愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

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第二章 とんでもない相手を好きになり

オルガは侮辱を許さない

 王族、皇族――。
 それは平民とはまったく違う世界に住んでいるのは勿論、貴族たちとさえ一線を画している。
 仕える相手を持たぬ至高の身分。国の頂点に君臨し、ただ傅かれるばかりで誰の風下に立つこともない、生まれながらに何もかも手にすることを約束された人々。
 王族とはこういう存在なのだと、グレウスは改めて感じ取った。
 それはラデナの王子だけではない。
 グレウスが毎夜腕に抱くオルガもまた、そちら側の人間だ。
 たとえ皇籍を失って貴族の妻になったとしても、体の中を流れる血が変わるはずもない。
 本来ならば仰ぎ見ることさえ許されない、雲の上の貴人。仮初めにも夫婦と呼ばれ、同じ屋敷で当たり前のように寝起きしている今の状態がおかしいのだ。
 今まで認識することもなかった巨大な壁が、不意に音を立てて落ちてきたような気がした。
「オルガ殿は我が妻となる方。お前の卑しい手で触れるなど、言語道断。今すぐ身投げでもして、あの方を自由の身にして差し上げよ。それがお前に許された最大の忠義だ」
 王子の言葉に、グレウスは何も言い返せなかった。


 臣籍降嫁はアスファロス皇国の伝統で、特段珍しいことではない。
 国に貢献した臣下は、その功績に応じて皇族を伴侶とすることを許される。
 同性婚なので血が混じることはないが、貴族の家にとっては大変な名誉だ。しかし、嫁いでくる皇族の側から見ればどうだろう。
 歴代の皇帝は何人もの側室を迎え、数多くの皇子皇女を持つことを義務付けられてきた。そうして産まれた皇族のうち、死ぬまで皇室に籍を残せた者はごく一部でしかない。ニ十歳の選定の儀式によって、大半は城を出されることになるからだ。
 無能の烙印を押され、男でありながら臣下の妻となる。
 これまで暮らした城を離れ、城下の屋敷で身を慎んで生涯を終える――生まれ持った魔力がやや少ないというだけで、本人には何の罪もないのに。
 それが国の伝統なのだとしても、オルガに与えられた処遇はあまりにも不相応ではないか。
 優れた魔法の研究者であり、魔導具の開発者でもあるオルガが、魔力も身分も持たない平民の元へと嫁がされた。
 その屈辱が、果たして伝統の一言で割り切れるような軽微なもので済むだろうか。


 今までグレウスは、オルガを手放す方法について深く考えたことがなかった。
 そもそも皇族に離縁は許されていないうえ、オルガはまるで愛し愛されて結ばれた二人であるかのように、グレウスに幸福な日々を与えてくれていたからだ。


 きつい性格だと思われがちだが、オルガはああ見えて心根が優しい。
 望まぬ政略結婚だからと言って、死んで自由にしてくれとは口にしなかったし、そんな素振りを見せもしなかった。だからグレウスは、自分が努力して可能な範囲でオルガに幸せを感じてもらえればいいと考えていた。
 だが、そんなありきたりでささやかな幸せが、あのオルガに相応しいと言えるだろうか。
 魔法の天才と謳われ、尊い魔導皇の血をひくオルガに。
 ――皇族の婚姻に離縁はない。
 オルガが自由を得る唯一の方法は、ゼフィエルの言う通り、グレウスが死んで未亡人となることだ。
 聡明なオルガが、そのことを一度も考えなかったはずはないだろう。
 すべてのしがらみから解放され、身分卑しい夫に名誉を傷つけられることもなく、悠々と暮らす日々。
 グレウスがオルガに与えられる最大限の幸福は、自ら命を絶つことなのでは……。


「その口を閉じよ。慮外者めが」


 その時、温室がある方の中庭から凛とした声が響いた。
 冬とはいえ太陽が真上から光を注いでいるというのに、辺りの空気が瞬時に凍りつきそうなほどの冷気を帯びる。オルガだ。
「私の良人を侮辱するのは許さぬ」
 玲瓏たる顔に明らかな怒気を籠らせて、黒の魔王が漆黒のローブを翻して姿を見せた。






 白い面にはっきりと怒りを昇らせて、良く通る声でオルガが言い放った。
「ゼフィエル王子。貴殿と婚約した覚えは一切ない。おかしな妄想を膨らませるのは止めて、頭が無事なうちにさっさとお国元へ戻られよ」
「オルガ殿……」
 居丈高にグレウスを責め立てていた王子は、オルガの姿を見るなり親と離れた仔犬のように憐れな声を出した。
 オルガはそれに頓着せず、射貫くような視線で睨みつけながら言葉を続ける。
「例えグレウスが命を絶ったとしても、私は寡婦となるだけで他の誰の妻にもなりはせぬ。我が国の皇族の婚姻とはそういうものだ。もはや貴殿の出番はどこにもない」
 取り付く島もない声と口調だった。
 しかしそんな冷淡な態度が、場の空気を読まない王子を一層燃え立たせてしまった。
「オルガ殿!」
 グレウスの元へと向かうオルガの足元に、王子は身を投げ出して跪いた。
 白いズボンが土で汚れるのも構わず、黒いローブの裾を手に取って言い募る。
「貴方のその黒曜石の瞳に、こんな下賤な男が映るのは我慢なりません! 貴方に相応しいのはラデナの王子たるこの私だけ! これからは私が貴方の忠実な下僕となり、御身をお守りいたしますから!」
 先程までの尊大な態度が嘘のようだ。
 グレウスがあっけにとられる前で、ゼフィエルは這いつくばらんばかりにオルガの足元に擦り寄った。
 だが、柳眉を吊り上げた黒の魔王は、その哀れな姿にも一顧だにしない。
 ローブの裾を煩わしそうに払い、下僕宣言した他国の王子から容赦なく奪い返す。見下ろす視線が、傍で見ているグレウスさえ震えあがるほど恐ろしい。
「貴殿のごとき、か弱い下僕は不要だ。私の側には近衛騎士団随一の勇者である良人がいる。この地上のどこにもグレウスより優れた戦士などいない」
 汚物でも見るような目で見下ろしながら、オルガはグレウスの側に立った。その赤い目が悪だくみを思いついたかのように細められる。
 グレウスはギョッとして後ずさったが、逃げるには遅すぎた。
「なぁ、グレウス。お前はちゃんと私を守ってくれるな?」
 指を絡めて手を握り、甘えるように凭れかかる。
 甘く蠱惑的な微笑みがオルガの口元を飾ったが、グレウスは生きた心地がしなかった。
「この男ほど強く逞しい人間を私は他に知らぬ。私の身はすでに爪の先から髪の一筋までグレウスのもの。我が良人を侮辱することは誰にも許さぬ」


 凍り付くような時間が流れた。
 地面に両手をついたままオルガの言葉を聞いたゼフィエルは、微動だにしなかった。惚れた相手からのあまりの暴言に、衝撃が大きすぎて自失してしまったのだろうか。
 挙動不審になるグレウスを制するように、隣に立つ暴言の主は手をきつく握り締めてくる。余計なことは言うなとその目の命じられ、グレウスは口をつぐんで立ち尽くした。
 助け船を求めてマートンに視線を向けたが、海千山千のはずの老執事は澄ました顔で知らぬふり。ロイスの姿はない。ゼフィエルが連れてきた従者たちは、オルガの迫力に呑まれたように硬直している。
 永遠かと思うほど居たたまれない時間が過ぎ――。


 やがて、地面を見つめるゼフィエルの口から、小さな吐息が漏れた。
「ふ……」
 笑ったのか、と思った次の瞬間。
「ふざけるなぁッ!」
 這いつくばっていた王子が勢い良く立ち上がった。
 砂を散らしながらグレウスの方へと向かってくる。とっさに、グレウスはオルガを庇って後ろへと押しやった。
 その胸元に、砂に汚れた手袋が投げつけられる。
「決闘だ!」
 目を血走らせて、隣国の王子はグレウスに宣言した。
 人差し指を突きつけて声も高らかに言い放つ。
「明後日正午、城の中庭にて! どちらがオルガ殿に相応しい勇者か、このゼフィエル・ラデナが剣を以って証明してくれる!」

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