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02 狐っ娘、身体を清める

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<薄汚い狐め、御前がお呼びだ>

 私を載せた早馬はカタリハカリナ修道院を出発してしばらくすると無事パウエル修道院に到着した。夜も更けて早馬のと見張り台の灯火と月明りが無ければ壁に阻まれて何も見えなかっただろう。
 月明りに照らされて裏門の前にたたずむものがいた。もののけがいた。人の皮をかぶった狼。名目上パウエル修道会の会長にしてパウエル修道院の院長だ。今の名前はゾイフだったか?名前に興味はない。狼だな。今や遅しと修道士らしからぬ感情の高ぶりを感じさせる辺り狼というよりも……

<あら、ワンちゃんお出迎えご苦労様>

 お互い、匂いや気配で辺りに人間がいない状況は理解しているが念話で会話する。修道院では沈黙を大切にすることが戒律にも書かれている。
 早馬に詰め込まれた荷物から首を出したまま帰ってきたのでホコリと汗まみれで毛並みも悪い。機嫌が悪いのはお互い様だ。

<部下と早馬は無事か?>
<私の心配をしなさいよ>
<積み荷が揃ってから話があるとのことだが教会の資料が多いな>
<私を荷物扱いしないで>
<今の教会の長は前例もあって御前が厳しく躾けたとのことだが……>
<私と会話しなさい。軟弱者>

 獣の性だろうか。狼たちとは相性が悪い。しかし御前の下で働く同僚と思えばさしたる障害には思わない。彼の態度が悪いのも私が狼を鍛錬で泣かせたことが原因ではないはずだ。
 戒律に則った幾つかの手続きをすっとばして奥の院の浴場へ向かう。
 勝手知ったる御前の座する聖域なので獣の姿を気にするものはいない。奥の院には回廊や荘厳な作りはない。御前パウエル様が降臨し導く、そんな機能美しかないこの聖地は御前の御心の表れにも思える。つまるところパウエル修道会はこの石の平屋が真の中心地なのだ。

 浴場では一人の童女が湯に浸っていた。
 人間のメスに興味はない。ウザい。
 ここは御前に許されたものだけが許される奥の院なのでこのメスは私と同じ式神か何かだろう。
 童女が身を起こすとさもありなん。白い裸体には人間にあるべきものがなかった。

「無性か」
「!……」

 私は狐。メスだ。この星のどこにでもいたはずの茶褐色の獣だった。
 御前とおそろいの色であることは偶然だが気に入っている。今の姿は当時と比べるとリファインした強化骨格になっているが肉も心も獣のままのつもりだ。知性を頂いたために野生美は失いつつあるかもしれない。
 都合よく三つ首トロールと同士討ちとなり人体が真っ二つになった後、私は人間の身体を放置して狐の姿に戻った。一連の行程を人間に見られるようなヘマはしていない。人間に見せるのは空っぽの身体だけで良い。早馬に乗り込み男装した狼の手下とやりとりをすると積み荷扱いされて事務的に輸送された。
 つまり現在の私は人間とトロールと狼という三種の体臭をまとっていることになる。これはよろしくない。

 人間の無性には興味が……いや人間でないのなら興味がある。あるが御前の急用に勝るものではない。急いで我が身を清廉な従僕らしく仕上げよう。
 童女はしげしげと私を見下ろしていたがやがて立ち去って行った。
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