓』の禍々しい脈動が、ほんの一瞬だけ乱れた。
影響は絶大だった。
騎士たちと死闘を繰り広げていた魔導キメラたちの動きが、ぴたりと止まる。
そして師匠と神速の攻防を繰り広げていたセラフィーナの完璧な動きが、明らかに鈍った。
私の無謀な、しかし唯一の治療が、この戦場の流れを変え始めたのだ。
だが、それと同時に。
玉座で戦いを見物していた諸悪の根源、ロード・カシアンが、そのおぞましい瞳を初めて私へと向けた。
「―――なるほど。そちらが本命か、異邦の巫女よ」
彼の遊戯を根底から覆す、最大の『異物』。それを排除するために、カシアンの指先に宇宙の深淵そのものが収束していく。
絶対的な破壊の意志。その全ての悪意が、今、たった一人の私に向けられた。
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