【BL】アナザーシンデレラ

星式香璃143

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13.湯けむりの中から刺客

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「――かえでちゃ……じゃない! 火紅土かぐつちくーん、もう上がっていいよぉ~!」



 じっと洗濯機を睨むように見つめていたかえでに声をかけてくれたのは夕子ゆうこだった。
 いつもと変わらない明るい笑顔。そんな夕子の笑顔だけで涙が出てきそうになった。
 1階から2階の研修に移って、まだ2日しかたっていないというのに。


 夕子は名前の方が言いやすいのか、『かえでちゃん』と呼んでいたが、オーナーである陽子ようこや、2階のフロアリーダーから他の従業員に示しがつかないとお叱りを受けたらしく、今は『火紅土かぐつち』と呼ぶようにしているらしい。




「大丈夫? 表情暗いよ? 高尾たかおちゃんになんか言われた?」



 高尾たかおちゃん、とはいわずもがな《2階フロアリーダー》だ。



「あ、いえ。そういうわけじゃ……」



 いじめられたとかそういうわけではなく。
 あくまで指導を受け、それに自分一人がへこんでいるだけの話。
 フロアリーダーの高尾さんの指導は接客業としてもっともだし、ましてや直接クレームまで来てしまったのだ。新人への当然の指導。ここで、余計な心配や誤解をまねいてはいけない。



「高尾さんには、不慣れな自分にも的確に仕事を教えていただけています」



 そう答える楓に、夕子は心配そうに眉をよせていたが「そっかぁ、でも無理しないでね?」と、それ以上の追及はしてこなかった。



「あ、そうそう!! うちのお姉様からの伝言!! 仕事上がったら、そのままお風呂入りなさい、だって!」


 よかったねぇ、癒されてきてね~! と夕子はわらっていたが陽子のことだ。おそらく、『辛気臭い顔してないで美人の湯につかって自分を磨いて帰れ!!』ってとこだろう。


 陽子らしい伝言に、楓はすこし肩の力が抜けたような気になり、「じゃあありがたく入ってきます」と自分で洗って乾燥機にかけたばかりのタオルを一枚拝借することにした。











「はぁ~……」



 白色がかった湯をぱしゃりと肩にかけると、自然とため息がこぼれる。

 マグネシウム・ナトリウム……あとなんだったっけ?
 少しぬめりを帯びているような湯は、肌に吸いつくように馴染み、疲れを洗い流してくれる。
 確かに、毎日こんな湯に浸かっていたら、つるつる肌になりそうだな。なんて考えながら、楓は誰もいない露天に顎下まで体を沈め、のんびりと四肢を伸ばした。




 時刻は22時近く。

 あいかわらず女湯は仕事帰りのOLでにぎわっていたようだが、男風呂はひどくこざっぱりしていた。『竹取物語』なんかにそのまま出てきそうな純和風露天風呂は、楓の独占状態だ。



 いっそのこと泳いでしまおうか―――いや、絶対に高尾さんに怒られる。というか、ブチギレられる。そう考えていると、がらりと露天風呂の入口のガラス扉があいた。

 どうやら、客のようだ。



(そろそろ出ようかな……)



 ゆったりと伸ばしていた四肢を縮こまらせ、ちらりと音がした方向をみる。
 




「―――っ!!」




 絶叫しそうになった。
 こんな時間にくる客の顔でも軽く見とくか、と何の気なしに覗いたのを後悔したくらいには、心臓が爆発しそうになった。





「いやぁ、やっぱりいい湯ですねぇ~!! ここ家族風呂とかもあったらもっといいんですけどねぇ~」




 あっはっは!! と、笑いながら楓から遠く離れた露天の湯につかったのは、なんとあの《アットホーム男》。
 しかも、男は誰かに話しかけている。



 いや、嘘だろ。
 まさかそんな―――《ヤクザ》がうちの風呂にはいれるはずが……!!



 《ヤクザ=刺青》を信じて疑わない楓は、ドクドクと高鳴る心臓の音を感じながら、目の前の可能性を必死で否定した。

 刺青・タトゥーのある方は入館禁止。
 大丈夫。
 絶対、大丈夫。
 奴が、はいれるはずがない。



 露天の隅で体を縮めるようにして入っていた楓は、湯けむりの向こうを血眼で見つめた。もちろん顔は若干伏せ気味のまま。


 すると、うすらぼんやりと体格のいい人の影が映った。




 ヤクザが――。




「おい群青ぐんじょう




 入れるわけ………





「遊んでるんじゃねぇ」




 ………嘘だと言ってくれよ。

 楓は愕然として、目の前の『現実』をみつめた。
 湯けむりの中から現れた、軍人のようなガタイのいい体。その立派な体躯には、刺青はおろか、傷一つなかったのだ。
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