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第二章 とんでもない相手を好きになり
決闘開始!
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「勝負はどちらかが敗北を認めるまで! どちらかが、敗北を認めるまでだ! 両名とも死力を尽くして戦うように!」
まるでグレウスに言い聞かせるかのように、勝敗の条件が二度叫ばれた。
つまり、命が惜しければ適当なところで負けを認めろと、ディルタスは知らせているのだ。
王子が勝利したとしても、アスファロスは慣例を盾にオルガの離縁や再婚を拒むことができる。
グレウスが負けて不名誉を被るのは、グレウス自身とオルガだけだ。皇室の面子は痛まない。――つまり、そういうことだ。
「始めッ!」
決闘開始の声を聞くや、グレウスは剣を抜きながら、南側に背を向けるように回り込んだ。
正午と言っても、冬の太陽はやや傾いている。
グレウスはゼフィエルよりかなり大きいので、対峙すれば見上げる形になるだろう。戦いにおいて少しでも有利な位置取りをするのは鉄則だ。
抜いた剣を握り直して軽く振る。鍔の部分が不安定なのが伝わってきた。錆びて刀身が痩せ、脆くなってもいるのだろう。確かにこれでは一合と耐えられまい。
「……ッ!」
目の前に繰り出されてきた斬撃を、グレウスは身を捻って避けた。剣を構えて軽く距離をとったところを、再び王子の剣が襲う。
思った通り、ゼフィエルの剣は素早かった。だが重さや力はなさそうだ。
「……ッ、貴様ッ……逃げ、るなッ……!」
続けざまに放たれる剣を、グレウスは足捌きだけで難なく躱していく。
一見鋭く見えるが、ゼフィエルの剣筋は決まりきった型に忠実で、腕を振り上げた瞬間に描く軌道が読み取れてしまう。美しい剣捌きではあるが、下積み時代に実戦を多く経験したグレウスにとって、避けるのはさほど難しくはなかった。
グレウスは手に持った剣を庇うように体の横に垂らし、王子の剣を避け続ける。
国交のことを考えるのならば、適度なところで負けを認めるべきだ。
下手に決闘が長引いて魔法を使われでもすると、グレウスも無事では済まない。ゼフィエルが剣だけで制することができると奢っている間に打ち合わせて、折れた剣を捨てて負けたと言う。それが正解だ。
誰も怪我をすることなく、他国の王子の体面も守る手段は用意されている。自国の損失もない。
――ただ、不甲斐ない夫を持ったと、オルガの名誉が損なわれるだけの話だ。
「……ッ!?」
キン、という音が鳴って、白刃が宙を舞った。
弧を描いて飛んでいったのは、グレウスの剣ではなかった。
逆手に握った剣の柄で、グレウスが王子の剣を弾いたのだ。
光を反射しながら弧を描いて落ちていく自らの剣を、王子は呆然と見送っている。
これが実戦ならば、この隙に三度は斬りつけることができたと、グレウスは思った。
自信満々でやってきたゼフィエルだが、はっきり言って剣の腕はグレウスの足元にも及ばない。ゼフィエルの剣はあくまでも美しい型を見せるためのもので、戦って誰かを打ち負かすためのものではないからだ。
国元では王子という身分に配慮して、誰も本当の実力を教えはしなかったのだろう。
「貴様、卑怯だぞ!」
剣を失った王子は数歩下がった。
手を押さえているところを見ると、手首の関節を傷めたらしい。飛ばされた剣を拾ったところで、先程のようには振るえまい。
となれば、後は魔法での戦いを挑んでくるはずだ。その前に言っておかねばならないことがある。
「俺は――」
グレウスは宿敵をまっすぐに睨み据えた。
相手がラデナ随一の魔法剣士だろうが、全力で戦いもせずに負けを認めるつもりはない。
オルガを妻として娶った最初の夜に、グレウスの心はもう決まっていた。残りの人生すべては、オルガの幸福のために捧げるのだと。
そのためには、例え命を失ったのだとしても、オルガとの婚姻を否定するわけにはいかない。
「俺は、オルガの伴侶であることを誰にも譲らんッ!」
腹の底から声を張り上げ、咆哮した。
他国の王子にも自国の貴族にも、もはやオルガを譲るつもりは毛頭ない。
望んで嫁いだわけでもなく、好きで一緒にいるわけでもないというのに、オルガは夫を侮辱するのは許さないと言ってくれた。
魔力も身分もない平民生まれの騎士だというのに、それを恥じる様子もなく堂々と。
ならばせめて、武勇の誉れくらいは捧げたい。
「オルガは俺の最愛の妻だ!」
グレウスは役に立たない剣を投げ捨てた。
怪我をさせずに相手に負けを認めさせるには、投げ技か締め技しかない。グレウスはゼフィエルに向かって走った。
顔をどす黒い怒りの色に染めたゼフィエルは、サッと片手を前に突き出す。
「この、身の程知らずが……ッ!」
突き出した腕に、雲母のような細かい煌めきが渦を巻いて纏わりつく。
ゼフィエルが歌うように言葉を発すると、煌めきの渦は瞬時に大きさを増した。あたりの空気が熱を帯びて歪み、青い炎へと姿を変える。
それは瞬きするほどの時間だった。
「鉄をも溶かす高熱の炎だ。骨も残さず消えてしまえぇえッ!」
絶叫とともに、青い炎は爆発的に広がった。グレウスを呑み込まんばかりに大きく揺らぐ。
足元の草が瞬時に蒸発し、黒い土さえも火花を散らして、辺りに焦げ臭い匂いが拡散する。
――だが、グレウスの方が一歩速かった。
炎を纏うゼフィエルの腕は、炎ごとグレウスに掴まれた。天に届くかと思うほど大きく膨らんだ炎は、その瞬間にあっけなく消え去った。
驚愕するゼフィエルに足払いをかけ、掴んだ腕を背負って体を捻る。
関節に負荷をかけないよう細心の注意を払いながら、グレウスはゼフィエルの体を宙に浮かせ、そのまま地面へと投げ出した。
何が起こっているのか理解できないでいるゼフィエルに覆い被さり、グレウスは無法者を制圧するときのやり方で関節を保持する。力は加えないようにしたが、身動きはまったく取れないはずだ。
「負けを認めて下さい、ゼフィエル殿下。俺は死んでもオルガを渡すつもりはありません」
声に力を込めて、グレウスは宣言した。
まるでグレウスに言い聞かせるかのように、勝敗の条件が二度叫ばれた。
つまり、命が惜しければ適当なところで負けを認めろと、ディルタスは知らせているのだ。
王子が勝利したとしても、アスファロスは慣例を盾にオルガの離縁や再婚を拒むことができる。
グレウスが負けて不名誉を被るのは、グレウス自身とオルガだけだ。皇室の面子は痛まない。――つまり、そういうことだ。
「始めッ!」
決闘開始の声を聞くや、グレウスは剣を抜きながら、南側に背を向けるように回り込んだ。
正午と言っても、冬の太陽はやや傾いている。
グレウスはゼフィエルよりかなり大きいので、対峙すれば見上げる形になるだろう。戦いにおいて少しでも有利な位置取りをするのは鉄則だ。
抜いた剣を握り直して軽く振る。鍔の部分が不安定なのが伝わってきた。錆びて刀身が痩せ、脆くなってもいるのだろう。確かにこれでは一合と耐えられまい。
「……ッ!」
目の前に繰り出されてきた斬撃を、グレウスは身を捻って避けた。剣を構えて軽く距離をとったところを、再び王子の剣が襲う。
思った通り、ゼフィエルの剣は素早かった。だが重さや力はなさそうだ。
「……ッ、貴様ッ……逃げ、るなッ……!」
続けざまに放たれる剣を、グレウスは足捌きだけで難なく躱していく。
一見鋭く見えるが、ゼフィエルの剣筋は決まりきった型に忠実で、腕を振り上げた瞬間に描く軌道が読み取れてしまう。美しい剣捌きではあるが、下積み時代に実戦を多く経験したグレウスにとって、避けるのはさほど難しくはなかった。
グレウスは手に持った剣を庇うように体の横に垂らし、王子の剣を避け続ける。
国交のことを考えるのならば、適度なところで負けを認めるべきだ。
下手に決闘が長引いて魔法を使われでもすると、グレウスも無事では済まない。ゼフィエルが剣だけで制することができると奢っている間に打ち合わせて、折れた剣を捨てて負けたと言う。それが正解だ。
誰も怪我をすることなく、他国の王子の体面も守る手段は用意されている。自国の損失もない。
――ただ、不甲斐ない夫を持ったと、オルガの名誉が損なわれるだけの話だ。
「……ッ!?」
キン、という音が鳴って、白刃が宙を舞った。
弧を描いて飛んでいったのは、グレウスの剣ではなかった。
逆手に握った剣の柄で、グレウスが王子の剣を弾いたのだ。
光を反射しながら弧を描いて落ちていく自らの剣を、王子は呆然と見送っている。
これが実戦ならば、この隙に三度は斬りつけることができたと、グレウスは思った。
自信満々でやってきたゼフィエルだが、はっきり言って剣の腕はグレウスの足元にも及ばない。ゼフィエルの剣はあくまでも美しい型を見せるためのもので、戦って誰かを打ち負かすためのものではないからだ。
国元では王子という身分に配慮して、誰も本当の実力を教えはしなかったのだろう。
「貴様、卑怯だぞ!」
剣を失った王子は数歩下がった。
手を押さえているところを見ると、手首の関節を傷めたらしい。飛ばされた剣を拾ったところで、先程のようには振るえまい。
となれば、後は魔法での戦いを挑んでくるはずだ。その前に言っておかねばならないことがある。
「俺は――」
グレウスは宿敵をまっすぐに睨み据えた。
相手がラデナ随一の魔法剣士だろうが、全力で戦いもせずに負けを認めるつもりはない。
オルガを妻として娶った最初の夜に、グレウスの心はもう決まっていた。残りの人生すべては、オルガの幸福のために捧げるのだと。
そのためには、例え命を失ったのだとしても、オルガとの婚姻を否定するわけにはいかない。
「俺は、オルガの伴侶であることを誰にも譲らんッ!」
腹の底から声を張り上げ、咆哮した。
他国の王子にも自国の貴族にも、もはやオルガを譲るつもりは毛頭ない。
望んで嫁いだわけでもなく、好きで一緒にいるわけでもないというのに、オルガは夫を侮辱するのは許さないと言ってくれた。
魔力も身分もない平民生まれの騎士だというのに、それを恥じる様子もなく堂々と。
ならばせめて、武勇の誉れくらいは捧げたい。
「オルガは俺の最愛の妻だ!」
グレウスは役に立たない剣を投げ捨てた。
怪我をさせずに相手に負けを認めさせるには、投げ技か締め技しかない。グレウスはゼフィエルに向かって走った。
顔をどす黒い怒りの色に染めたゼフィエルは、サッと片手を前に突き出す。
「この、身の程知らずが……ッ!」
突き出した腕に、雲母のような細かい煌めきが渦を巻いて纏わりつく。
ゼフィエルが歌うように言葉を発すると、煌めきの渦は瞬時に大きさを増した。あたりの空気が熱を帯びて歪み、青い炎へと姿を変える。
それは瞬きするほどの時間だった。
「鉄をも溶かす高熱の炎だ。骨も残さず消えてしまえぇえッ!」
絶叫とともに、青い炎は爆発的に広がった。グレウスを呑み込まんばかりに大きく揺らぐ。
足元の草が瞬時に蒸発し、黒い土さえも火花を散らして、辺りに焦げ臭い匂いが拡散する。
――だが、グレウスの方が一歩速かった。
炎を纏うゼフィエルの腕は、炎ごとグレウスに掴まれた。天に届くかと思うほど大きく膨らんだ炎は、その瞬間にあっけなく消え去った。
驚愕するゼフィエルに足払いをかけ、掴んだ腕を背負って体を捻る。
関節に負荷をかけないよう細心の注意を払いながら、グレウスはゼフィエルの体を宙に浮かせ、そのまま地面へと投げ出した。
何が起こっているのか理解できないでいるゼフィエルに覆い被さり、グレウスは無法者を制圧するときのやり方で関節を保持する。力は加えないようにしたが、身動きはまったく取れないはずだ。
「負けを認めて下さい、ゼフィエル殿下。俺は死んでもオルガを渡すつもりはありません」
声に力を込めて、グレウスは宣言した。
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